えんだんじの歴史街道と時事海外評論

日本近代史を中心に日本と世界との関わりを綴る








現代日本人の菅谷さん症候群 

平成2年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された「足利事件」で無期懲役刑が確定し、今年6月に17年ぶりに釈放された菅谷さんが時の人になっています。菅谷さんのケースは、正真正銘の冤罪で、無実にもかかわらず無期懲役刑を受け、17年間も刑務所暮らしを強いられたのです。菅谷さんは一身に同情を集め、また同情に値する事も事実です。その点については私も否定しません。

だがしかしと私は言いたい。冤罪の責任のすべては検察側にあるのでしょうか。私の主張は、菅谷さんにとっては非常に酷な意見であることは承知の上であえて言えば冤罪の半分ぐらいの責任は菅谷さん自身にあるのではないでしょうか。その理由は菅谷さん自身が、実際には殺害していないのに「自分が殺したと」自白しているからです。

想像してみてください。例えば、テレビの時代劇ドラマに出てくる犯罪者への拷問シーン。ロープで体を縛られて天井から逆さまに吊るされ、青竹あるいは木刀で打ちのめされながら自白を強いられる。こういう暴行のもとに菅谷さんが自白したら、これは完全に100パーセント検察側に責任があります。

検察は、言葉の暴力、執拗な誘導尋問、あるいは長時間にわたる尋問、いわゆる言葉の暴力による精神的な苦痛を菅谷さんに与え、自白を強いたと批判されています。しかし私に言わせれば、殺人特に幼児殺人などは、同じ殺人犯としても最低の人間の仕業です。そういう犯罪者かもしれない人間に検察が紳士を相手にするような言葉使いで尋問したら殺人犯に完全になめられますよ。多少荒っぽい尋問や、執拗な尋問は当たり前の話でしょう。警察や検事が犯罪者になめられたら日本は犯罪天国になってしまいます。

菅谷さんにとって不運だったのは、当時信頼性がいま一つだったDNA鑑定で菅谷さんに不利な結果が出たことでしょう。しかしどんな検査結果や鑑定結果が出ようと、自分が殺してもいないことを殺しましたと、うその自白をすることは自分自身を犯罪者にする罪なことをしていることなのです。そういうことを自覚できずに、うその自白をしたというところに菅谷さんの精神的なもろさがあるのではないでしょうか。

菅谷さんに酷な言い方をしますが、菅谷さんのような精神的なもろさでは、かりにこの足利事件なくても他の件で菅谷さんは何か大きな人生上の失敗をしでかしたことでしょう。菅谷さんは、DNA鑑定の結果で孤立無援に陥ったと思います。私は若い人に強く主張したい。自分がいくら正しい行為をしても、あるいはいくら正しい主張をしてもそう簡単に理解されない場合も往々にしてあり、またそれどころか孤立無援に陥ることもあります。だから自分がいくら正しい行為や正しい主張しても、時には戦いとらねばならないことが往々にしてあるということです。精神的に「戦い抜く」ということがいかに大事であるかということです。

自分を応援してくれる人、精神的に支えてくれる人が沢山いれば、誰でも自己の主張、俗に言えばえらそうな事はいくらでも言えます。しかし孤立無援に陥った時でも、自分の主義主張を堂々と主張できる、あるいは行える精神的なタフな人間になってほしいのです。

私に言わせれば現在の日本人は、菅谷さんみたいに精神的なもろさのために自滅していく、すなわち菅谷さん症候群にかかる人が実に多い。若者に自殺者が多いのは、精神的なもろさが最大の原因でしょう。自殺者の数が今年を含めると11年連続して3万人を超えるというのだ。病気の老人が先行き不安になっての自殺は理解できます。全く理解できないのは五体満足の若者の自殺だ。鳩山首相は、所信表明演説の中で失業して職にありつけなかった若者の自殺を同情的に語っていたが、ナンセンスもはなはだしい。そんな自殺者は全く同情にあたいしません。精神的もろさ以外のなにものでもありません。なぜそう言えるかというと私は、終戦直後混乱した社会、国の福祉など全くなかった時代に死に物狂いで生き抜いた母親を自分の目で見てきたからです。

無差別空爆で家を失った私の家族は、終戦直後、父は重症の結核患者、私は小学校一年、下に妹が二人いました。末の妹はまだ乳飲み子同然でした。当時の生活環境など今の若い人には想像できないだろうから簡単に説明しましょう。電気冷蔵庫なし、電気洗濯機なし、掃除機なし、ガス、水道なし、水洗トイレなし。水道がないから、借家から百メートルくらい離れた共同井戸でつるべ落としのバケツで水をくみあげ、持ってきたバケツに水をそそぎ、水がいっぱいにはいったバケツを両手で運び、自宅の台所にため水にして使う。ガスがないから薪やすみの生活。電機アイロンさえないからすみを入れたアイロンです。家事そのものが当時の母親にとって大変な重労働なのだ。その上入院している父の世話、子供達の世話、まさに母親八面六臂の大奮闘でした。

父は重症の病だから働けず、収入はない、しかも治療費はかかる。母親は子供達を食べさせなければならない。さつまいもの葉っぱ、大根、にんじんなど、色々な葉っぱを食べさせられた。白米など食べたことがない。母親の死に物狂いの働きをみて私は子供心にも母が倒れたら我が家はもうおしまいということを本能的に感じたのでしょう。私自ら母親の手伝いをしていました。井戸での水汲み、薪割り、トイレの汲み取りなど小学校2,3年ごろから手伝いをしてきました。こんな貧乏暮らしをしていても国家からの福祉は一切期待できなかったのだ。

私が高卒時、昭和32年(1957)、病気で働けない父の診断証明書をつけて大学入学の奨学金を請求しましたが受け入れられませんでした。私の成績が抜群の成績ではなかったからです。本当に優秀な成績ではないと奨学金もかなわなかったのです。それだけ日本は貧乏国だったわけです。中卒の時、就職組みと高校入学組みとは半々でした。しかし実際は就職組みの数の方が多かったと思います。高校入学組みには県立高校に落ちたら就職組みになる人が多かったからです。だから私の年代は、学歴は大卒の人より、中卒と高卒あわせた人達の方が多いのだ。

それがどうですか。来年から高校まで無償だ。終戦直後の生活に較べてあまりにも恵まれています。それでも自殺者が多いのは、国家にとって大きな損失だから国は自殺者の経済的面倒をみろと主張する知識人がいるのだ。私に言わせれば、ふざけるのもいいかげんにしろと言いたい。今はなんでもかんでも国が面倒みろと、国の援助ばかり期待するのが習慣みたいになっているのだ。私の母親みたいに死に物狂いで働いて見ろというのだ。

貧乏になればすぐに生活保護がもらえるから、心底死ぬ気で働く者もなければ、死ぬ気でなくても本当に働く努力を怠っているのではないか。菅谷さん初め現代人の精神的もろさなど指摘されないどころか、経済的な不況になると自殺者が増えるからと経済的な援助を与えようとするばかりで、もっと精神的に強くなれなどと叫ばれることもない。日教組は生徒を過保護に育てるばかりで、いかに子供達が精神的に逞しく育てるかなど考えようともしないのだ。

現代日本人の精神的なひ弱さは、国民だけではありません。政治家も同様です。政治家の精神的もろさの典型的な例は、「靖国神社代替施設」建設案です。戦後、国会は東京裁判など戦争裁判の犠牲者を戦犯者として扱わず法務死として扱い一般将兵と同じ扱いにした。そこで靖国神社は戦争裁判犠牲者を「昭和殉難者」として合祀したのです。戦後の40年間(昭和60年迄)日本の歴代総理大臣、吉田茂から中曽根康弘まで10人の首相が延べ56回靖国神社に参拝しているのだ。

それが昭和60年(1985)8月15日に中曽根首相が靖国神社を参拝した時、その時支那政府は、総理大臣の靖国神社参拝に抗議を表明しました。それ以後中曽根は、首相任期中に靖国神社に参拝することはありませんでした。中曽根以降、靖国神社に参拝したのは橋本首相と小泉首相のふたりだけです。中曽根以降中韓二カ国は、執拗なまでに首相の靖国参拝に反対し続けています。日本の首相が日本国内のどこの神社に参拝しようと勝手な話で、それに反対することは内政干渉です。言い分は日本にあるのです。それにもかかわらず結局、世界中の国々の反対でなく、中韓たった二カ国の強固な反対のために「靖国神社代替施設」建設を考えているのだ。

結局は検事から執拗に「お前がやったのだろう」と責められたら自白してしまった菅谷さんのケースと全く同じです。「靖国神社代替施設」を認めたら戦後40年間歴代の首相が靖国神社に参拝したことが間違だったことになるのだ。自民党の政治家でもあるにもかかわらず、中韓二カ国から執拗に攻められると自分の主義主張がつらぬけなくなり譲歩してしまうという姿勢が見え見えなのだ。靖国参拝問題で日本の主張を貫いたからと言っても戦争になる心配などないどころか、中韓二国が日本と断交してくる心配などすこしもないのに譲歩しようとする姿勢を見せるのは、やはり自民党の政治家自身でさえ精神的なひ弱さを示している証拠です。自民党の議員よ、もっと精神的にタフになれ。

自民党の歴代の首相は、村山談話や河野談話を否定できませんでした。村山談話や河野談話は閣議決定でもなければ国会決議でもありません。あくまでも政治家の個人的談話です。だから首相の一存で否定できるのです。それを否定できないということは、否定した場合の中韓両国の反発や日本国内のマスコミや左翼の反発を恐れているからです。そういう反対を乗り越えてでも自分の主義主張を通す精神的なタフさがない証拠なのです。

日本の首相は、選挙で負けるか、国会で首相不信任案が可決されないかぎり誰も首相を首にできません。首相に確固とした信念と精神的なタフさをそなえていれば、村山談話や河野談話を否定し、自虐史観を否定できるのです。二世議員の首相ではそんな勇気はありません。鳩山首相にいたっては、心は少年時代のまま、知識だけ沢山つけて首相になっただけ。だから友愛などと理想ばかり追い求めて政治を行おうとしているのだ。自虐史観を日本政府自ら払拭しなければ、日本の復活は、絶対にあり得ません。自虐史観を政府自ら公認している限り日本は自滅の道をたどるだけです。いまはもう自滅への道へまっしぐらです。


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オバマ大統領の強運はいつまで続くのか 

ご存知のようにオバマは、最近ノーベル平和賞を受賞した。昨年の11月23日に私はブログで「バラク オバマは任期を全うできるのか」というタイトルで記事を書きました。11月23と言えば、私がブログを開いて一月目ですのでこの記事を読んでいない人が多いと思いますので、全文をここにもう一度披露しました。

「バラク オバマは任期を全うできるのか」
オバマ大統領誕生後のアメリカや世界については専門家たちが色々語ってくれていますので、そこでちょっと違った面からオバマを観察してみました。人間には、自分ではどうしようもない運、不運というものがあるということはどなたでも思うことでしょう。そういう観点からオバマ47歳のこれまでの人生を眺めると、本人とって一番つらい経験は、彼が10歳の時に両親が離婚したことでしょう。この離婚とて二組の夫婦のうち一組は離婚するアメリカにおいては日常茶飯事でめずらしくもなくさして苦労にもならない話です。

従ってオバマの人生は大体においてすべて順調だったことです。子供の頃黒人特有の極貧状態を経験しているわけでもありません。それどころか非常に裕福に暮らしています。83年にコロンビア大学卒業後社会活動に参加、90年にハーバード大学法科大学院に入学。卒業後は人権派弁護士として活躍、2004年に連邦上院議員に当選。一期四年だけです。決して苦学力行型の人間ではありません。ニクソン元大統領の苦学力行は有名です。

オバマは、民主党大統領候補の本命と目されたヒラリーを破り、今度はマケインを破った。大統領選挙中にオバマ陣営を一挙に有利に導いたのが、9月半ばから津波のように襲った米国の金融危機です。戦争はすべての人に災難をもたらすものでもありません。戦争がある人には幸運をあたえることもあります。この度の金融危機で多くの人が損失を出し、ウォール街では十万単位の人々が職を失った。ところがオバマには幸運をもたらしたことは否定できません。
さらに幸運をもたらしたのが、ほとんどのメディアがオバマ贔屓一色だったことです。新聞、テレビ、ラジオなどの論調の90パーセントはオバマ支持だったといわれています。オバマの資質にはすばらしいものがあるのでしょうが、しかし彼の強運さはすごいといわざるをえません。

ブッシュの政策がアメリカ国内で批判を浴びていたことは確かです。そのためブッシュの支持率も非常に低迷いしていました。それでもなぜメディアがあれほどまでにオバマを推したか。私はひょっとしてオバマが黒人だったから優位にたったのではないかと疑っています。アメリカの歴史は、アメリカインディアンから土地を奪い、黒人を奴隷にしてこき使いながら発展してきた事実があります。

そのため黒人への贖罪もあってアメリカのメディアは、オバマを徹底的に非難できなかったのではないでしょうか。もし徹底的に非難したら人種差別主義者とオバマ支持者からあるいは世界から非難が出たでしょう。そのためオバマを支持した方が、かえって自分たちは人種差別主義者でないことを証明したようでメディアには好都合だったのではないでしょうか。これでアメリカのメディアから人種差別主義が一掃されたなどと私は考えていません。

黒人の有権者は、オバマでなくても黒人の大統領候補なら誰でも熱狂的に支持したでしょう。こんな事言えるのも巷の白人たちの間だけで、メディアでは堂々と言えなかったのではないでしょうか。オバマは黒人の有権者の全票を獲得した事でしょう。

オバマの経歴にはいくつかの暗部があります。例えば、彼は上院議員一期四年しかやっていないのにすでに汚職政治家のレッテルをはられていた。また上院選挙時に愛人問題もあった。しかしメディアは、彼の暗部何一つ追及していません。オバマは稀に見る強運のめぐりあわせのもとに大統領になったのです。

若い時にそれえほど苦労することもなくそれでいて大強運にみまわれると、その強運が長続きしないことが多いいのではないでしょうか。また強運の反動にも怖いものがあります。その例をケネディー元大統領にあげて見ると、彼は生まれた時は、大資産家の次男。なにも苦労することもなく大学を出た。彼が働いたたった一つの経験が、大東亜戦争時に海軍に入隊したことでした。
若いアメリカ人男子ほぼ全員ほぼ入隊ですから彼の試練でもなんでもありません。除隊後どこにも勤めることもなく議員に当選。そして親父のお金で大統領選に出馬。当選。ケネディーの人気もすごかったが、ジャクリーン夫人も若いし、きれいだし人気がすごかった。大統領在職中、ケネディーとマリリン・モンローとの関係が暴露された。

その時私は自分の人生とケネディーの人生とを重ねあわせた。理由はその時私は猛烈なマリリン・モンローファンだったからです。モンローの出演映画はすべて見ていたし、現在でもモンロー出演映画のビデオをほとんど持っています。そのくらい私は大変なモンローファンでした。そこでその時私はこう考えたのです。

「俺は子供の時には食うや食わずの極貧状態、やっとの思いで高校を卒後、就職してから苦労の連続、一方ケネディは資産家の息子何一つ苦労する事もなく、一流大学を出、議員になり親父の金で大統領になり、美しい妻もいる。そのうえ世界の大女優、俺の大好きなモンローとベッドを共にしているのだ。俺の人生と比べてあまりにも不公平じゃないか」と、その時の俺は、ケネディーに嫉妬を感じたし、うらやましいと思ったり、癪に障る男でもあった。

そのケディーが大統領任期を全うしないうちにあっさりと暗殺されてしまった。私は現在自分がまがりなりにも幸せだなと思っているせいもあるのか、人生というのは、例外もあるけどけっこうつりあいが取れているのではないかと考えています。若い時があまりにも恵まれすぎているとそれが晩年まで長続きしないのではないか、強運の反動もありえるのではないかと、それにひきかえ若い時苦労しても地道に努力していればある程度は晩年に報われるのではないかと。

話は余談になりますが、ケネディー死後、ケネディーの女たらしがある程度公表されています。近年公開されたFBIのファイルによるとケネディーは、短い大統領任期中32人の女性と関係を持ったというのです。その中に有名な二人の女性がいます。一人はマリリン・モンロー、もう一人は女優の卵のジュディス・キャンベルです。なぜ彼女が有名かというとキャンベルは、シカゴマフィアのボス、サム・ジアンカーナのガールフレンドだったからです。サム・ジアンカーナは、自分のガールフレンドがケネディー大統領と関係を持っていることを知っていました。ケネディーは危険な情事にはまっていたのです。

資産家の息子として生まれ、軍隊に入隊した以外働いたことのない男が大統領になり、当選後はお気に入りの女にはすぐ手をだす。大統領選挙戦の相手は、苦学力行型のニクソンです。これでは人生あまりにも不公平とニクソンは思ったにちがいない。私もそう思いました。そのケネディーは、大統領任期中に暗殺されてしまいました。ケネディー暗殺後、弟のロバート・ケネデイー司法長官も、マリリン・モンローと関係を持ちました。その弟も暗殺されてしまいました。この二人の兄弟の暗殺には、いくつかの背景が語られています。しかし二人に共通の暗殺原因があります。

それは「親の因果が子に報い」だと私は思っています。ケネディー大統領の父は、禁酒法時代、密造酒の販売で財をなしたことで有名です。無論マフィアとの関連もありました。
「親の因果」など日本の警句を持ち出しているが、それと同じ意味の英語があるのか、という質問が出るのではと思い、調べておきました。全く同じ意味の英語表現があるのです。英語では、「The sins of the father are visited upon the sons.」

旧約聖書からきた言葉と言われています。ケネディー兄弟の暗殺は、この警句を地で行っています。「親の因果が子に報い」などと爺くさいことをと、言う人がいるかもしれません。しかし東西両極端には離れた民族、また極端に異なる文化を持つ民族になにか宗教がかった同じ警句があるということは大変興味深いものがあります。

話をバラク・オバマにもどしましょう。オバマも大変な強運の持ち主です。若い時それほど苦労せず、行政の実績何一つなく、メディアの全面的な支持を得、選挙戦中には金融危機がおこり、形勢が一挙に有利になり当選してしまいました。オバマは雄弁家だと言われています。自己主張の弱い日本では雄弁家といわれてもそれほど重要視されないでしょう。雄弁家すなわち舌先三寸でちょろまかしのイメイジの方が強いのではないでしょうか。
私も雄弁家はあまりかってはいません。しかしアメリカ人にとっては雄弁家というのは強力な武器で、聴衆者を催眠術にかける威力があるような気さえします。Change, Change, Changeと言うけどなにをChangeするのか具体性がないくせに、聴衆はYes, we can.,Yes, we can.とまるで放心状態のように応答するのです。アメリカ人は雄弁家が好きなんですね。ヒトラーも雄弁家で有名でした。

要するに私はオバマの強運さを取り越し苦労のように心配しているのです。もう一つ心配していることがあります。オバマの父親はいまどうしているかです。死んだとは聞いていません。あるいはもう死んでいるのかもしれません。母国のケニアに帰ったとは聞いているが、父親の出身地がテレビに映りだされたとき、父親について語られることもなかった。アメリカの大統領候補にでもなるとメディアが候補の過去を徹底して調べ上げることは有名です。しかし今回メディアは、オバマの父親についてほとんどなにも報じていません。

なにか隠しているのではないかと私は疑っています。何故なら今回の選挙ではアメリカのメディアは、オバマ贔屓だったからです。バラク・オバマのミドルネームはフセインです。フセインという名前はアメリカで嫌われています。マケイン陣営が、フセインの名前を持ち出したとき、メディアはあまりにも偏見に満ちているとして蓋をしてしまい二度とフセインというミドルネームが話題になりませんでした。

このため日本でもバラク・オバマのミドルネームがフセインであることがあまり知られていません。メディアによって何も語られることのない理由は、オバマの父親には選挙戦で不利になる汚点があったのではないかと思っています。汚点があると私は、「親の因果が子に報い」ということを心配しなければならなくなります。

何も「親の因果」を心配しなくても、オバマには暗殺される可能性が非常に大きいと思います。勿論黒人だからです。選挙戦後半からオバマの警護が強化されています。大統領選挙では、州総取り方式ですのでオバマ圧勝の印象をあたえますが、総投票数は一億一千万票あまり、そのうちマケインが獲得したのが46パーセントです。

下馬評のわりにはマケインの善戦です。それだけオバマではいやだという人も多いいのです。アメリカには白人の人種差別主義者は健在です。オバマ大統領の経済政策の効果がなかなか上がらず、不況が続き、オバマへの期待に絶望感を感じるようだと貧乏白人の怒りを買い、暗殺される可能性が高くなるでしょう。
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ここから本日のブログ記事です。上記の記事のように私は、オバマのあまりの強運に余計な心配をしているのですが、今度はさらにノーベル平和賞まで授けられるという強運に出会っています。今月21日に発行されたアメリカの週刊誌、ニュ−ズウィークは、オバマに対して強運さには謙虚に対処しなととんでもないしっぺ返しに会うぞと警告しています。
ニューズウィーク誌も私と同じようにオバマの強運の強さを心配し始めたのでしょうか。その記事の一部を紹介しましょう

「はっきりしているのは、現職大統領が現実に功績を挙げないうちに称賛を浴びるのは好ましくないということだ。それに今回のオバマのノーベル平和賞受賞は、アメリカ人が好む『逆境を跳ね返して手にした勝利』とはことなる。(以下中略)

オバマ自身、自分はつくづく運に恵まれているようだと自伝の中で書いている。そのことが分かっているのであれば、身の程をわきまえて謙虚に振る舞ったほうがいい。まだ勝利を収めていないばかりか、出場すらしていないレースで賞をもらうようなまねすればいつかしっぺ返しを食らう。

古代ローマの皇帝たちは自分が思いあがらないように、召使に命じて、「皇帝といえども死を免れない一人の人間なのだ」と常に耳元でささやかせたという。オバマもそれに倣うべきだ(一日たりとも欠かせないその仕事は、首席補佐官のラーム・エマニュエルに任せるのがいいだろう)。
一週間前に第二の故郷であるシカゴにオリンピックを招致するためにデンマークのコペンハーゲンに乗り込んだことをオバマは早くも後悔しているに違いないが、12月にノーベル平和賞の授賞式のためにノールウェーのオスロまで嬉々として出かけていけば、それこそ一生後悔する羽目になるかもしれない。努力せず与えられた称賛を浴びて平気でいられる人間には、得てしてろくな運命が待っていない。」

どうですか、この記事。選挙前あれほどメディアはオバマびいきだったのに今では、実に手厳しい。ニュ−ズウィーク誌ばかりでなく、アメリカでは一般的にオバマのノーベルへ平和賞受賞には疑問や反対の声が大きい。それにオバマ人気も急降下しているだけにノーベル平和賞受賞には手厳しくなりがちです。ノーベル平和賞は、オバマにとって強運とか幸運とか呼べるのでしょうか。私はオバマにとってありがた迷惑な賞ではないかと推察しています。なにやら占い的になってしまいますが、このノーベル章受賞が、オバマの幸運続きの運のつきになるような気がしてなりません。

オバマは黒人大統領なだけに人気の反動が恐い。オバマは現在新しい疑念を払拭できないでいます。オバマはハワイ生まれと言われていますが、その出生証明書の提出に弁護士を使って拒否しているのです。アメリカでは憲法で大統領になれるのはアメリカ生まれと規定されています。なぜオバマは出生証明書の提出を拒むのでしょうか。もともとオバマは、謎の多い人間だったのに選挙期間中メディアが目をつぶっていた面があります。オバマの人気度がさらに低下すれば、この点が今度は強く再燃化するかもしれません。

オバマにとって最良の解決策は、早くアメリカ経済を活性化させることです。経済が順調にゆけば、クリントン元大統領みたいにすけべで不道徳な大統領でもアメリカ国民は受け入れてくれるのだ。オバマは頭がきれる、弁舌さわやかな雄弁家だ、それに自分自身が黒人であるというだけで優位にたてるほどの強運の持ち主で大統領にまでなった。こういう人間がこの先どういう人生経路をたどってゆくのか、不運な人間とは呼べないまでも決して強運ではなかった自称苦労人の私には、非常に興味の対象になる人間です。

追記:
本日でブログを開いて満一年になりました。毎週日曜日に更新してきたいたせいか一週間があっという間にたち、早くも一年たちました。このまま今年いっぱいまで続けるつもりです。来年からはブログをどうするか、止めるか、続けるか、続けるにしても不定期に更新するか、あるいは「歴史街道と時事海外評論」などというわくをはめずに自由自在に書いてみるか、などと色々と考えています。いずれにしても年内に結論を出すつもりでいます。


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防衛大学学生諸君と自衛隊隊員に告ぐ 

こんな大それたタイトルで一介の定年サラリーマンが文章を書けるということも、ブログの長所の一つでしょう。しかし書いたところで学生諸君や隊員が読んでくれるかどうかわかりません。しかし私の身の回りには沢山の防衛大OBや自衛隊OBがおります。もし私の考えに同意していただけたら、ぜひ日本の一市民の声として学生諸君や隊員の一人にでも伝えていただけたらと思っています。

二年前私は、初めてテレビ出演しました。番組は日本テレビが毎週金曜日に放映している「太田総理」でした。その時自民党の石破議員が一緒に出演していました。その時の石破の肩書きは、元防衛庁長官でした。その番組で石破は自虐史観を披露しました。私はこの時非常にショックを受けました。元防衛庁長官とあろうものが、自虐史観の持ち主とは、何事だと自然と怒りが沸いてきたのです。私は自民党政府が、村山談話を踏襲していたのは知っていました。また村山談話踏襲には、自民党政府の不必要な外交上の遠慮もあるとも見ています。しかし自民党内には、村山談話に反対している人も沢山います。私はまさか防衛庁長官とあろうものが自虐史観の持ち主だなどとそれまで考えたこともありませんでした。

テレビの収録が終わったとき、石破は覚えているかどうか知りませんが、私は、大きな声で罵倒しました。「もっと歴史を勉強しろ」などのようなことを言ったと思います。最近では元航空幕僚長、田母神氏が、日本は侵略国家でないという論文を私企業が応募している論文に発表したというので政府から解任されました。田母神氏解任劇が、NHKのテレビ番組、「クローズアップ現代」に放映されました。田母神氏の話によるとNHKから一時間以上のインタビューを受けたと言っていました。ところが「クローズアップ現代」では、田母神氏の発言は、たった二言か三言でした。田母神に反して沢山画面に登場したのが、防衛大学校長、五百旗頭真(イオキベ マコト)でした。私は驚きました。五百旗頭(イオキベ)が自虐史観を披露したからでした。防衛大学の校長が、防衛大生に自虐史観を教えるなどということは絶対にあってはならないことです。

今月5日に、私は第36回防衛セミナーを聞きに参加してきました。防衛セミナーは、自衛隊OBの集まりである隊友会の主催、防衛省後援の下に昭和50年から毎年一回開かれ、今年で36回目です。なぜ私が参加したかというと、その切符が手に入ったことと、講演者の一人が防衛大学校長の五百旗頭(イオキベ)だったからです。五百旗頭の発言次第では、私は、大勢の聴講者を前にして痛烈な質問を浴びせ、罵倒してやるつもりでした。

五百旗頭は、「激動の世界と日本の安全保障」の演題の下に一時間半の講演を行いました。講演の前半はほとんど防衛大学の自慢話でした。彼は自虐史観に触れはしましたが、わざと深入りしませんでした。問題発言になるのが怖かったのでしょう。講演内容はたいした内容ではありませんでした。それよりも私が気になったのは、五百旗頭は、これまでの防衛大学の歴代校長と違って、自分自身が教室で教鞭をとり学生に単位を与えていることです。私は、彼は歴史学者だけに自分自身が教室で自虐史観を学生に刷り込みをやっているのではないかと疑いました。彼への質問の中にその辺のことも尋ねるつもりでしたが、彼は、これまでの歴史観からして痛烈な質問を浴びせられるのではないかと恐れたのでしょう、彼は質問時間を設けずに講演を終わらせてしまいました。

大東亜戦争を自虐史観、すなわち侵略戦争と見るか、自衛戦争と見るか、国家の根源にかかわる問題です。自虐史観を強制的に防衛大生や自衛隊隊員に押し付けることには絶対に反対です。自虐史観の下では日本の再生は絶対にありえないからです。そこで自虐史観の成り立ちとその欠陥を簡単に説明しましょう。

1.自虐史観の成り立ち

大東亜戦争敗戦後、皆さんご存知ように日本はアメリカ占領軍の統治を受けました。その統治を受けた期間は正味6年10ヶ月です。日本統治においてアメリカ占領軍が直ちに実行したことの一つに徹底した検閲があります。検閲によって大東亜戦争という言葉の使用禁止し、太平洋戦争という言葉の使用を強制した。太平洋戦争というのは、彼らの戦争史観で、日本は侵略国で正義のアメリカが日本をやっつけたという史観です。日本は敗戦国でアメリカ軍に占領されて統治を受けていますから、少なくとも統治期間は、日本政府も、歴史家や知識人も太平洋戦争史観に従わざるを得なかったのです。これが自虐史観の始まりです。歴史家や知識人は、自虐史観に抵抗するより、自虐史観を受け入れた方が社会的栄達への近道でもあったのです。

2.自虐史観の欠陥

自虐史観の欠陥は、大東亜戦争を昭和史として扱うことです。例えば昭和2年に日本軍の山東出兵、昭和6年に満州事変が起こります。ここから大東亜戦争を語り昭和史を克明に追う。すなわち昭和の日本国内のことだけを克明に調べて日本を侵略国家に仕立て上げ、正義の国、アメリカが日本をやっつける筋立てにしているのです。アメリカ、ソ連、イギリス、ドイツなど白人主要国家が長年日本にどう対応してきたか眼中にないのだ。すなわち大東亜戦争を世界史の中でながめようとは絶対にしないのです。

1492年コロンブスがアメリカ大陸に到着して以来、大航海時代が始まり、それから450年間、白人国家は有色人種国家を侵略続けました。その結果有色人種の国での独立国は、日本を入れて五本の指にも満たない国家郡になってしまいました。急いで明治維新をなしとげた日本は、有色人種の国々の中でただ一国、欧米白人国家に追いつくべく懸命に努力しました。白人国家は、追いついてくる日本を軍事的にも、経済的にも、外交的にもしめつけを強くした。その中で日本は、懸命になって苦労しながら自己主張続けてきた。その延長の結果として大東亜戦争が勃発したのです。

従って大東亜戦争の本質を知るためにはペリーの来航から語らなければならないのです。それではなぜ自虐史観論者は、それをしないか。ペリー来航から語ると日本という国を侵略国家にできず、悪者にできないからです。自虐史観論者は、なにがなんでも日本を侵略国家という悪い国にして、正義の国、アメリカに征伐させたいのです。

3.自虐史観論者の実態

今から30年前ぐらいまでは、日本国内は、戦後ずっと自虐史観一辺倒でした。歴史家や知識人など自虐史観でないと社会的な栄達はほとんど無理でした。現在知識人の中で自虐史観論者の御三家といえば半藤一利、秦郁彦、保坂正康です。この三人の年齢を見てみましょう。半藤一利79歳、秦郁彦77歳、保坂正康70歳、この三人は自虐史観で功成りとげた人達です。いまさら自虐史観を変えられません。また変えてしまったら今までの自分の人生を否定することになります。残念ながら彼らは長生きしすぎたのです。大東亜戦争の日本側の資料は、敗戦国ゆえほとんど出尽しています。アメリカはいまだに公表しませんが、外国から出る資料は、日本にとって有利な情報がほとんどです。例えば半藤一利は書いた「ノモンハンの夏」では日本の完敗ですが、とんでもないロシア側の資料では、日本が勝っているのです。自分にとって都合の悪い資料が出ると懸命になって否定するのだ。

五百旗頭は66歳。彼は防衛大校長ですが、専門は歴史家です。歴史家は、大学で自虐史観を教わったら、それに従わなければ就職にありつけません。現在の大学では、特に一流大学の歴史は自虐史観一辺倒です。もし学生が途中で自虐史観から自衛戦争史観に変えたらもう就職先はありません。かくして一流大学では、自虐史観論者を吐き出しつづけるわけです。

防衛大学の学生や自衛隊員の皆さんは、学校では日教組によって自虐史観を教え込まれます。防衛大学に入れば校長は自虐史観論者、自衛隊に入れば、政府は村山談話の踏襲者、自衛隊幹部が日本は侵略国家でないと発言すれば、解任されるという現状では、皆さんが自虐史観に傾くのは無理がないと思います。しかし自虐史観では、大東亜戦争の実態を知ることはできません。それどころか実態を覆い隠すことになります。したがって皆さんには、独自で大東亜戦争の勉強をしてもらいたいのです。独自で大東亜戦争の勉強とはなにか。読書です。

皆さんには最低四冊の本を読んでもらいたい。自虐史観の本を二冊、自衛戦争を主張する本を二冊読んでもらいたい。そして自分で考えた自分なりの大東亜戦争史観を持ってもらいたいのです。そして最後にこの本だけは読んでもらいたいのです。私は、日本国民必読の本だと思っています。その本とは、アメリカ人女性の東洋史学者、ヘレン・ミアーズ(HELEN MEARS)女史が書いた「アメリカの鏡・日本」(原題:Mirror for Americans: JAPAN)です。

ヘレンは1900年ニュヨーク生まれ、戦前に支那と日本を訪れています。戦争中、ヘレンは大学で教鞭をとっていました。終戦の翌年、昭和21年(1946)へレンは、東京のGHQ(連合軍国最高司令官総司令部)、すなわちアメリカ占領軍日本統治総司令部の労働諮問委員会の11人のメンバーの一人として来日し、日本の労働組合法等、労働法の策定に参加した。そのためへレンは、戦後のアメリカ軍による日本統治の実態を十分に知り得る立場にいたわけです。ヘレンは帰国後の昭和23年(1948)、すなわち終戦わずか3年後に「アメリカの鏡・日本」を出版した。

日本の占領軍司令官、マッカーサーは、この本を読んでアメリカ軍による日本統治の間はこの本を翻訳出版することを禁止した。この本の内容が、徹底したアメリカ批判、日本弁護と日本の言い分の主張だったからです。アメリカ軍による日本占領統治が終わり、日本が独立を回復した翌年、昭和28年(1953)にこの本が日本語に翻訳され「アメリカの反省」というタイトルで出版されました。しかしこの本は当時全く注目されませんでした。当然でしょう。当時は自虐史観の全盛期、自虐史観論者の顔色を真っ青にさせるような本が注目されるわけがありません。

ヘレンは、この本を出版したため彼女の学者としての栄達の道が完全に閉ざされたと言われています。当然でしょう。現在こういう本が出版されてもそれほどアメリカ国内で大きな問題にはならないでしょう。しかし終戦後わずか3年後の出版です。アメリカ中が憎むべき日本を完膚なまでに叩きのめして勝利感と優越感に酔っている時です。その時にヘレンは、徹底してアメリカを批判し、日本の言い分を主張した本を出版したのです。

皆さん想像してみてください。日露戦争勝利後、日本国中がちょうちん行列で勝利を祝いました。まだ勝利の祝いの酔いがさめていない3年後にある日本の学者が、徹底して日本批判し、ロシアの言い分を主張した本が出版しとしたらどうでしょう。その作者は、学者としての栄達の道は、完全にとざされるでしょう。それどころかその本を出版してくれる出版社が現れることはないのではないでしょうか。それだけに私は、ヘレンの勇気に感心するのです。例えアメリカ国中が熱狂的に勝利に酔っていても、「私の考えは違う」とその信念を本にする勇気、しかしそのためにヘレンは、学者仲間から痛烈に批判を浴びることを覚悟したでしょう。

いわばヘレンの将来の学者としての地位を犠牲にして出来た本だけに、彼女のためにも日本ではベストとセラーにしてあげたかった本だと私は思っています。マッカーサーが占領統治早々に「大東亜戦争という言葉を使うな」、「太平洋戦争という言葉を使え」という命令が、独立回復後の日本が平然と「太平洋戦争」という言葉を使い続けるなどとは、ヘレンは想像さえもしなかったのではないでしょうか。

大東亜戦争終了後50年目の平成6年(1995)、私が57歳の時、伊藤延司氏によってヘレンの本が再び翻訳され、「アメリカの鏡・日本」というタイトルでメディアファクトリー社から出版されました。今回は前作の本よりは売れたことは間違いありません。保守層の間でかなり読まれているはずです。しかし残念ながらベストセラーにならなかった。日本でベストセラーにならなかったことが、ヘレンの稀に見る勇気さが何一つ報われなかったように思われて私には非常に残念でなりません。

本出版後数年にして出版社、メディアファクトリー社が倒産、この本は一時期絶版になってしまいましたが、角川出版がこの本をそのまま平成17年(2005)に出版しています。本書の中でヘレンは、こう書いています。
「米国は戦争に勝つために日本を占領したのではない占領そのものが目的だったのだ。米国は日本が脅威だったから日本と戦ったのではない。日本の脅威をことさら強調し、それを口実に日本国民と日本文明の破壊のために戦争に追い込んだのだ。」

それではなぜ、アメリカは「日本国民と日本文明の破壊のために戦争に追い込んだ」のか。私はそれに対する回答を持っています。皆さんには、前にも触れましたが、最低2冊の自虐史観の本、最低2冊の自衛戦争史観の本、そしてこの「アメリカの鏡・日本」を読んでこの回答を引き出してほしいと思います。

追記:
私の大作「大東亜戦争は、アメリカが悪い」は、出版社倒産のため店頭では販売されていません。しかしまだ在庫があります。ご希望があれば実費1500円(郵送代込み)で販売します。メイルで住所を教えていただければ、郵送します。
書評についてはアマゾンで四人の五つ星カスタマーレビューがありますが、そのうちの一人のカスタマーレビュウーを記しておきます。
      「日本人が誇り高く生きるための歴史観を史実を基にしめす。」
「この書は出典を明確にして、日本近代史の重要な事件の本質的な理解を示す貴重な考え方を縦横に披瀝する。支那と米国の反日行動に挟撃され、日本が大東亜戦争に突入せざるを得なくなる事情の描写は素晴らしく林房雄氏の名著<大東亜戦争肯定論>と並ぶほどのレベルの高さ。
東京裁判史観や司馬史観に慣らされた人々にとってまさに目から鱗の落ちること疑いない。定年サラリーマンの挑戦と著者は謙遜するが出来ばえには相当の自信があるにちがいない。」


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鳩山のバカ、アホ、ノータリン その(3) 

東京オリンピックについて今年の3月8日に私は次のようなブログを載せました。その記事の全文を再度載せてみました。以下が全文です。

「オリンピック東京招致応援の意味」
一月前ほど、NHKテレビでオリンピック東京招致の舞台裏の模様を放送していました。舞台裏の模様とは何か。東京オリンピックの世論の支持率が低い、そのために支持率をアップするための東京都広報部の奮闘振りの放送でした。

2016年のオリンピック開催を目指して、今のところ有力視されているのが、東京、アメリカのシカゴ、スペインのマドリードとブラジルのリオデジャネイロの四都市です。第一次予選では東京は一位になっています。総合力で東京が一位ですが、その四都市の中で世論のオリンピック支持率では、東京が最下位でした。

東京以外の三都市の支持率が全部70パーセント以上だったのに対して東京の支持率は59パーセントで、大分水をあけられています。オリンピック招致成功の要因には、世論の支持率が高いことが絶対条件です。従ってIOCは、候補地決定前に独自で世論の支持率調査をします。

このため東京都は、世論の支持率アップに試行錯誤をくりかえしながら支持率アップに余念がない。最近では水泳の北島選手を初め金メダル獲得選手にキャンペーン運動に参加させ、聴衆前でスピーチさせたりして、今年にはいって支持率70パーセントぐらいまで上げてきていますが、いまひとつ世論がもりあがっていないことはいなめません、

そこでさらに盛り上がらせるために計画されたのが、今月3月1日に実行されたレイボーブリッジの解放です。レインボーブリッジを開通以来初めて車の通行を禁止し、5000人を歩かせました。テレビのアナウンサーがオリンピック支持を盛り上げるための行進と説明していました。テレビのアナウンサーの説明がなければ、レイボーブリッジが歩行者天国になったとしか考えられなかったでしょう。

なぜ歩行者一人ひとりに五輪の旗と日章旗をもたせてはでに行進させなかったのでしょうか。翌日の朝刊の写真では、ただ長い行列が橋の上を行進しているだけの印象しかあたえません。あきらかに演出の失敗です。

世論のもりあがらない最大の原因は、マスコミの冷淡さにあると私はみています。また野党第一党の民主党も大変非協力的です。日本のマスコミは、日本を批判するためなら嘘をついても、夢中かつ必死になって総力をあげるくせに、日本を外国に宣伝するとなるとかいもく興味をしめさなくなる、いわゆる反日的態度をとるのを常としています。

また日本のマスコミは、石原都知事がきらいです。彼らは東京オリンピック招致を不成功に終わらせ、石原知事を批判する材料にしようとしているのではないかと勘ぐりたくなります。日頃から日本のマスコミの偏向にいらだっている私としては、余計に東京オリンピックを支持したくなります。

私が東京オリンピック支持する二つ目の理由は、国家意識再生です。現在の日本国民の国家意識は私のような保守の一部を除くと最低です。特にマスコミや左巻きの知識人の国家意識は最低中の最低だ。彼らは日本政府や日本人政治家を徹底してけなすくせに、外国政府や外国人政治家を徹底してけなしたことがない。彼らがけなす外国政府が一つだけある。それはアメリカだ。

中国、北朝鮮、韓国、ロシア、この4カ国を、一度でもいいから日本のマスコミや左巻き知識人が徹底して批判したことありますか。確か44、5年前の東京オリンピックの時には、まだ日本国民には国家意識はありました。しかし現在は最低です。今回東京オリンピック開催を勝ち取るために国民の国家意識を盛り上げようではありませんか。

テレビ番組の中で東京都広報部は、世論の支持率アップのために、オリンピックは子供に夢を与えるとか、候補都市のなかで東京都が一番少ない予算だとか、自然と共存し環境破壊がないとか、いろいろ理由をあげて、都民にアピールしていますが、そのアピールの中に国家意識をアピールする作戦が全然語られることがなかったのが不思議でなりません

オリンピック招致支持の三番目の理由は、現在の経済的閉塞感の打破です。現在は世界的に大不況です。これからますます悪くなっていくでしょう。オリンピックという大プロジェクトを獲得すれば、国民の気分を明るくする格好の材料になります。オリンピック招致決定は、今年の10月初めです。決定すればオリンピックプロジェクトが動き出します。雇用の機会が増えます。このため東京を含む4都市は、現在では立候補を決断した時以上に、オリンピック招致に熱が入っているに違いありません。

私は、東京の最大のライバルは、アメリカのシカゴだと考えています。シカゴはオバマ大統領の地元です。2014年の冬季オリンピックは、ロシアのソチに決定しました。最終招致演説には、プーチン大統領が出席し自ら招致演説してソチを獲得しています。国の最高責任者が最終招致演説をするという前例をつくりました。


私はこんどのオリンピックの最終招致演説には、オバマ大統領が乗り込んでくるだろうと予想しています。なぜならオバマはシカゴ出身、それにいまところアフリカの黒人国家には、人気があります。まさにシカゴは東京の強敵です。オリンピック招致は、もはや都市どうしの争いではありません。国家どうしの争いです。特に現状のような世界的不況の状況ではなおさらです。

日本外交でも、オリンピック委員会の各委員の出身国を調べ、日本から沢山の経済援助を受けている国があれば、東京に投票するようよびかけ、もし東京に投票しなかったら日本の援助打ち切りぐらいの脅しをかけたらどうか。

石原知事は、日本は巧緻にたけた外交戦では勝てないと公言していますが、今から東京招致失敗の場合の記者会見用のせりふを使ってどうするのかと言いたい。都民の多額の税金が使われているのです。

シカゴはオバマ大統領かついで一致団結して戦ってくるでしょう。これに対して日本も東京都、政府、マスコミ、都民・国民の一致団結が必要です。昔の東京オリンピックのように一致団結しようではありませんか。せっかく東京は予選一位で通過しているのだ、都民よ、国民よ、もっと東京オリンピックを支持しようではないか。オバマのアメリカに勝とうではないか。
私の個人的考えを言わせてもらえば、東京落選でもリオデジャネイロが勝てば納得もします、なにしろ南米でオリンピックが開かれたことがないからです。シカゴやマドリードに負けるならこれほど腹の立つ事はありません。
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ここまでが今年の3月8日に書いたブログの全文です。そしてここからが本日のブログの始まりです。

ご存知のように東京は落選、リオデジャネイロが当選です。多くの国民は私と同じようにリオデジャネイロならしかたがないとの思いではないでしょうか。落選の原因は、鳩山の民主党政権の全責任とは言いませんが、半分の責任はあると思っています。後の半分はマスコミの責任でしょう。世論に熱気がなくいま一つだったのもマスコミと民主党の協力がなかったからです。

前のブログでも触れましたように、鳩山の民主党は、オリンピックには非常に非協力的でした。民主党は政権を取る前は、オリンピックには非常に冷淡だったのだ。鳩山は、平成19年の4月には自分のメルマガで「傲慢不遜な石原氏の五輪などという時代錯誤的発想」と言っていたし、今年の2月には現在、菅直人副総理・国家戦略担当相は、「石原氏の都政の失敗を五輪で回復しようとするのを、なぜ国会議員が協力しなければならないのか」とまで言っているいのだ。

鳩山が幹事長であった今年の2月10日の幹事長記者会見では、「なぜ今、東京オリンピックが必要なのか、苦しんでいる人のために社会保障政策を充実するほうが、はるかに東京としてやるべき仕事ではないか、そんな思いもないわけではない。しかし、スポーツの祭典であり国民の気持ちが晴れやかにになるならそれも悪いことではない」と語っています。野党であった民主党は、政府が関与するものには全てに反対するという、いわゆる反対のためのオリンピック東京反対で、国のことを考えての反対ではないのだ。オリンピックによる経済効果など考えようともしないのだ。

それが民主党の政権が確実視されると8月11日の記者会見では、「東京でやる意味がどこまであるのかという思いがあったが、最終的に招致に前向きと賛成した。実現に向け努力したい」に変わっていったのです。

野党の時には反対であったが、政権をとり首相になったら賛成になったのだ。こんな情報は、開催地を決める投票権をもっている各IOC委員には、マイナスなることはあっても決してプラスになることはありません。世論の熱狂的な支持もなく、政権担当者の心変わり、マスコミの冷淡さ、これでは東京は勝てないと予想し、シカゴとリオデジャネイロの争いになると私は思っていました。ところがシカゴが最初に脱落したのにはびっくりしました。シカゴの準備態勢にIOC委員達は、不満だったのでしょう。シカゴはオバマの演説だけが頼りになってしまったのでしょう。

鳩山が招致演説に出席するとなかなか発言しないので業を煮やした石原は、直島官房長官を訪問し、脅しをかけたのでしょう。私が石原ならこう脅します。
「鳩山首相に招致演説をしてもらいたい。もし拒否されるなら東京は間違いなく落選する。そうなったら私は黙ってはいない。猛烈に鳩山を非難する。最初から東京招致に反対、首相になった時点では、日本経済はさらに落ち込んでいる。オリンピック招致は、経済効果、国民の心を明るくする心理的効果が大きい。そういうチャンスがありながらわざわざ招致演説をも拒否するつもりか。鳩山が招致演説に出席して東京が負けても私は、鳩山を非難するつもりはない。かえってご苦労さまと言うつもりだ」

恐らくこれに似たような脅しを石原は直島官房長官にかけたのでしょう。土壇場になって、コペンハーゲンに出席して招致演説をすることになった。いままで「五輪などという時代錯誤的発想」と言っていた鳩山が、今度は五輪賛成、招致演説だ。それで東京が当選できるほど国際社会は甘くはないのだ。この点をマスコミから鋭く批判されても当然なのだ。産経新聞は、控えめな鳩山批判をしていたが、他のマスコミはどうだったのでしょうか。オバマ大統領は、帰国後五輪招致失敗で批判にさらされていました。

要するに野党時代の民主党は、政権奪取が最優先で国家のことなど考えていなかったのだ。
政府支援の東京オリンピック反対は、政権奪取の一つの手段に過ぎなかった。その東京オリンピックは、日本の経済再生のためにのどから手がでるほどほしかったのだ。私は、前のブログで東京オリンピック賛成に三つの理由をあげました。その一つに日本経済の落ち目の回復材料です。私はブログでこう書いています。

「現在の経済的閉塞感の打破です。現在は世界的に大不況です。これからますます悪くなっていくでしょう。オリンピックという大プロジェクトを獲得すれば、国民の気分を明るくする格好の材料になります。オリンピック招致決定は、今年の10月初めです。決定すればオリンピックプロジェクトが動き出します。雇用の機会が増えます」

日本経済の低迷はもう長期トレンドに入っているのだ。これを打破するにはもう起死回生の策しかない。東京オリンピックは、格好の起死回生策だったのだ。バカ、アホ、ノータリンの鳩山は、このことが理解できないのだ。マスコミが民主党を支援するのもいい、ある特定の国に肩入れするのもいい。しかしマスコミにとって最も大事なことは日本という国家を強力に支援し、日本という国家を最も大事にすることなのだ。それができていないからマスコミならぬマスゴミと言われるのだ。それに対してマスゴミは返す言葉があるのか。


追記:
たまに私のブログを読んでいる人に出くわします。そのときよく聞かれるのは、「えんだんじ」とはなんですか、なにか意味があるのですか、お寺の名前ですかとかいろいろ聞かれます。この際説明しておきます。「えんだんじ」には意味があります。漢字で書くとわかります。漢字は「炎男爺」です。正確に読むと「えんだんじい」です。しかし「い」はいらないから略しています。意味は文字通り「爺さんだが心はまだ炎のように燃えている男」です。
もっとも「炎の男であったが今では爺さんになってしまった」とも解釈できます。この解釈では、私の未来がなくなり心理的に消極的になりおもしろくない。そこで前者の解釈でこれからも積極的に生きるのだと自分で自分を叱咤激励しているわけです。


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鳩山のバカ、アホ、ノータリン (その2) 

毎週日曜日に更新している私のブログ記事、今回は旅行のため一日早めて本日(土曜日)に更新させていただきました。

アメリカのオバマ大統領が9月24日国連の安保理会合の議長を務め、核軍縮・核不拡散をテーマにして論議し、その結果全参加国は「核兵器のない世界」を目指す決議を全会一致で採択した。
「核兵器のない世界」をめざすとオバマが呼びかけたからといって、彼の頭の中にあるのは世界ではなくて、アメリカ第一主義、国益中心だということです。その点を鳩山首相や日本の左翼は、勘違いしているのだ。9月30日発行のアメリカの週刊誌ニューズウィーク紙でも、オバマの呼びかけは、「一つの前提に基づいている。核兵器はアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』であるというものだ」と書いています。

この週刊誌の記事については、読者の中には不思議に思う人がいるかもしれません。なぜなら日本みたいに核を持ってない国が、核兵器は日本の安全保障にとって『最大の脅威』と言うならわかります。しかしアメリカは核保有国であるし、そのうえ世界最強の軍事力を持っているのに、核兵器はアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』とは納得できないからです。

実はアメリカの世界一の軍事力にも弱みがあった。その弱みを理解するために強みを説明しましょう。アメリカはいくら北朝鮮が、アメリカ本土に核兵器をぶちこんでも恐くありません。すぐに反撃して北朝鮮を壊滅できます。北朝鮮ばかりでなく例えロシアでも支那でもアメリカ本土に核兵器をぶちこんでも、反撃して相手国をやっつけることができます。現在世界でたった一国だけでアメリカに戦争をしかけて勝てる国はありません。ところがそのアメリカに弱みがありました。その弱みを露呈したのが、2001年のニューヨーク同時多発テロです。

あの同時多発テロにアメリカ国民は驚愕動転しました。アメリカという国の象徴ともいうべき都市、ニューヨークが不意に爆撃を受けたのと同然になってしまったからです。実はこれまでアメリカ本土が爆撃されたのは、アメリカが独立を求めてイギリスと独立戦争した時のイギリス軍によるものだけでした。日本との戦争でもハワイがやられただけでアメリカ本土はなにも攻撃を受けていません。そのアメリカ本土がテロにあっさりと空爆されたのと同然の姿をさらしたわけですからアメリカ人にとっては大ショックでした。

この同時多発テロでアメリカは二つの事を知りました。アメリカはテロ攻撃に弱いこと、テロとは戦争できないこと。テロリストの仕業とわかっていてもアメリカは何処の国と戦争しかけてよいかわからいからです。あの「目には目を、歯には歯を」というメンタリティーを持っているアメリカ国民が、どこに反撃していいかわからないのです。これほどアメリカ国民にとってショックなことはありません。さらにアメリカ人の悪夢になったのが「もし核兵器がテロリストに渡ったら」どうなるか。アメリカは、世界中のテロリストが一番嫌っている国です。そのテロリストに核兵器が渡ったら、それだけでアメリカ国民には、身震いするほど恐い話です。そのため同時多発テロ事件以来、アメリカは、核拡散による核が絶対にテロリストに渡らせないことを優先することが国策になったのです。だから最初に触れましたようにニューズウイーク紙が、「核兵器がアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』であるというものだ」と書いているのは、ロシアなどが持っている大国の核兵器が脅威ではなくて、テロリストに核が渡った場合の核が脅威になったのです。

同時多発テロが起こった頃フセイン大統領が支配したイラクが核開発をしているとか、もうすでに核兵器を持っているとかがニュースになっていました。アメリカは、フセインのイラクが核兵器開発し、それがテロリスト、アルカイーダの手に渡るのを防ぐためにイラクと戦争した。その結果は、イラクは核兵器を開発していなかったのがわかりました。アフガニスタンでは、やっつけたはずのタリバンが復活してきてアメリカを初めとする多国籍軍と戦闘活動をしています。アフガニスタン全土がタリバンの支配に入ると隣国のパキスタンは核保有国です。しかもパキスタンの政情は不安定です。ひょっとしてパキスタンの核がタリバンの手に入るかもしれません。

とにかく現在のアメリカは、核兵器が所有する国々が続々現れ、核拡散が続くようだと核がテロリストに渡る可能性が高くなりますから、非常に神経質になっています。ここへきてアメリカの国情に変化が起きました。それはアメリカ発の経済恐慌です。これによってアメリカ経済はガタガタになりました。
その結果:
1.もうアメリカはこれまでのように核がテロリストに渡らないようにするために軍事力を使う余力が無くなってきたのです。アフガニスタン戦争も長引きそうだし。もうこれ以上国力を消耗する軍事作戦に耐えられなくなってきたのです。

2、軍事予算の削減、核兵器削減は、アメリカの国家あげての大プロジェクトになった。

アメリカ国内の経済上の理由でアメリカだけで核兵器を削減したら、アメリカの軍事大国としての地位が低下することになります。そこでオバマは、大義名分が通る「核兵器のない世界」実現です。これによって核保有国を同じテーブルにつかせ、「核兵器のない世界」実現のための交渉をする。当然核保有国は、いきなり全核兵器を廃棄できませんが、いずれ廃棄の割合を決めることになるでしょう。こうしてアメリカだけが核兵器を廃棄することなく、相変わらず世界一の軍事大国の地位を保ちながら核兵器を減らすつもりなのです。

要するに私の主張したいことは、オバマ大統領が立派な人間だから「核のない世界」を目指す会議を開催したのではなく、あくまでもアメリカ側の事情によるものだということです。それを鳩山やマスコミ、日本の左翼は、オバマの「核のない世界」の呼びかけに、その背後にはなにかあるのではと、探ろうともせず、単純に喜んで拍手で迎えているのだ。私に言わせれば世界の主要国の政治指導者がきれいごとを言ったらその背後にはなにかあると思って間違いないのです。世界の主要国の指導者は、世界のことを考えて発言したり、行動したりしません。あくまでも自国の国益に合わせて発言、行動するのです。

鳩山はこの核廃絶会議で演説しました。オバマの意気込みに負けてはならないと気負った演説内容です。演説全部を披露することができませんので、私が気になった点を取り出し、私のコメントをつけてみました。

1.「日本は核兵器廃絶に向けて先頭に立たなければならない」

鳩山よ、正気ですか。核兵器のない世界の実現などというこんな難しい問題は、核保有国が先頭にたって行動しなければ到底実現できません。日本が先頭に立ったところで核保有国が率先して協力してくれなければなにも進みません。だからここは「日本は核兵器廃絶に向けて先頭に立つ」のではなく「核保有国が先頭に立って行動しなければ、実現しません。核保有国は率先して先頭に立ってください」となぜ言えないのですか。

2.「1970年にはNPT(核拡散防止条約)に署名、1996年にはCTBT(核実験全面禁止条約)に署名した。核軍拡の連鎖を断ち切ることが唯一の被爆国としての道義的責任だと信じたからだ」

「被爆国としての同義的責任」とは何ですか。いくら文章全体が、「核軍拡の連鎖を断ち切ることが唯一の被爆国としての同義的責任だと信じたからだ」としても「同義的責任」などと言う言葉を使うべきではありません。誤解を与えるだけです。被爆国日本にはどんな種類の同義的責任など、一切ありません。「道義的責任」などという言葉は、まるで原爆碑に刻まれた有名な「二度と過ちを繰り返しません」という卑屈な言葉と同類の表現です。

「日本は被爆国なので核兵器を持つ権利が一番ある国です。しかしこれ以上核兵器軍拡競争が広がってはいけないとの思いから、日本はその権利を犠牲にしてNPT(核拡散防止条約)とCTBT(核実験全面禁止条約)に署名した。しかし結果的に我が国の犠牲心が実を結ばなかったことは非常に残念です」。これは私が考えた演説のセリフです。読者は、どちらのセリフが卑屈でなく、自己主張しているセリフか判断していただけると思います。

3.「日本が非核三原則を堅持することを誓う」

このセリフは上記(2)のセリフのすぐ後で述べられています。非核三原則とは、「核を持たず、作らず。持ち込まず」の三原則のことです。このセリフは鳩山演説の中で一番最低、最悪です。鳩山よ、「核兵器のない世界」などすぐ実現すると思いますか。長い年数がかかり、あるいは実現しないかもしれないと考えるのが常識でしょう。それなのに、なぜ非核三原則の堅持など日本の今後の軍事計画など公表するのだ。これを聞いて韓国、北朝鮮、支那がどれほどほくそ笑んでいるのかがわからないのですか。この三国やロシアなどどれほど日本をなめきっているのかが理解できないのですか。彼らは現在の日本の軍事体制や軍事力では「どうせ何も出来やしない」と完全になめきっているのだ。鳩山や今の若い政治家は、竹島を韓国から奪われた時、日本がどれほどの犠牲を払って失ったのか知らないのだ。学校で教えることもなければ、マスコミも語ることがないからです。

日本の被害の実態を教えてあげましょう。韓国に拿捕された日本漁船:328層、抑留された日本漁民:3929人、殺された日本漁民:44人、その上日本は、日本の刑務所に服役していた韓国人犯罪者、427人に在留特別許可書を与えて刑務所から放免。これだけの屈辱を受けて日本は竹島を失ったのだ。この事件以来、韓国は日本をなめきってきたのです。首相の靖国参拝反対、従軍慰安婦事件、歴史教科書への干渉等等です。

北朝鮮や支那が日本になにをしてきたか、ここで一々書かなくてもわかるはずだ。鳩山が非核三原則を貫くなら、政権を握っているのだからそれもよかろう、しかしわざわざ公表するバカがどこにいるかというのだ。鳩山よ、よく聞け。理想だけで世間を渡れないと同様に理想だけでは世界で生き残れないのだ。

最後に非核三原則などという馬鹿げた時代遅れの原則を廃棄するよう鳩山に忠告します。西ヨーロッパ諸国の軍事同盟にNATO(北大西洋条約)があります。このNATOとアメリカは軍事同盟の関係があります。NATO加盟国の中には、日本のように核兵器を持たない国々があります。その国々とアメリカは、核シェアリングという条約を結んでいます。核シェアリングとは、核を持たない国が有事の際には、アメリカの核を使わせてもらうことです。当然有事の際を想定してアメリカ製核兵器の扱い方をアメリカから教えてもらう訓練もします。韓国もアメリカとの核シェアリングについて話し合いに入っていると聞いています。

鳩山よ、非核三原則など廃棄して、アメリカに核シェアリングの構想を呼びかけたらどうですか。アメリカにしても、日本が非核三原則を固守している以上核シェアリングの構想を日本に持ち出すことはできません。私がバカ、アホ、ノータリンと呼ぶ人というのは、現実を直視してそれに対応した政策を考えず、理想ばかり追い求める政治家のことです。あなたが温暖化ガス削減交渉でかかげた25パーセントという数字の背景を具体的に説明できますか。説明できるわけがありません。理想とムードに走った数字をあげただけだからです。そして今頃になって各家庭にどのくらいの経済負担がかかるのか計算させているのだ。やることが逆じゃないですか。国際社会で数字を発表する前に当然計算しておくべきだったのではないですか。

あなたは、「日本列島は、日本人の所有物じゃない」と言いました。雑誌「論座」では、日本人の所有物と考えるのは、思いあがりもはなはだしい」とも言いました。私は日本の首相という者は、日本国民のためだけに働いてくれる人だと考えていました。日本には在日韓国人もいれば在日支那人もいる、だからあなたは、日本人のためだけでなく、彼らのためにも働いているのですか。あなたのあだ名は、「宇宙人」だそうだ。そしてあなた自身も「宇宙人」と呼ばれるのが好きだと聞いています。冗談じゃないですよ。宇宙人の考えで政治をやらないでください。世界の現実、日本の現実を直視して、日本列島に住んでいる在日外国人のことは考えなくていいから、日本国民のことだけを考えて政治をしてください。バカ、アホ、ノータリンの政治家が首相になるほど腹立たしいものはありません。



追記:

以前ブログでご案内しましたが、10月18日(日)に私の講演があります。

場所: 大和市生涯学習センター204号室、大和市深見西1丁目3−17
    電話: 046−261−0491

最寄り駅: 相鉄線「大和」駅、または小田急―江ノ島線「大和」駅
      駅から徒歩 10分

時間:14:00−16:30

演題: 「逆境に生きた日本人」

主催者: 大和正論の会

参加費: 会員 1000円、非会員 1500円


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鳩山のバカ、アホ、ノータリン (その1)  

鳩山首相は、9月22日国連で2020年の日本の温室効果ガス排出削減の中期目標について「1990年度比で25パーセント削減を目指す」と国際公約をした。この削減目標値について私の意見を述べる前に、私が2ヶ月前の7月19日にこのブロク上で温暖化ガス削減交渉について書いた記事をそのまま引用します。

『またまたうぶでバカでお人好し外交(2)
ナンセンスなCO2(温暖化ガス)削減交渉

温暖化ガス削減交渉は、ずっと以前から報じられている話題であり、ニュース番組の話題として当分消えることはありません。そこで簡単な予備知識として次のことを知ってもらいたい。

1.国連が国連組織内の環境計画と国連の専門機関である世界気象機関を一緒にして設立したのが、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)です。IPCCの専門家は気候変動に関する新しい調査や研究を行うのではなく、すでに発表された論文や調査を評価するだけです。このIPCCが評価の結果、気温上昇による地球温暖化の原因をCO2の増加と結論づけたのです。IPCCのこの結論に沿ってCO2削減交渉が行われています。しかしこの結論に異を唱える科学者も沢山います。

2.1997年に京都議定書が採択されました。京都議定書は1998年から2012年にまでに排出量を1990年比で5、2%削減することを義務付けている。しかし2001年時点で署名40カ国のうち、議長国だった日本を含む21カ国は逆に排出量が増えた。イギリス、ドイツ、フランスは排出量を削減できたが、議定書の削減目標を達成できそうな国は一つもない。この京都議定書には、アメリカと中国という温室効果ガスの二大排出国が参加していません。

3.京都議定書が2012年に切れるのを受けて、今年12月にデンマークのコペンハーゲンで気候変動枠組み条約第15回締約国会議が開催され2013年以降の枠組み交渉が行われる。
京都議定書に参加しなかったアメリカは参加予定だが、中国は未定です。

ここから本題に入ります。まず次の数字を見てください。
ヨーロッパ15%、アメリカ20%、中国20%、途上国31%、日本4%。この数字は、何だと思いますか。この数字は、世界中で排出されるCO2の総計の中で各国の占める割合です。日本は京都議定書でとりきめられた削減量に達する見込みはないが、日本のCO2 排出量は世界の総排出量のわずか4%ということです。ヨーロッパ、アメリカ、中国の数字と比較してください。大変低い数字です。このことは、日本の環境技術や省エネ技術が欧米よりはるかに進んでいることを意味しています。日本のメーカーの血のにじむような努力の成果です。このことを皆さんの頭にいれといてください。

2005年を基準にして各国がどのくらい削減するか数字を出すようになっていますが、中国やインドといった後進国は、先進国が高い数字を出してもらわないと後進国は協力できないと主張し、CO2削減交渉の国際会議に出席する意思を示していません。そこで先進国が出した数字が、2005年を基準にしてヨーロッパ13%削減、アメリカ14%削減、日本がつい最近だした数字15%削減です。但し欧米の出した数字には、排出権取引が含まれています。

排出権取引とは、簡単に言えば工場から排出されるCO2という煙に市場価値をつけて取引することです。それによってCO2排出削減に貢献したということになるのだ。しかし日本の15%は、排出権取引を含まず、日本側だけの努力で15%削減する、日本はこれを真水だけで15%削減、すなわち世界一の削減量を提示していると主張しています。

この日本が提案した15%削減に対する各国の評価は、評判が良くない。特に中国は不満です。もっと高い数字がだせるはずだと主張しています。つい最近のイタリアのサミットで、途上国は日米欧が提出した削減率では承認できないと主張しています。欧米や日本が提出した数字はあくまでも提案であって国際的な約束事して決められた数字ではありません。従って私の意見は、日本は15%より低い数字を出しなおすことを提案します。場合によっては、アメリカや中国が京都議定書に加入しなかったように、今度は日本がCO2削減交渉会議に参加しないことです。その主な理由は次の五つです。

1.先にも触れましたが、現在の日本のCO2の排出量はわずか4%、これに反してヨーロ
ッパ15%、アメリカは20%、すなわち先進国であるはずの欧米は、日本の4倍も排出しているのです。いかに日本が環境にやさしい機械設備の開発に力いれてきたかの証明です。環境にやさしい機械設備の開発は短期間にできるものではない、長い年月をかけて開発してきたものだ。その日本の過去の努力を一切考慮していないのです。また日本政府をその点を国際社会で力説しないのだ。全く腹立たしい。それなのにどうして日本が世界一高い排出削減率を提唱しなければいけないのか。

2.中国の戦略が見え見えだからです。日本を環境先進国だの、日本の環境技術がすばらしいだのとおだてておいて、日本にCO2削減に高い数字を国際公約させ、日本がその目標値に達しない時は、排出権取引で中国人の吸ったタバコの煙を日本に買わせるつもりなのだ。つい最近提案した15%の数字では、そうなる可能性が非常に高い。

3.後進国は、先進国はいままでの沢山のCO2を排出してきたのだから、先進国はCO2排出削減にもっと高い数字をだすべきだ。先進国と後進国を同等に扱うのは不公平だと主張しています。彼らの主張は理解できないわけではありません。但しパキスタン、中国、インドを除くべきです。彼らは自国の中に明日食べる物を心配しなければならない国民が沢山いるにも関わらず核開発に精を出し、環境にやさしい機器の開発に怠ってきたからです。このことは核先進国の米露英仏にも言えます。彼らは核開発でさんざん環境を破壊してきたのです。その核先進国が、日本の提案した数字より低いとは何事ですか。

日本は特に中国には厳しく主張する必要があります。中国は核開発や20年間にわたる軍事費増強で完全に環境にやさし技術開発に怠ってきたからです。

4.地球温暖化の原因をCO2排出の増加と決めつけたのは、IPCCです。しかし最初に触たように世界にはこのIPCCの説に反対する学者や疑問を呈する学者が沢山いるということです。例えばアメリカ、アラスカ大学の赤祖父(あかそふ)俊一名誉教授は、今年2月東京で講演しています。彼の主張を箇条書きにしてみます。

(1)IPCCが自然変動を考慮に入れず、気温上昇をCO2のせいにしたのは間違い。
(2)地球温暖化の研究は若い学問で分からないことが多いのに、IPCCはそれを国際的な政策の場に持ち込んだ。CO2削減に膨大な金を使っても地球温暖化防止にやくだたなかったということになりかねない。
(3)CO2の排出量取引は開発途上国が先進国から金をとる口実にしているとしか思えない。日本は外国の建前上の主張を本心と誤解しているのではないか。
(4)CO2の議論は化かしあいのようなものであり、日本はCO2削減で欧米の言いなりになるのではなく、自らの主張を出してよい。

5.排出権取引ほど胡散臭いものは無いような気がします。排出権取引なるものを私もこの原稿を書いていてよくわかりません。おそらく現在沢山のブログが公開されていますが、排出権取引について分かりやすく説明してあるブログは、ほとんどないのではないでしょうか。もし読者の中でわかりやすく説明してわるブログを知っていたら教えていただきたい。新聞記者でも排出権取引について詳しく書ける人は、あまりいないのではないでしょうか。後進国が排出権取引で先進国から金をしぼり取るつもりなら、欧米諸国は排出権取引の市場拡大をねらっているのではないでしょうか。

2007年の時点で排出権取引額は約6兆円、取引総量27億トンと言われ、市場規模が急拡大していると言われています。皆さん考えてもみてください。CO2なる煙は百害あって一利なし、その煙に市場価値をつけてCO2を削減しながら金儲けしようという、資本主義先進国の強欲な欧米民族でなければ考え出せないようアイデアのような気がしてなりません。地球上のCO2を減らすには、日本のように地道に時間をかけ努力して環境にやさしい機械設備の開発、省エネ技術の開発しかありません。そのため日本は環境技術では世界一の水準です。世界のCO2削減のために日本の機械設備や技術を輸出すれば削減効果は非常に大きい。そうなると日本だけが大儲けしてしまう、結局それがいやなのだと私は推測しています。

世界は日本の技術を必要としているのです。だから国益をそこなってまで無理することはない。削減会議から脱退してもかまわない。環境悪化は、いずれ世界中の人々に害を与えるでしょう、しかしその前に環境汚染発生国が、最大に被害を受けるのです。現在、後進国は、先進国が高い削減率をしめさなければ参加しないなどと主張していますが、本音はいますぐにでも自国の環境破壊を救いたいのです。日本はなにも慌てることはない、現在のところ助けられる技術を持っているのはほとんど日本だけだからです。

日本政府提案の15%削減の国内反響を見ると、現在のマスコミの偏向の度がすぎているせいか、私のような意見は少数意見なのかほとんど出てこない。民主党政権の場合、環境大臣になるとみられる、岡崎トミ子は、「15%削減は世界を失望させた。25%削減すべきだ」と発言しています。そんな高い削減率を提唱して、達成できなければ排出権取引で莫大なお金を払わなければならなくなる恐れが多分にあるのを知っているのでしょうか。

ネットで偶然にも日本政府提案の15%削減について朝日、毎日、日経、産経の社説を読みました。産経以外は削減率に不満。産経だけが、日本のCO2の排出量は、世界のわずか4%という日本産業界の努力を無にしてはならないと主張しています。民間の環境保護団体は、政府の15%削減は低すぎるもっと高くすべきだと主張しています。

日本人は,気候温暖化を防ぐためにCO2削減にむけて世界各国は誠心誠意を傾けて話し合をしていると思っているのだ。後進国は排出権取引で、先進国から金をせびりとろうとし、欧米諸国は排出権取引拡大をねらうなど、各国国益をむき出しにして主張しているのが理解できないのだ。また各国はIPCCに対して自国に有益な主義主張を盛り込むべき水面下で活動していると言われているいのを日本は知っているのでしょうか。

外国からは日本は環境技術世界一だから、CO2削減交渉では、指導的役割をはたしてくれとおだてあげられています。例えば国連事務総長の藩基文氏が東京でのインタビューで今年12月にコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議で日本が指導的役割を果たすことを求めました。そのせいかどうかわかりませんが、日本政府は、4%とという世界最低のCO2排出量を誇りながら、多少犠牲を払ってでも良いと思っているのでしょう、欧米を上回る世界一の15%の削減率を提供した。それに対して野党初め反対勢力は、それでは低すぎるとの大合唱です。まさにうぶでバカでお人好し外交です。

アラスカ大学名誉教授、赤祖父氏が主張する、「日本は外国が建前上の主張を本心と誤解しているのではないか」、「CO2の議論は化かし合いのようなものであり、欧米の言いなりになるのではなく自らの主張を出してよい」などがおよそ理解できないのだ。どんな立派なお題目を国際社会で討議しようと国益が最優先中の最優先と言うことが理解できないのではないでしょうか。いずれにしても最終的には、CO2削減交渉では、日本は損することになるでしょう。

うぶでバカでお人好し外交は、ざるみたいなもので底がない、そのため何回でもうぶでバカでお人好し外交をくりかえすのだ。戦前もうぶでバカでお人好し外交をしてきた。しかし日本には強力な軍事力があった。そのためお人好し外交をしたところでかさにかかってせめこまれることはなかった。しかし現在は違う、特に中韓露北朝鮮の四カ国からせめられっぱなしだ。いつになったらうぶでバカでお人好しの外交を脱皮できるのか、日本外交の永遠のテーマのような気がしてなりません。』
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ここまでが7月19日のブログの内容です。ここからが本日追加するブログ記事です。話を分かり易くするために麻生が提案した数字と鳩山が提案した数字を比較してみましょう。
鳩山の25パーセント削減は、1990年度を基準にした数字です。一方麻生の15パーセント削減は、2005年度を基準にした数字です。そこで二人とも同じ年度を基準にすると削減数はどうなるかを見てみましょう。
1990年度比: 鳩山(25パーセント削減)、麻生(8パーセント削減)
2005年度比: 鳩山(30パーセント削減)、麻生(15パーセント削減)

皆さんは、前のブログを読んでいただいたのでお分かりと思いますが、私は、麻生の提案した2005年度比で15パーセント削減数字でも高すぎると批判しています。鳩山は麻生を超える突拍子も無いバカ高い数値を出しているのだ。精神的未熟児なだけに鳩山という男は、バカ、アホ、ノータリン、どれほどバカ呼ばわりしても足りないくらいだ。政治家で首相であるだけに余計怒りがおさまりません。いいですか、鳩山よ、よく聞け、外交交渉や国際会議は、理想に突っ走る場所ではなく、あくまでも徹底して国益追及の場なのだ。理想を述べたかったら元の職場にもどって大学で教鞭をとってもらいたい。

支那を見よ。支那は数十年にわたって膨大な軍事予算をつぎ込み、核実験は数え切れないくらい繰り返し、一方省エネ対策、環境対策についてはほとんどなにもせず、温暖化ガス増加をすべて先進国のせいにし、自国の温暖化ガス減少には、先進国の資金援助と技術援助をできるだけ沢山しぼりとろうとしているのだ。鳩山が公約した高い数値目標に達することができなければ、日本は、支那などから排出権を買い取らねばならないのだ。支那は自国吐き出す大量の温暖化ガスを金の卵に変えようとしているのだ。しかも排出権取引などマネーゲーム化の様相を呈していると誰もが認めようとしているとこです。それはそうでしょう、百害あって一利なしの排出ガスに値をつけて買い取らせようというのだ。

日本の企業が長い時間をかけ全力をあげて省エネ技術や環境技術を開発してきました。今では日本の温暖化ガス排出量は、世界の排出量のわずか4パーセント。アメリカ、支那はそれぞれ20パーセントです。この日本の努力をなぜ誇らしげに国連の場で宣伝しないのか、なぜ世界に向けて各国もっと真剣に省エネ技術や環境技術開発に全力をあげろと説得しないのか。そして省エネ技術、環境技術開発で世界一貢献している日本がなぜ、世界一の大幅削減を提唱しなければいけないのか説明してもらいたい。

鳩山よ、あなたの提案を実現しようとしたら、どれだけ日本国民に負担をかけるのか知っていますか。産経新聞によれば、麻生提案の数字では、一所帯あたりの経済負担は、年7万7千円。鳩山提案の数字では、一所帯あたりの経済負担は、年36万円です。しかも鳩山は、温室効果ガス対策税まで検討しているのだ。これでは民主党政権の人気公約、子ども手当てが吹っ飛んでしまいます。民主党の経済政策は、内需を拡大して経済を成長路線に導くことです。子どもてあてについて、鳩山自身が、国連総会で「子ども手当ては教育の投資であると同時に、消費刺激策であり、少子化対策になる」と自画自賛しているのだ。
その子ども手当てが、どぶに捨てるも同然になってしまうのを、日本に帰国してから学ぶのですか。

産業活動の面でも影響が深刻です。鉄鋼、セメント、エチレン、紙パルプ等のエデルギー消費型の産業が生産活動を制限され、そのぶん企業は海外に生産活動を求めざるを得ず、そのため失業率が増えることも予想されるのだ。日本の国力、特に経済力はここ十数年完全に落ち目になっています。鳩山のあげた数字では、日本の経済力の落ち目を、さらに加速させ、坂道をころげるような速さで経済的地位が低下していくような気がしてなりません。

鳩山のように資産家の家に生まれ、何も苦労せず、 ボンボン育ちのままリーダーになった人間は、とかく理想に燃えて邁進するだけで現実の厳しさなど何一つ理解できないのだ。こんなことを書くと読者から、鳩山の前任者たち、小泉、安部、福田、麻生もぼんぼん育ちだと指摘するかもしれません。しかし鳩山と四人とは、決定的に違う面があるということです。四人には首相になる前に閣僚経験があるが、鳩山は閣僚経験もなく首相になったのだ。せめて閣僚経験でも十分つんでいれば、現実的に考える訓練ができます。

鳩山は確かテレビの画面で「試行錯誤を繰り返すかもしれません。失敗もあるでしょう。その時は国民の皆さんから時間を与えてもらいたい」とこのようなことを語っていました。鳩山よ、甘えるのもいいかげんしろ。鳩山が経営者なら、失敗しても企業の倒産だけですむ。首相が間違った判断したら全国民が大変な迷惑を被るのだ。首相には失敗はゆるされないのだ。鳩山に忠告しておきましょう。山谷や釜が先に半年間ぐらい住み着き、現実を見つめる訓練を積んできてくれ。

鳩山よ、もう一度言います。日本はこれまで世界一の省エネ技術、環境技術を開発してきたのだ。その国民がなぜ世界一高い犠牲を払わなければならないのだ。国際交渉とは、国民の犠牲の提供の場ではない、国益追求の場なのだ。政治とは、徹底して現実に対応することなのだ、理想に邁進する事ではありません。鳩山の幼稚さ、友愛バカには、腹がたってどうしようもない。私の血圧が上がりそうだ。

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20−30代の人達への警鐘 

田母神さんが、「日本は侵略国家でない」と論文を発表しただけで解任されました。あの決断が遅いといわれた麻生前総理には、ただ一つ例外と思える速さで田母神氏を解任しました。なぜ突然とも思える速さで解任したのでしょうか。私は麻生内閣が、アメリカに怯えたのでないかと想像しています。田母神氏が主張する「日本は侵略国家でない」を政府が黙認すると、「アメリカが侵略国家」になってしまいます。この問題をこのまま放置しておくと大きくなり、日米関係にもひびが入りかねないことを懸念したのでしょう。私に言わせれば、アメリカに対する日本政府の一種の怯えでしょう。

なぜ一種の怯えを感ずるのか、沖縄の基地移転問題でもアメリカ政府と14年前に合意しているにもかかわらず、日本政府はその約束を履行できていないという負い目もあるでしょう。しかしもっと重要なことは、日本政府は、自衛隊が日本の国土を充分に守りきれないことを知っていて、アメリカの援助が絶対必要なことを充分認識しているからです。日米安保条約では、「アメリカはいざと言う時には、日本を助ける」などなにひとつ書かれていません。時たまアメリカ政府高官が、日本を助けるなどと発言はしますが、公には文章に書かれていません。

それでも日本政府や自衛隊は、なにかあればアメリカは日本を守ってくれるだろうという希望的観測をしているのだ。いまの自衛隊は、アメリカがイラクへ派遣せよ、インド洋で給油活動せよといわれれば、その命令に従い行動できますが、自分の国を守るために自分ではなにもできません。拉致被害者の問題にしても、経済制裁では拉致された家族を取り戻せないとわかったら、経済制裁から武力制裁に切り替えるのが他の先進国のやりかたです。

要するに私が強く主張したいのは、現在の日本の最重要課題は、福祉政策ではなく、現行憲法を廃棄ないし改正して、軍事力の増強し、アメリカ軍を頼りにしなくても自分の国を守れる状態にすることなのです。こうして初めて日本は、アメリカの保護国から真の独立国になり、日米対等の軍事同盟を結ぶことができ、外交的には米支の仲介役もできるようにもなります。前置きはこのくらいにして、本題に入ります。本日の本題は、20―30代の人たちへの警鐘です。なぜ20−30代の人たちに警鐘するのかはのちほど説明します。その前に明治時代の話をちょっとさせてください。

明治維新を成功させ近代国家への仲間入りしようとしたその頃、世界中の有色人種国家のほとんどが白人の植民地になっていました。その時アジアで白人の植民地にならずに独立を保っていたのは、日本とタイだけでした。支那は、その頃の国名は清国といってヨーロッパ列強の草刈場になっていました。草刈場になっていたとは、ヨーロッパ各国が清国の各地に租界を持つことに競争していた状態でした。租界とは清国の領土であるが、行政、司法権はその設定国に属し、列強の清国に対する政治、経済、軍事活動の基地としての大きな役割を果たしていた。また清の国民も租界に住むことは、人種差別はあるが治安的に一番安心して暮らせる場所でした。すなわち清国は、事実上ヨーロッパ諸国の植民地と化していました。朝鮮は、その中国の属国でした。

したがって明治維新を成功させた当時のアジアの独立国は、事実上タイと日本だけでした。この時小国日本が脅威を感じたことは、このままでは白人の植民地になってしまうことでした。そうならないためには、富国強兵策以外になかったことは現在でも理解できるはずです。一言で富国強兵策と言ってもそれをなしとげるのは大変だった。なぜか。明治の時代は、日本は特に極貧状態でした。農村の村役場では、「娘身売り相談受け付けます」の看板がでていたくらいです。ハワイやアメリカ向けの移民も増えました。貧しいながらも国民も強兵策に積極的に貢献しよく頑張りました。あの当時、国の福祉政策など一切なかった。それどころか国民の国家への自主的奉仕が求められていた時代でした。当時の国民たちの国家への奉仕を物語る一つのエピソードは、アメリカに移民した日本人は、差別に戦いながらもがんばり、日本が日清、日露戦争に突入した時、移民たちはかれらの貧しい生活のなかから金を出し合い、戦争用の義捐金を祖国へ送金してさえいるのです。

国民が国家に貢献していたのだ。当時の日本は、貧乏小国とはいえ、日本国家の外交には主体性があった。現在の日本とは全く違います。そして日本は日清、日露戦争に挑んでいきました。この明治時代の日本人の心意気が、日本が植民地にならずに済んだ原因です。

ところがどうですか、皆さん、現在の日本どう感じるのでしょうか。現在の日本は、明治の日本とは較べものにならないくらい豊かです、ところが果たして現在の日本は独立国と呼べるのでしょうか。アメリカの属国あるいは保護国同然ではないですか。自分で自分の国を守れる軍事力もない、その上日本が戦争に巻き込まれたら助けてくれるかどうかはっきりしないアメリカ軍を頼りにしているのだ。最近米国のゲーツ国防長官が米国をねらったミサイル以外は迎撃しないと発言しています。

そこで私は、20―30代の皆さんに伺いたい。日本は、アメリカ占領軍が作った憲法を廃棄、ないし改正し、場合によっては徴兵制を敷き、自国を守る国防力を充実させ、本来の意味での当たり前な独立国になり、その上で対等な日米同盟を結ぶべきだ、そのことを早く決断すべきだと考えませんか。私が何故このようなことを書くかというと、今後2,30年間、すなわちあなたがたが働き盛りの間に外交面で日本が大変な試練を迎える可能性が高いと予想しているからです。大変な試練とは三つあります。

1.アメリカの没落。

没落と言ってもアメリカという国家がなくなるわけではありません。アメリカという国の国力の没落です。大東亜戦争後、アメリカほど自国の領土外、すなわち海外で数えあげたらきりがないほど戦争をしてきた国はありません。ある意味で国際社会の警察官のような存在で圧倒的な国力を見せ付けてきました。その意味で日米安保という軍事同盟を結んだということは正解でした。さすがのアメリカも絶えざる戦争介入で力が落ちてきた。すなわち経済力が落ちて、もういままでのように海外のあちこちで戦争する余力がなくなってきています。数十年前のアメリカだったら、北朝鮮は完全に潰されていたでしょう。

そのうちに日本は軍事力でアメリカを頼りにできなくなることです。その最初の兆候として現れるのがいずれ日本のアメリカ軍基地の減少でしょう。最近はアメリカ発の経済危機により、アメリカの衰退に加速度がつきました。今アメリカはイラクに13万、アフガニスタン6万人を派兵しています。この両方で日本の全自衛隊員を凌駕する兵員です。いずれイラクから撤退しても、アフガニスタンは、第二のべトナム化になるでしょう。そうなるとアメリカの経済力は、ガタ落ちになります。その結果世界は群遊割拠の時代を迎えます。もうその兆候が見えています。

いままでは世界的な問題は、先進七カ国、その後ロシアをくわえて先進八カ国の話し合いですみました。今ではもう八カ国では話し合いでは解決がつかなくなって最近の経済会議では20カ国が参加しました。その20カ国の中でもインド、支那、ブラジルの国力発展にはめざましいものがあります。アメリカの衰えが加速すると、日本はもうアメリカを頼りにできず、明治維新の頃のように軍事、外交に関しては単独で決断、実行して国際社会を生き抜かなければなりません。群雄割拠の時代には、例え戦争にならなくても国防力の充実が物をいうのです

2.日本が支那の属国になる。

これもすでに兆候が出ています。マスコミと民主党政権は、徹底した支那贔屓です。両者ともチベット、ウィグル問題で支那を非難しません。支那のスパイ網の効果が俄然出てきました。日本人はスパイの恐ろしさを理解しようとしません。スパイが必ず狙うのは相手国のマスコミを篭絡することです。支那はこの作戦にほとんど成功したと考えてよいでしょう。日本では北朝鮮の工作員があれだけの数の日本人を拉致しているのも関わらず、スパイ防止法すらできないのだ。スパイ防止法がないことはどういうことか、分かり易く言うと、隣のアパートの支那人らしき住人が夜になると通信機を使って暗号で本国と連絡しあっているらしいと警察にたれこんでも警察はなにもできません。通信機さえ没収することができないのだ。

今度の選挙の数日前、ネットのユーチューブで、フランス国営放送が民主党批判していましたが、日本国内に支那の工作員5千人が活動していると報じていました。スパイ防止法がないから白昼堂々と盗みができるのと同然のことができるのだ。その上支那人スパイの方が欧米人スパイに較べてはるかに有利です。なんだと思いますか。欧米人スパイが日本で活動しようとおもったら日本人を雇わなければなりません。言葉の問題と人種の違いの問題があるからです。支那人スパイの場合当然日本語が堪能に話せるよう訓練されています。中国人がべらべら日本語を堪能に話したら誰だって日本人に見えてしまいます。日本においては支那人スパイが欧米人スパイよりいかに有利かお分かりでしょう。

その上現在の日本人は、国家意識が薄いし、愛国心も薄い、政治家や経済人を丸め込むのは簡単です。要するに現在の日本は、支那人のスパイのやりたいほうだいだということです。あなたがたが気をつけなければならないのは、自分がスパイになるつもりがなくても支那側にはめられる恐れが充分あることです。先々月の月刊誌「ウイル」にNHKの内部告発が報道されていましたが、北京のNHK職員が売春容疑で逮捕された。その職員は無事解放されて本国に帰されたと報じています。恐らくそのNHK職員は、支那当局に嵌められたのです。無事帰国できたとしてもベッドシーンを盗撮されていたら万事休すです。いずれ支那当局のいうことを聞かざるをえません。

1996年代から二年半ほど首相を務めた橋本龍太郎は、首相在任中の支那の女スパイと懇ろになり週刊誌に暴露された。大スキャンダルになりそうなところで突然週刊誌の話題にならなくなった。私は支那側が仕掛けたマッチポンプだと思っています。確かに橋本は、支那の女スパイと懇ろになったのだ。ベッドシーンも盗撮されたでしょう。そこで橋本をふるえあがらせるためにマッチポンプをしかけたのです。マッチポンプとは和製英語で、自分で火をつけて自分でポンプを使って火を消すことです。支那当局は、週刊誌に情報を提供し、大スキャンダルになりそうな時に情報をシャットアウトしたのだ。橋本龍太郎は首相の時代に従軍慰安婦事件を認め、尖閣諸島は、日本の島だと主張していません。彼の首相時代に日中友好関係が深まり、彼の死後は、支那では日中関係の友好を深めたと絶賛されています。

最近では海上自衛艦、イージス艦の機密情報漏れが大きな事件になった。産経新聞の調べによるとイージス艦勤務の海上自衛官の十数名が支那人女性を妻にしているというのです。全部が全部支那のスパイとは言えませんが、何人かは間違いなく支那のスパイです。スパイ防止法がないから妻になっている支那人女性の身元を洗うこともできません、仮にスパイとわかっても逮捕すらできません。スパイの話を書いているとどんどん文章が長くなるので、このへんで切り上げます。要するにあなたがたは、自分の仕事の性質、仕事の立場などよく考えて、異性とのつきあいは気をつけた方がいいですよと言うことです。

スパイばかりの話しになりましたが、軍事力の話しをしましょう。支那は現在もそうですが、過去数十年間膨大な軍事予算をつぎこんできました。一方日本は、逆に過去七年間、防衛予算を前年度の1パーセント減を続けてきました。ところが日本以外の先進国の軍事予算は、ここ数年増加しています。桜井よしこ氏は具体的な数字をあげて説明していますが、彼女の結論は、10年後は支那の軍事力は、日本の軍事力の30倍になると言っています。現在の民主党政権は、バラマキ公約のため財源がたりず、防衛予算をさらに削ると言われています。

現在では在日支那人団体が、参政権を要求する会、すなわち「中国人参政支援協会」がすでに立ち上げられていることです。支那は武力で日本を倒す必要なく、日本内部からの崩壊を待ってさえすれよい状況になりつつあるのです。内部から崩壊と言っても日本が無政府状態になることではありません。現在の日本は、軍事、外交ではアメリカの意向をうかがわないとなにもできません。日本が支那の属国になると軍事、外交の他に内政まで支那の意向をうかがわないとなにもできないことになります。

現在の日本は、アメリカの属国、あるいは保護国同然です。しかしアメリカは民主主義国家ですから、日本を独立国のように扱ってくれます。日本国民も独立国のような錯覚に陥っています。日本民族の弾圧もありません。しかし支那の目標は、太平洋の勢力圏を支那と米国間で分割することです。日本は支那の勢力範囲に入れられています。もし日本が支那の保護国、ないし属国同然になったら、あるいは日米安保条約がそのまま移転して日支安保条約になり、日本のアメリカ軍基地は、中国軍基地になり、その基地に中国軍人が駐留したとしたら、あなたがたは、現在と同じ安心して暮らせると思いますか。私は、支那贔屓の日本人に聞きたいくらいです。日本は文字どおり中華人民共和国、日本自治省になり日本民族は弾圧され、天皇はアメリカに亡命しなければならなくなるでしょう。この(2)のケースは(1)のケースと現在同時進行していると考えて間違いないと思います。

3.支那の崩壊

支那の崩壊は、日本が支那の属国になる可能性よりも小さいでしょう、ひところは、支那の崩壊関係の本が目白押しに出版されましたが、いまでは支那崩壊予想の本が少なくなりました。しかしいずれしても一党独裁は、必ず崩壊するのが歴史の常です。ただその崩壊が100年後に起きたとしても現在から考えれば崩壊しなかったも同然です。いますぐ崩壊の可能性ないにしてもやはり崩壊するかもしれないという疑念は持っていたほうがよいでしょう。支那の崩壊は、支那の属国になるよりましなので、望ましいことかもしれませんが、しかし崩壊は崩壊で大変な騒動に発展するでしょう。崩壊しても内戦が起こるとは限らないという人もいますが、支那の場合は歴史的に必ず内戦が起きます。そのとき支那難民が何百万人も日本に押し寄せてくることも考えられます。また同時に日本在住の支那人が、大勢の身内を日本に呼びよせるでしょう。そのとき日本では支那人人口が一挙に増えます。日本は、どうするのですか。

大東亜戦争終了後、支那大陸の覇権をかけて毛沢東と蒋介石との間で激しい内戦が戦われた。敗北した蒋介石は、自分の部隊を引き連れて台湾に上陸、台湾を支配してしまった。それが現在の台湾の始まりです。そのため支那からやってきて台湾人になった人、あるいはその子孫は、外省人と呼ばれ、もともと台湾に住んでいた人、あるいはその子孫は内省人とよばれ、現在でも外省人と内省人が反目しあっています。

もし支那が崩壊し、内戦が勃発した。内戦で負けた蒋介石のような部将が自分の部隊を引き連れて日本上陸を敢行しようとしたら日本政府は、どうしますか。日本政府は内政不干渉の原則で、支那の内戦に介入するつもりはない、但し支那のある部隊が日本上陸を試みるなら、戦争行為とみなして我が軍は、支那軍を上陸前に撃滅すると公言できますか、また現在の自衛隊で上陸を敢行する支那軍を撃滅できると考えますか。敵が日本列島に上陸しようとした時に使用する最適の爆弾、クラスター爆弾の製造、使用禁止の国際条約に日本は参加してしまいました。(参照ブログ:「またまたうぶでバカでお人好し外交」7月19日)。この時、上記(1)「アメリカの没落」次第ではアメリカの援助が期待できない場合も大いにあります。

以上三つのケースがあなた方の働き盛りに起こる可能性があると思われるのです。だからこそ、自分の国は自分で守る気概と現行憲法を廃棄か改正して防衛力を強化することが、緊急の課題だということが理解していただけたと思います。私がなぜこのような警鐘をあなたがたに発したかというと、今の主要マスコミは、(1)を予想しても国民に前もってどうすればよいかなどの警告を発しません、(2)、(3)等は決して国民に警告しないからです。

最後にどんな時代であれ、これだけは皆さんの頭の中に叩き込んでおいてもらいたいことがあります。それは国家意識です。外国人参政権を認めようとし、「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」と公言した精神的未熟児、鳩山由紀夫が首相になりました。私は鳩山のこの発言はただの思いつきによる失言と思っていましたが、実はこの発言は、失言どころか鳩山が長年考えていた確信犯なのだ。朝日新聞社が出版していて最近廃刊になった「論座」という雑誌があります。1996年6月号の「論座」に鳩山は、題して「わがリベラル・友愛革命」でこう書いています。

「私も職業上、空から日本の国土を眺め下ろす機会が多い。そのような時、ふと日本は誰のものかと考えることがある。何気なく私たちは、日本は日本人の所有物だと考えている気がするし、その暗黙の了解のもとに各種政策が遂行されているように思われてならない。
しかし思いあがりもはなはだしいというべきだろう、日本には現在、135万人の外国人が住んでいる。日本の人口の1パーセント強である。内訳は、韓国・朝鮮人が約半数の68万人、中国人が増えて22万人、ブラジル人も4年間で3倍近くの16万人、以下フィリピン人、米国人、ペルー人と続く。まず、他の国々に比べて外国人の比率がかなり低いこと自体が大いに問題である。これは外国人にとって日本は住みにくい国であることを物語っている」

あなたがたは、これを読んで怒りを感じませんか。精神的未熟児の鳩山は、私たち日本人が、日本列島は日本人のものだと思うことは、「思いあがりもはなだしい」としかりつけているのだ。
私に言わせれば、どんな立派な公約を提言しても、これでは首相になる資格はありません。恐らく鳩山には、徹底した国家意識や国益、すなわち何事も日本国家優先という堅い信念がないのだ。政権がかわり内閣のホームペイジからは、日本の国旗が消えました。ところが鳩山にかぎらず、現在の日本人には、国家意識というものをあまり問題にしていないのだ。しかしこの国家意識の欠如は、大変危険なことなのです。国家意識の欠如は、自分の国は自分で守るというような気概が生まれてこないどころか、何事も国家の利益が優先するという外交上の常識が理解できないのだ。現在の日本国家溶解の原因になっていることを皆さんにぜひ理解してほしいのです。

最後にこれは名言中の名言と呼んでもいい言葉を紹介して終わりにしましょう。ドイツ統一時の名宰相と言われたビスマルクの言葉です。「国家は敗戦によっては滅びない。国民が国家の魂を失った時に滅びる」
「国民が国家の魂を失った時」とは国民が国家意識を失った時です。私のように国家意識の強い国民が圧倒的に多ければ、いまごろはアメリカ占領軍が作った現行憲法は廃棄され、国民が作った新憲法の下に名実ともに独立国家になっていたでしょう。残念ながら戦後年を経るにつれて日本国民の国家意識が弱くなりあるいは無くなってしまったと言っていいかもしれません。その結果として反日日本人が増えるのも当然でしょう。自民党でも国家意識の高い国会議員が少なくなり、首相は靖国神社にお参りもしなくなった。あげくのはてが鳩山は、「日本列島は日本人の所有物じゃない」と発言するまでになってしまった。帰化すれば自動的参政権を得られるものを、外国籍のまま参政権を寄こせという外人にまで参政権を渡そうとしているのだ。

残念ながら私が生きている間に、日本が戦前のように名実ともに独立国家として再生することはないでしょう。ならばなぜこのようなブログを書いたり、デモなどに参加するのか。それは私の国家意識が高いからだ。私の生存中に日本中が完全に左翼化しようと、私はたった一人でも闘います。なぜなら私の家に入れば日本があり、私の心にはいつも日本があるからです。

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9月19日(土)NHK抗議デモ国民大行進に参加を 

今回の抗議デモは第六回目になります。今やNHK抗議デモは、NHKの単なる一放送番組,「JAPANデビュー」に対する抗議だけでなく、現在の日本のマスコミの反日、偏向報道に対する抗議として、マスコミの総本山としてのNHKに向けられているのだ。民主党政権を誕生させた大要員は、マスコミの大支援によるものだ。我々、真正日本人の怒りをこのデモにぶつけようではありませんか。このデモの成功は、外国人地方参政権付与その他の反日政策を考える人たちへの脅威となるはずです。

左翼のデモと違って交通費も手弁当も出ません、しかし自分が国を思う気持ちを表す絶好の機会ではないでしょうか。どうか皆さん、数時間だけ日本国家のために割いてもらえませんでしょうか。私も参加します。「新しい歴史教科書を作る会」の幟の近辺におります。
私は鼻の下にひげ、髪の毛は総髪うしろで束ねています。めがね、172センチ。気軽に声をかけてください。

【時】
平成21年9月19日(土)※雨天決行
【街頭宣伝】
11時00分〜13時30分 JR「渋谷」駅ハチ公前広場

《登壇予定》※順不同敬称略
立花孝志(元NHK職員・内部告発者)、永山英樹、松浦芳子、水島総、三輪和雄、柚原正敬(以上50音順)各氏ほか文化人、地方議員数名

【集会・デモ行進】
13時00分〜14時30分 代々木公園けやき並木集合

※JR「原宿」駅(表参道口)、東京メトロ「明治神宮前」駅(1番出口)「代々木公園」駅(4番出口)より徒歩5〜10分。
東京都道413号(表参道通り)からNHKホールへと通じるけやき並木をお進みください。

《登壇予定》※順不同敬称略
加瀬英明、西尾幹二、クライン孝子、立花孝志(元NHK職員・内部告発者)、藤井厳喜、三輪和雄、井上和彦、西村幸祐、大谷英彦、石川公弘、松浦芳子、柚原正敬、永山英
樹、水島総 各氏 ほか文化人、地方議員多数

14時30分〜15時00分 隊列準備

15時00分〜16時00分 NHK抗議デモ→代々木小公園到着

※台湾のイメージカラーである緑色の風船の準備(ガス注入等)をお手伝いいただける方は、9時までに代々木公園けやき並木へいらしてください。少しでも多くの参加者に
緑の風船を手にしていただけるよう、ご協力をお願いいたします!(風船準備の時間と場所は変更になる可能性もあります。連絡先へ御確認のほど御願いします。)


【主催】
草莽全国地方議員の会、「NHK『JAPANデビュー』を考える国民の会、日本李登輝友の会、台湾研究フォーラム、在日台湾同郷会、台湾団結連盟日本支部、メルマガ「台湾の 声」、NHK報道を考へる会、誇りある日本をつくる会、昭和史研究所、日本世論の会、日本会議東京都本部、日本文化チャンネル桜二千人委員会有志の会、新しい歴史教科書
をつくる会東京支部・三多摩支部ほか

【協賛報道】
日本文化チャンネル桜、國民新聞
【ご連絡先】
草莽全国地方議員の会TEL/FAX03-3311-7810
日本文化チャンネル桜二千人委員会有志の会TEL03-6419-3900

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男の涙 

最近の若い男性を見ていて気づくのは、おそらく最低でも何百年と続いてきた我々日本男児の習性とは、あきらかに違うものがあるということです。それはなにかと言えば今の若い男は、テレビなど見ていると人前で平気で涙を流すことです。うれしいと言っては涙を流し、悲しいといっては涙を流す、その涙も涙ぐむなどは、通り越して涙をボロボロ流すのさえ全く稀ではなくなってきています。

私が定年時に自費出版した出版社が倒産した時、私を含めて4,5人が会社の事務所に押しかけた。その一人に20代の男性がいた。会社が倒産して彼の支払った70万がもどってこないと知った彼は、「俺、どうしよう」、「俺どうしよう」とその場にへたりこんでおいおい泣き出したのです。私はびっくりしてしまった。詳しく話しを聞けば、その70万円は借金ではない、自分がバイトで貯めたお金です。それでも「おいおい」人目で堂々と泣く、私など見ていて実に女々しい感じがして腹が立ってきたのを覚えています。

我が女房は、NHKの大河ドラマのファンでよく見ています。今年の主人公の直江兼続がよく涙を流すので、女房は少し怒り気味に「あの当時の武士が、あんなに涙もろいはずがない」とけなしていました。おそらく脚本家がまだ若い多分女性なのかもしれません。年寄りの男性脚本家だったたら、武士にめったのことで涙なんか流させるはずがありません。

そこで若い男性諸君のために昔の日本男子の泣き方の典型的な例を披露しましょう。明治時代の作家、伊藤左千夫の有名な短編小説「野菊の墓」から例をとりました。主人公は故郷を離れ、上京し大学に通う大学生です。突然故郷から「すぐ帰れ」の電報を受け取り、故郷に帰った。そこで彼は、彼の幼友達であり恋人でもあった彼女の死を知るわけなのですが、その死に方があまりにも不憫で涙をさそうものでしたから、彼は泣き崩れます。その描写を、作者の伊藤左千夫は、このように書いています。

「母の手前兄夫婦の手前、泣くまいとこらえて漸くこらえていた僕は、自分の蚊帳(かや)へ這入り蒲団に倒れると、もうたまらなくて一度にこみあげてくる。口へは手拭を噛(か)んで、涙を絞った」

この短い文章が、男の泣き方を端的に表しています。「母の手前兄夫婦の手前」で他人のいる前では男は泣かないもの、涙を流さないものだということ。「口へは手拭を噛んで」とは、号泣するとどうしても嗚咽がもれる。明治時代の田舎の夜は、静寂そのものだったでしょう。その嗚咽のもれを誰かに聞き取られると自分が泣いているのがわかってしまう。そのために口の中で手拭を噛んで嗚咽をこらえるのです。そして涙だけはとめどもなく流すのだ。それが「涙を絞った」という表現になった。これによって男というものは、どんなに悲しくても人しれずこっそり泣くものだということがわかります。この後の文章は、伊藤左千夫は、こう書いています。
「どれだけ涙が出たか、隣室の母から夜が明けた様だよと声をかけられるまで、少しも止まず涙が出た」

男が人前で涙を流すということは、女々しい男と思われたのは、人前で涙を流すということは男のうろたえた姿を表すことなのだ。男たる者、どんな悲しい目に会おうが、辛い目にあおうが、うろたえてはならないのだ。この武士道にも似た精神が当時の男にどれほどしみついていたかを端的に表す例を示しましょう。

日清戦争終了から5年後の明治33(1900)年、清国で義和団事件が起きた。義和団の騒乱にかこつけて清国政府は、中国に公使館を持つ国々に宣戦布告してきた。この時、清国に公使館を持っていたのが日本を含む欧米諸国11カ国、そのうちオランダ、ベルギー、スペインは守備兵力を持たず、合計は八カ国の守備兵力は、公使館員、学生、民間人いれて5百余名。イギリス公使館が一番広いのでここに各国の老人、子女、病人を集め、各国自国の公使館の籠城し、各国連携しながら戦うことになった。籠城戦は、約二ヶ月半続いた。この時大活躍して欧米軍の間で大評判を勝ち取ったのが会津藩出身の柴五郎中佐率いる日本の守備隊です。

籠城戦は結局成功に終わるのですが、日本軍の名声を高めたことが二つあります。戦後各国は、それぞれの担当地域で軍政を敷くのですが、各国軍は略奪をほしいままにするのですが、柴中佐率いる日本守備隊には一切の略奪がなかったこと、二つ目は日本兵の我慢強さです。戦場では負傷兵が出ます。当時は麻酔などありませんから外科手術など荒っぽいし激痛が伴います。片脚切断、片腕切断など麻酔なしでやります。この時欧米兵はでかい図体で大きな声で泣き叫びます。しかし日本兵は違った。人前で涙など流してうろたえる姿をさらすなが習慣になっているから、どんな大手術でも日本兵は、軍帽を口の中に入れそれを噛み締めて、低い声で「うーうー」といううめき声を出すことすら恥とばかり懸命になって平静さを装うとするのです。これが当時の日本男子の強さの原因の一つでもあったのだ。

私の年代以上の人たちの父親は、ほとんど全員明治生まれです。従って私たち男の子が、いつまでもめそめそ泣いていると、父親から「男のくせにいつまでもめそめそ泣くな」と一喝されるのが当たり前でした。母親でさえそういうことを言っていた時代です。それでもくやしくて泣きたい場合は、トイレに入って声を立てずに悔し涙を流し、落ち着いてから涙をふき取りなんでもないような顔をしてトイレから出るのです。夜だったら布団の中で悔し涙を流し枕を濡らすのだ。私は小学校時代にいじめにあい、多勢に無勢こてんぱんにやられ逃げるように家に帰り、母に悟られないよう、すぐトイレに駆け込み悔し涙をどっと流した思い出がある。このように私の年代以上の男は、小学生の頃から涙など人前で流さないのが男の強さの象徴みたいだった。

だから大人の男が人前で流す涙には価値があった。どういう風に価値があったか具体的に説明するのはむずかしいので例をあげましょう。私の20代の頃の話です。私の知人が私を含む数人の前で自慢げに話しをしてくれました。彼には愛を誓った恋人がいた。結婚するつもりだったらしい。ところが新しい恋人ができてしまった。前の恋人より新しい恋人の方が気に入ってしまったのだ。彼はどう別れ話を切り出すか悩んだ。前の恋人は、特に気が強いし、別れ話でひと悶着は避けられそうもなかった。そこで彼が考え付いたのが、別れ話の時に彼はわざと涙をながすことだった。彼は、私たちの前でその成功話をしたのだ。

どうやってわざと涙を流したのか聞くと、彼は、いかにも涙をこらえているように両手で顔を覆い人差し指と親指で目頭をできるだけ強く押して涙を出したというのだ。同年代の女性は、大人の男が涙を流しているのを見たことがありません。彼女は彼の涙を見てかえって感激したようだというのだ。どういうふうに別れ話を切り出したのか知らないが、彼女は涙を流しながら、彼の涙を見て、「あなたもつらいのね」と言ってくれたそうだ。「うそをつけ」と言いたい。おおげさな自慢話なのだろう。しかし別れ話は成功したのだ。

そのあと私は、自分で人差し指と親指で自分の目頭を押さえてみた。涙が出ませんでした。しかし強く押せば押すほど、指を離した瞬間目元がさだまらず目をパチパチするような感じになるので、涙をこらえているように見えるかもしれません。後年私は同じことをやる羽目になった。残念ながら女性との別れ話ではない。通勤定期のキセルで私が駅員に捕まったのだ。当時、現在のJRになる前の国鉄は、よくストライキをやった。24時間ストライキ、48時間ストライキなど、平気でストライキをしたものだ。会社によっては貸布団を借りて社員を事務所に寝泊りさせるところが沢山出た。

私は大組織への抵抗の意味と三番目の子どものミルク代かせぎもかねて通勤定期のキセルを長年していた。捕まった時、数年間キセルをやっていたのですぐに大きな罰金を想像し、私は青くなった。

私はハングリーに育っているので、こういうピンチにはすぐに臨機応変に対応します。目頭を押さえることを思いだし、涙をこらえるような仕草で、人差し指と親指で目頭を必死で痛みを感じながらも強く押しつづけた。手を離して駅員と話す時には、おそらく私は、涙を流した後の顔つき、あるいは最低でも涙をこらえている顔に見えたに違い。国鉄のストに対する庶民の抵抗などと開き直りせず、ひたすら謝りの一点張り。
生命保険もかけてもいないくいせに、罰金が払えなければ、生命保険かけていますから、自殺してでも払いますとごく自然に名セリフが出てきます。自殺では保険がおりないのを知ったのはずっとあとだった。キセルの原因を子どものミルク代かせぎにした。いつもなら私はサラリーマンらしからぬはでな背広を着ているのだが、その日は幸いにも取引先の工場にゆくことになっていたから目立たぬドブねずみ色の背広を着ていたのも幸いした。ついに駅員の同情を獲得して難を逃れた経験がある。

女の涙は武器だと言われますが、我々の年代までは男の涙は、めったのことでは見られないだけに武器にもなり、価値もあった。それがどうです現在の若者は、うれし涙も悔し涙もすぐに出す。日本男子が数百年かけて築いてきた男の涙の価値を現在の若者は、完全にぶちこわしてしまったのだ。一体この責任をどうしてくれるというのだ。ある台湾人の男性が、日本に来て日本人男性が平気でテレビの前で涙を流すのを見てびっくりしたと言っています。台湾人の男性も私の世代と同じように人前ではめったに涙を流さないのだ。私には、現在の日本男子の若者のひ弱さは、すぐに人前で涙を流すことと非常に関係があるように思えてなりません。

数週間前、テレビでうつ病と仕事のストレスとの関係を話題にした番組がありましたが、うつ病の多くの原因が仕事のストレスに関係があるというのです。これは私の想像だが、多分当たっているような気がしますが、男が人前で平然と涙を流すようになってから男のうつ病が増えたのではないでしょうか。
最後に、現在の若い日本男子を一喝する文章でこの記事を終わることにしましょう。

「男のくせに人前でメソメソ涙など流すな!!」


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拙著が雑誌「撃論ムック」に登場 

保守系雑誌、「撃論ムック」の今月号は、『民主党の正体』を特集記事にしています。その特集記事とは関係ありませんが、私が昨年3月に出版した拙著、「逆境に生きた日本人」が西尾幹二氏によって8頁にわたって論評されております。

皆さん本屋に立ち寄った際には、ついでにちょっと立ち読みでもしていただければと思っております。
よろしく御願いします。

選挙結果とこれからの日本 

いやぁ、驚きましたね。自民党が必ず負けることは予想していましたが、国民は多少なりとも良識が働くのではないかと想像して、それほど大差なく負けるのではないかと淡い期待を抱いていましたがやはりダメでした。ショックから冷めて冷静に判断すれば、こういう選挙結果になって当然と言えば当然だったのです。それがなまじどうせ負けるなら僅差で負けて欲しと言う切ない思いが、私の冷静な予想の妨げになったのだ。大変な大差で負けたその理由は主に三つです。

1.私はかねがね以前から、またこのブログでも日本民族の政治見識は、先進国の中でも最低だと主張してきました。なぜ最低か、日本人は、選挙だけでなく、大事なことになればなるほど情緒で判断しようとするのだ、決して論理的に判断しようとしません。もちろん欧米諸国の選挙も多少情緒的になる面もありますが、日本ほど情緒的に投票する先進国はありません。

情緒的投票になるから、それだけマスコミの餌食になり洗脳されやすい。その上無党派層が常時3割から4割近くいます。こ無党派層の数がまた先進国中で極端に多い。アメリカでは二大政党が確立しているから無党派層は存在しない。そのかわり選挙に関心がない人がいるだけ。だから投票もしない。日本の無党派層は、投票などしなければいいものを、今度の選挙ではけっこう投票しているのだ。無党派層は選挙が近くなると投票先を選んでくるのですが、この無党派層は、徹底した情緒投票でマスコミによる洗脳の先人をきります。このため投票結果が極端にぶれやすい。

今回の投票結果など、選挙民はバカか気が狂ったとしかいいようがない。そこには良識的判断とか論理的判断の形跡などみじんもない、すべて情緒的判断の一点張りです。ただ政権交代さえすればそれでいいだけの単純思考だけです。こういう国民から選ばれるから日本の政治家にろくなのがいない。政治家の質は、選ぶ国民の民度の反映です。

2.選挙の数週間前、8月9日に私は、「民主党政権の恐ろしさ」というタイトルでブログを書きました。その中で民主党の最大の欠陥は、民主党そのものが国家意識や日本人意識、すなわち国家観を欠いていることだとして外国人参政権など数々の政策を例としてあげました。しかし考えてみれば、この主張は、保守にアピールしても一般の日本人には、ほとんどアピールしなくなっていたのだ。現在の日本国民の多くは、日本人意識もなければ、国家意識もない、愛国心もない。もし戦争になったら武器をもって国家のために戦うかと質問したら、イエスと答えた率は、先進国の中で最低です。先進国の野党も選挙民も愛国心が常識になっているのに対し、日本では野党やマスコミは、国家意識や愛国心などさらさらなくそれどころか反日なのだ。多くの国民もそれに対して怒りも感じなくなっているのだ。だから引きちぎられた日章旗問題など、自民党有利になるわけがない。

3.自民党の自滅も大敗の原因です。なぜ自民党がこれほどの体たらくを示すようになったのか。その原因はなんと言っても政権ほしさに公明党とくんだり社会党とくんだりしたからです。そのため自分たちが知らず知らずのうちに、福島瑞穂化してしまったのだ。そして我々保守の大失望をかってしまった。産経新聞の出口調査によると自民党支持者の三割が民主党に投票したと書いてありました。

自民党が野党になったとはいえ、勢力は、政権担当者になる前の民主党とほぼ同じです。自民党は大変な自滅のしかたで大敗しても、それでも自民党は、他に大差をつけて第一党の野党になっているのだ。それだけ支持者は、必死の思いで自民党に日本の将来をたくそうとしているあかしなのです。今回自民党が集めた得票数は、心からの自民党の支持者であら真正保守の人たちなのです。自民党幹部は、この支持者の気持ちを大事にしなければなりません。

私ごとですが、私はこの年まで一貫して選挙では自民党を投票してきました。今回この原稿を書いている最中ネットで神奈川自民党に入党手続きをしました。自民党員になったのです。私が入党したところで、なんにも影響力はありません。いてもたってもいられないからです。現在の日本の政界を見渡して、将来の日本を作ってもらうに値する党は、残念ですが今のところ自民党に頑張ってもらうしかないのです。自民党に入党し一兵卒として活動し、機関紙には私の思いをぶつけ続けていくつもりです。

4.マスコミの偏向報道(民主党びいき)が見事に成功したこと。テレビと新聞という二大マスコミの威力をまざまざと見せ付けてくれました。それにくらべるとネットの影響力が思ったほど力がなかったような気がします。日本人の政治見識の低さの中に若者の政治関心の低さがあります。オバマ大統領の当選にアメリカの若者のネット上での活躍がすごかったといわれています。もっと日本では、公示期間中のネット上での選挙活動の禁止など色々規制されていますが、それにしてもアメリカの若者の選挙に対する関心は、日本の若者の比ではありません。

日本の若者の政治関心の薄さの原因は、国家意識がない、国家に関心がない、愛国心がないからなのです。スポーツ試合で日本を応援しているから愛国心があると思ったら大間違いです。愛国心とは情熱なのだ。異性を愛するには情熱が必要です。その情熱が薄いから、異性をどうくどいていいかわからない若者が多いのだ。情熱のない人間に愛国心など生まれるわけがないのだ。

また年寄りは、最近パソコンを使う人は増えてきましがまだまだという感じです。次の選挙あたりから恐らくネット運動もアメリカ並みに自由にできるようになるでしょう。そうなるとパソコンを使えない年寄りは、保守に不利なります。私もあまりパソコンに精通していないのでえらそうなことは言えないのですが、もうパソコンを使えない年寄りは石器時代にくらす人間のようなものです。保守復活のためには、年寄りのパソコン精通はさけて通れません。既存のマスコミと太刀打ちするためにも年寄りのパソコン精通はかかせません。

まあ、この四つが自民党大敗の原因でしょう。しかし選挙後はどうなるかこれが最大の問題です。そこで民主党政権の下、今後の日本を大きく左右する問題を4つあげてみました。

1.憲法と防衛問題
民主党政権誕生で、憲法改正問題吹っ飛んでしまいました。韓国、北朝鮮、支那は大喜びでしょう。現在の日本で国家の根源に関わる最大且つ最重要な問題は、憲法改正ないしは憲法破棄、そして防衛力の強化です。早く憲法を改正して防衛力を強化して自分の国は、自分で守る体制をつくることなのです。支那人から最近日本人に帰化した石平氏は、日本の軍事力が強くなって初めて支那と共存共栄が出来ると主張していますが、私も全く同じ意見です。

民主党は防衛力強化より、ばらまきのため予算不足に陥り防衛予算をけずろうとしているのだ。それでなくとも防衛予算は、7年連続前で前年の1パーセント減になっているのです。その上さらに防衛費予算をけずれば、防衛強化どころか防衛力弱体化が必須です。それでは今後は、今まで以上に北朝鮮、韓国、支那からの軍事的圧力を受けますが、日本は全くなにも対応できないでしょう。日本の前途には、暗澹たるものがあります。

2、景気対策
民主党政権の最重要な公約は、「生活が第一」です。私は、今後数年景気は回復しないと見ています。よくて現状維持でしょう。国民は公約と違うではないかと不満が出るでしょう。その点から民主党政権が短命に終わる可能性が高いのではないかと見ています。景気回復政策が、自民党と民主党では対照的です。自民党の景気対策は、企業をできるだけ援助して業績回復に一役も二役もかおうとします。業績が回復すれば雇用の安定、あるいは雇用増進につながります。それがひいては個人の家庭を潤すことになる。

一方民主党は、各家庭に子ども手当てなど厚い補助金をあたえ、子どものために消費してもらう、あるいは最低時給賃金を1000円にしたりして家庭の収入を少しでも増やすなど、すなわち家庭の懐を政府の力で潤す。そうすれば内需拡大につながり、景気回復の原因の一つになる消費の力強い復活につながり景気が回復するというのだ。皆さんはどちらの景気回復策を支持しますか。

私は自民党の景気回復策を支持します。自民党政権がその政策と続けてきているのに、急に景気回復策を変えたら混乱し、景気の中折れが心配です。国民に福祉のつもりで各家庭に金をばらまき、消費しろ、内需拡大だと叫んでみても現在は、ほとんどの家庭が何でも持っていて大概のものがそろっているのです。余分なお金を政府からもらっても貯金に回る率が多いのではないか。また福祉のお金を沢山もらっても雇用が確保されず、夫婦のうち一人でも失業すれば消費どころではないでしょう。

やはり企業業績を回復させて雇用の安定と増加をはかる。そうすれば一般家庭の懐がゆたかになり、政府は企業から税金を沢山とれることになるのではないでしょう。このため民主党政権では、景気が悪くなる可能性の方が強いのではないか。

3.「トロイの木馬」政策
「トロイの木馬」というといまではコンピューターウイルスの一種として名前が通っているようです。本来はギリシャ神話に出てくる話で、ギリシャが巨大な木馬を作りその中に沢山の兵士をしのびこませます。敵国をだましてこの巨大な木馬を城内に運び込ませます。夜になると木馬から続々と兵士が出てきて、ついには内側から城門を開けて味方の兵士を招き入れ敵をほろぼしてしまいます。

民主党の掲げる外国人参政権は、まさに日本政府自ら木馬を製作して、いずれ敵になる外国人を呼びいれようとしているのと同じです。支那は、一党独裁の国。政府はなんでもできます。日本の参政権のある支那人を大挙して日本のある過疎地に住ませて、そこの行政権を握ってしまいます。そうすると次々と中国人が移り住んできて、もともと住んでいた日本人は居心地悪くなって出てきくことになります。在日韓国人に参政権を与えたら、大挙して対馬に引越してきて在日韓国人が対馬の行政権を握ってしまいます。こういうことが可能なのです。即ち日本は内部から侵略される可能性が非常に高くなることなのです。支那人や韓国人は、根は反日です。日本をいためつけるためなら嬉々としてやります。

民主党政府は、支那や韓国はそこまでやらないだろうと思っているからこそ参政権を与えようとしているのです。まさに私が何度も指摘する、「うぶでバカでお人好し外交」のまた典型的な例をつくろうとしているのだ。こうして日本自ら中華人民共和国の日本自治省の道へまっしぐら進むことになるでしょう。

4.日米、日支外交
民主党は自民党の対米外交は、アメリカにべったり、対外派兵についてもアメリカの指示そのままに従うと主張しています。私もその通りだと思います。そこで民主党は、日米対等の外交をめざす、協力できないものはできないとはっきり主張するというのです。けっこうじゃないですか。たまにはアメリカにごねるのも大事だからです。しかし日米対等外交は、絶対に実現できません。皆さん、どうしてだと思いますか。精神的未熟児の鳩山が、しきりにアメリカに楯突いてきたとします。業を煮やしたオバマ大統領、あるいは補佐官がはっきり言うでしょう。「日本は自分の力で日本を守る軍事力がない、だからいざとなったら日本は、アメリカの軍事力を頼らなければない。いざとなったら、頼られてもなにもしませんよ。」これでお分かりいただけたでしょう。

日本は、自国の経済力に見合った、自分の国を守れるのに充分な軍事力を持ち、なおかつ国民も自国を守るために戦う気概をもっている。こういう国になってこそ真の意味での日米対等の軍事同盟が結べることなのです。それが同時に北朝鮮、韓国、支那になめられない外交を展開することができるのです。要するにこれが昔から言われている「軍事を伴わない外交に意味がない」とはこのことなのです。精神的未熟児の鳩山は、福島瑞穂なみに現実を無視して理想論だけを追いかける政治をしているだけです。

自民党の対米追随型の外交には、弊害が出ていますが、民主党の所謂「媚中」ぶりは極めて危険です。話をわかりやすく簡単にするために、国民に「アメリカと支那とどちらが信用できますか」と質問したとしましょう。ほとんどの国民がアメリカと答えるでしょう。「俺はアメリカが大きらいだ」と公言している人でさえアメリカの方が信用できると答えるでしょう。支那ほど信用できない危険な国はありません。

ところがですよ、民主党のホームページによれば、精神的未熟児の鳩山は、平成14年6月に民主党訪中団を率いて江沢民主席と会談した時、こう語っているのだ。
「民主党は自民党とは過去の歴史観が違う。小泉総理の靖国神社参拝に見られるような認識でなく、中国に対し侵略したという認識に立つ」と説明し、また「国立墓苑構想やアジア地域に『不戦共同体』を作る考えを表明」。

これでは支那の歴史観にあわせるから支那と仲良くしましょうといっているようなもので、「媚中」どころか「土下座外交」そのものです。

民主党のマニフェストに「東アジア共同体」という言葉あります。これは日本にとって非常な危険な考えです。もともと支那が提唱しているものです。「東アジア共同体」が目標にしているEU(ヨーロッパ連合)です。詳細な枠組みは、未定ですか、日本にとって明らかに危険な面を2つあげましょう。

(1)東アジア共同体と言いますから、当然アメリカが入っていません。支那は、アメリカの影響力を東アジアから追放したい。日米分断をねらう支那にとって好都合。支那の大目標は、日米の分断です。そうすれば支那は、日本などいつでも料理できると考えているいのです。

(2)現在のEUは、共同体内での人の移動は自由です。支那人が何の制限もなく日本に入ってくるなど考えただけで背筋がさむくなります。

このような危険な民主党政権に対して、我々大衆の保守はどうすべきか。民主党政権を早く退陣に追い込むにはどうすべきか。徹底した抗議行動に出ることです。老いも若きも保守派は、ネットでぐちのこぼしあいは、ほどほどにして徹底した抗議行動です。抗議行動なら何でもいい、抗議の電話をする、ファックスで抗議する、あるいはメイルで抗議、デモに参加、NHKの受信料不払い、不埒なテレビ番組に広告を出す業者の不買運動、などなど行動に出ることです。今までもこういうことをしてきましたが、どこか不徹底で徹底していませんでした。例えばストにしてもある団体が主催すると、他の団体が参加しなかったり、大同団結ができないのだ。

テレビ番組について御聞きしたい。私は、基本的に通常9時に寝て5時に起きる生活をしています。そのためほとんどテレビを見ることがありません。よくネットでどこどこの民放の何々番組は極端に変更している、だから抗議の電話やメールを御願いしますと回覧がきます。私の考えは、一つの番組に攻撃を集中したらどうなのでしょうか。その番組の広告を出している業者全部に手紙を送りつけ、事情を説明して広告を載せないように説得し、もし聞いてもらえなければ、ネットで不買運動を呼びかけ、そのため広告提供者が出ず、番組中止に追い込むのです。
こういうことが法的に可能かどうか私は知りません。もし法的に可能なら見せしめのために一つのテレビ番組に集中攻撃をかけたらどうなのでしょうか。

今度の自民党の大敗で、日本はもう終わりだ、もう希望が持てなくなったとあきらめた人もいるでしょう。特に年寄りの人たちにはいるのではないでしょうか。しかしあきらめてはいけません。今度の選挙では、私のようにもう自民党には投票したくないのだが、民主党の政策を考えると、どうしても自民党に投票せざるをえないと自民党に投票した人も多いでしょう。

今回自民党に投票した人たち、あるいは長年にわたって涙ぐましい努力を続けている維新政党新風という小さな保守党に投票した人たち、この人たちは、まぎれもない真正日本人であり、正真正銘の保守なのです。我々は、日本復活を目指す先駆者なのです。先駆者には苦労はつきものです。坂本竜馬は殺されたが、我々は殺されることはないのだ。こんなことであきらめてはいけません。日本復活をめざして、これからはいままでの倍以上の努力をしていきましょう。

これからの保守は、家の中で篭っている場合ではありません。保守の草の根運動が絶対に必要です。ひょっとして私が生きている間に、日本中が左翼になっているかもしれません、あるいは支那の属国になっているかもしれません。それでも私は戦います。我が家に入れば日本があり、私の心の中にはいつも日本があるからです。こんな選挙結果に負けてたまるか。私の仲間はまだまだ数え切れないほど沢山いるのだ。


追記: 「新しい歴史教科書を作る会」東京支部が、渋谷、NHK放送センター前歩道でビラ配りなどのNHK反対街宣活動を行います。
時間:正午から午後3時まで。
集合場所:NHK放送センター前、「作る会」の幟数本が立っています。
連絡先: 池田 ケイタイ 090−3069−4068
        自宅 03−3814−0938
老若男女時間があれば参加してみてください。私は参加する予定にしています。


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私の講演案内 

来月、以下の予定で私の講演があります。

日時: 10月18日(日)  14:00−16:30

場所: 大和市生涯学習センター204号室
     大和氏深見西1丁目3−17 
     電話: 046−261−0491

最寄り駅: 相鉄線「大和」駅、または小田急ー江ノ島線「大和」駅

演題: 「逆境に生きた日本人」
     昨年3月に出版した本の内容(日本人論)を中心に語ります。

主催者: 大和正論の会

参加費: 会員1000円、非会員1500円

近辺にお住まいの方でお時間があればぜひ参加してみてください。


なお次ぎの日曜日(9月6日)には「選挙結果とその後の日本」というタイトルでブログ記事を書きますので、多くの方のご愛読を期待しております。


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蒙古襲来と天皇制 

日本史上初の武家政治が行われていた鎌倉時代、その末期にこれまた日本史上初の国家的危機に見舞われた。それは蒙古軍による二度の日本侵略攻撃でした。蒙古とは13世紀にジンギス・ハーンが建国したモンゴル帝国のことです。そのジンギス・ハーンの孫、フビライ・ハーンは、1271年国名に「元(げん)」という名前つけ、1279年に中国全土を完全に支配した。

フビライが国名を「元」にしたのはモンゴル帝国全体を「元」にしたのではありません。フビライ家の領有地を「元」にしたのです。ユーラシア大陸の各地にもジンギス・ハーン家の親族の国家がいくつかありました。キプチャク・ハン国、イル・ハン国、チャガタイ・ハン国、オゴタイ・ハン国がそうです。これらの国全体がモンゴル帝国だったのです。

フビライはその在世中にモンゴリア、満州、中国を中心とし、チベット、高麗(当時朝鮮は高麗王朝時代であった)を属国として元朝最大の領土を支配した。
そのフビライは1274年モンゴル軍15,000、高麗軍6,000、艦船900艘で日本侵略攻撃を開始した。壱岐、対馬といった島は完全に蒙古軍に攻略され、九州の博多湾付近から上陸を始めた。

迎え打つ日本軍は大苦戦を強いられ夜を迎えたのですが、優勢に戦いを進めてきた蒙古軍は、夜になるとどういうわけかほとんどの兵士を軍船に引揚げてしまったのです。これが蒙古軍の命取りになった。その夜台風にも似た大嵐になってしまったのです。翌朝沖をみれば、900艘と言われた蒙古の軍船がまるで一夜でかき消されたように見えなくなっていた。侵略攻撃は失敗に終わった。

フビライは、二度目の侵略攻撃を準備しました。そして1281年今度は最初の攻撃規模を上回る、元、高麗連合軍14万、艦船4400艘で日本侵略に撃って出たのです。ところが今度も博多湾付近で台風にあい、上陸作戦も敢行できずに壊滅的な打撃を受け侵略攻撃は失敗してしまったのです。

この二度の攻撃の時には、京都の朝廷は無論のこと、鎌倉幕府のある鎌倉各地の大きな神社やお寺では、蒙古軍を降伏させる祈祷、祈願の行事を何回とくりかえし行っています。祈祷、祈願は当時の朝廷、神社仏閣の大変重要な行事でもあった。それだけに当時の人たちは祈祷、祈願の効果を信じていたのでしょう。祈祷、祈願する時、祈願文を捧げるのですが、その祈願文の内容は、現代ですと恐らく日本軍がモンゴル軍を打ち負かすようにというような内容になるかと思うのですが、そのような内容のものではなかったのです。

当時の祈願分には、神の力で敵を降伏させてくれという、より妖術的な面が強調されていた。奈良西大寺(さいだいじ)の思円上人叡尊(しえんじょうにん・えいそん)のお祈りの言葉の一部があるので参考に紹介しましょう。

「異国来襲して貴賎男女すべて嘆き悲しんでおります。もはや神明もこの神国をほろぼし、仏陀も見捨てたもうたのでありましょうか。たとえ皇運は末になり正道の誠なくとも、他国よりはわが国、他人よりはわれらを神仏はどうして捨てさせたもうでしょうか、昔、八万台菩薩が、{天皇の勢い衰え人民の力がなくなったときこそ}と誓わせたもうたのも、実にいまこのときのためでありましょう。そもそも異国とわが国土とくらぶれば、蒙古は犬の子孫、日本は神の末裔、かれらはすでに他国の財宝を奪い、人民の寿命をほろぼす殺到非道の輩であります。
我が国が仏法を守り神祇(じんぎ)をうやまい、正理を好む国であるからには、かならずや仏陀も知見したまい、神々も照覧したもうはずであります」

「蒙古は犬の子孫、日本は神の末裔」と主張しています。当時、犬が嫌われていたことがわかります。「犬畜生」という言葉がありますが、言葉の由来は相当ふるいのかもしれません。とにかく当時の人々は、神国日本が蒙古に征服されてしまうという恐れで必死の思いで祈祷、祈願したのです。その結果二度も台風が吹いて、蒙古軍の軍船を壊滅させてしまったのですから、祈祷、祈願が成功したことになりました。

これを当時の人々が神が吹かせた風、「神風」と呼んだのも当然だと思います。こうして『神風が吹く』という縁起の良い言葉が後世まで残りました。大東亜戦争末期、特攻隊にこの縁起の良い「神風」の名前つけて神風特攻隊と称したのです。神風がふくどころか日本の大敗でした。しかし神風特攻隊は、アメリカ兵に強烈な印象をあたえたのでしょう、戦後神風は英語になり、kamikazeとして英語の辞書に載っています。

いまさらこんなことを言うと、当時の人々には、気の毒なのですが、蒙古軍に一時的にも日本列島が征服され、日本国民が痛い目に会う経験をしていたら、日本国民は日本列島の防衛に関してもっと敏感な民族になっていることにはまちがいないでしょう。

ところでフビライは、なぜ日本を侵略しようとしたのでしょうか。それはフビライ本人に聞かないとはっきりした理由がわからないとされています。しかしその理由が想像できる古い本があります。それはマルコ・ポーロが書いた「東方見聞録」です。この本は、日本という国をヨーロッパ人に初めて紹介したことで有名です。

マルコ・ポーロはヴェネツィア生まれのイタリア人商人で父と叔父と共に1271年陸路中国へ旅立ちした。1275年にフビライに謁見することができたのです。ちょうどこの時は、フビライの最初の日本攻撃が失敗した翌年でした。マルコ・ポーロは、フビライに気に入られたのでしょう。彼は元朝の宮廷に仕え優遇された。そして中国に滞在すること17年、帰国の時にはインド沿岸の船旅を重ねて1295年にヴェネツィアに帰国した。帰国後彼の著書「東方見聞録」は、初めて極東の事情を西欧に伝えたものとして有名になりました。その中で日本をジパングと呼んでこのように紹介しています。

「ジパングはマンジ(中国の中南部をさす)から東方1500マイルはなれた太平洋のなかの島で、はなはだ大きな島である。住民は色が白く、開化していて顔立ちもすぐれている。彼らは偶像崇拝者で、かつ誰にも従属していない。
彼らのもつ黄金は無限であると言えるが、それは自分らで金を産し、国王がその輸出を許可しないからである。のみならず大陸から大変遠いためこの国に訪れる商人もほとんどなく、かくて彼らの金の保有量ははかりしれないほどである。

私は諸君に、その島の宮殿について驚くべき事実をお話したいと思う。島主は壮大な宮殿を持っているが、その屋根はすべて純金であって、あたかも我々の教会の屋根が鉛で葺かれていると同様で、その価値はいくらともはかりしれないものがある。
そのうえ宮殿の舗装や各室の床はすべて金で、板石のように敷かれており、それも指二本の厚さはじゅうぶんある。窓もまた金でできており、したがってこの宮殿の富はとても信じられぬほどのものである。

彼らはまた豊富な真珠を持っている。その色はバラ色で、しかも立派で大きくまるく、白色真珠と同じくらい高価なものである。この島では死者は埋葬もしくは火葬にするが、火葬の場合にはこういう真珠一粒を死者の口の中にふくませる風習がある。その他に他の宝石類もすこぶる豊富である」

この記事に続いてマルコ・ポーロは、いまの大ハーンのフビライがジパングのこのすばらしい富を入手する計画を立てて軍勢を送ったが、嵐にあって失敗したことを述べています。

当時日本は確かに比較的産金量が多かったのは事実ですが、この日本に関する記述は、ほとんど伝聞の寄せ集めのような感じがする。従ってフビライが日本の財宝を手に入れるために軍隊を派遣したというのは、とても信頼できないとされています。

ここで私は、特に現在の日本の歴史家に苦言を呈したい。歴史を学ぶあるいは語るとは、現代の目で過去をみることではありません。大東亜戦争を批判する歴史家や知識人は、ほとんどが現代の目で判断して日本を批判しているのです。歴史とは、例えば64年前の大東亜戦争を当時の人たちがどう見ていたか学ぶことなのです。

「東方見聞録」は「ほとんど伝聞の寄せ集め」と言っていますが、それは現在の知識から判断した場合で、当時では真実と受け止められたことは充分予測できます。コロンブスは、マルコ・ポーロの「東方見聞録」を頼りに大西洋回りでインドへ向かい、インドから日本へ向かうはずだったのです。ところがアメリカ大陸海域の島々に到着しインドに到着したと勘違いしていたことでも、「東方見聞録」が真実と思われていた証拠でしょう。

ところでマルコ・ポーロは、日本の情報をどこで手にいれたでしょうか。マルコはフビライに優遇され元の宮廷に仕えていたから、元朝の役人から得ていたことは充分に想像できます。マルコが元の到着する前年にフビライは第一回目の日本侵略攻撃に失敗しています。その話は当然元朝の役人から聞いているでしょうし、あるいはフビライ本人から直接聞いているかもしれません。

「日本の財宝を手にいれるために軍隊を派遣した」と書いていますから、元朝の役人も、フビライも日本についてはあの程度の智識しかもちあわせていなかったのでしょう。またモンゴル軍(遊牧民族)の戦争文化は、略奪です。まさにフビライは日本の財宝を手に入れるために日本を侵略しようとしたのだと思います。

ところでここ数十年、朝鮮(韓国と北朝鮮)は、日本が朝鮮を植民地にしたと日本批判にあけくれています。ところが朝鮮は蒙古軍によって国土は数十年にわたって蹂躙され、特に1254年から6年間にわたる蒙古軍の侵略はすさまじいものがありました。

「高麗史」は、「この年蒙古兵の捕虜になった者、男女およそ20万6千8百人、殺された者あまり数が多すぎて数えることができず。蒙古兵の通る所すべて灰儘に帰す。蒙古兵が侵略して以来、この時ほど悲惨な目にあったことはない」と記しているほどです。あげくのはてに高麗王朝は、元の属国になってしまい、高麗王朝の王は、王妃に元(げん)の皇帝の娘を迎えねばならなくなったのです。実に屈辱意的なことです。それが5代も続いたのです。

もし蒙古軍が台風に襲われなかったら、当時の日本の皇室も高麗王朝と同じ運命が待ち構えていたでしょう。いずれ現在の皇室は、中国から難問を突きつけられるでしょう。話はとんでもない方向に飛びますが、民主党政権が誕生し、長期政権ともなれば、間違いなく日本政府の中国傾斜が深まります。このまま中国の崩壊もなく、日本の憲法も改正もされず、自衛隊が軍隊に変わることもなければ、いずれ日本は、中国の属国になるでしょう。その時の日本の政権担当者は日本共産党になっているでしょう。中国は日本に皇室の廃止をせまるでしょう。その理由は、二つあります。

1.共産主義と皇室とは相容れない。
2.日本人が天皇の下に一致団結するのを恐れる。

日本国民は、必死の願いで皇室維持を訴えます。その時中国政府は、天皇陛下のお妃に中国人国籍の女性をめとることを要求するでしょう。あの中国民族なら必ず要求するとみています。
その時日本民族は、二つの意見に別れます。中国人女性をめとって天皇制維持派、日本の皇室に御妃として中国人女性が入り込むのは絶対反対、そのため天皇家をアメリカに亡命させる。皆さんはどちらを選びますか。ちょっと真剣に考えてみてください。現在の日本の情勢を考えると、こんな事態がおこらないことを願うばかりですが、絶対に起こりえないとは言えなくなっているのです。


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怒りを感じる「戦後日本の平和の尊さ」 

先週のブログで『聞きあきた「核兵器廃絶」』というタイトルで書きましたが、今回の言葉「戦後日本の平和の尊さ」あるいは「平和の尊さ」もこの8月になると頻繁に聞かされる言葉です。私はこの言葉にも聞き飽きたと同時に非常な怒りを感じるのです。戦後の日本についてNHKやマスコミがあまりにも頻繁に「戦後日本の平和の尊さ」という言葉を使用するので、一般国民は無意識のうちにこの言葉に洗脳され、被爆者や戦争犠牲者でさえ軽々しく「戦後日本の平和の尊さ」という言葉を平気で使用するのです。戦後の日本は現在まで、「平和の尊さ」などと力説されるほど平和なのでしょうか。

敗戦直後から6年10ヶ月の間、日本はアメリカ占領軍に支配されていました。日本史上初めての異民族による日本列島完全支配です。まさに日本民族にとって暗黒の時代ではないのですか。その上北方四島はソ連によって略奪され、そのソ連は、戦後60万人の日本兵および民間人を強制抑留し、強制労働を強いた。戦後何年経っても日本人抑留者全員をなかなか帰国させず、そのため大変な数の犠牲者が出ました。北方四島にいたっては、略奪されたまま現在にいたっている状態です。

昭和27(1952)年4月に日本は、独立を回復するのですが、その直前の1月18日、韓国の李承晩(リショウバン)大統領は、竹島を略奪するため突然、日本海に国際法無視の李承晩(リショウバン)ラインと呼ばれる線引きしたのです。分かり易く言えば日本海に線を引いて、線のこっち方は韓国の領海、線の向こう方は日本の領海と主張したのです。竹島は韓国領海内になったのです。いままで公海だった場所ですから多くの日本漁民が漁をしていた場所が韓国の領海に突然になってしまったのです。韓国は実力行使に出ました。李承晩ライン以内に入ってくる日本漁船を拿捕、日本漁民を強制抑留し、逃げる日本漁船には銃撃を浴びせ日本漁民を殺した。アメリカ占領軍に支配されている日本はなすすべがありません。4月に日本が独立を回復しても、弱小国日本は、アメリカに頼らざるを得ません。日米両国が韓国政府に抗議するのですが、李承晩大統領は、頑として応じません。

李承晩大統領の頑固さに業を煮やしたアメリカは、昭和40(1965)年、佐世保駐在のアメリカ海軍司令官、グリッチ少将が李承晩大統領と会見、その結果李承晩は遺憾の意を表し、抑留者を釈放。その年に日韓漁業協定が成立。李承晩ラインの廃止が決定。竹島は日本に戻らずそのまま。李承晩ラインが存在していたこの13年間に韓国軍によって拿捕された日本漁船:328艘、日本漁民抑留者:3929人、日本漁民死者:44人。

さらに日本人抑留者の返還と引き換えに日本の刑務所に収監されていた在日韓国人犯罪者、472人を刑務所から放免し、在留特別許可書を与えたのです。屈辱的協定書の成立です。ついでに言っておきますが、この李承晩ラインのことを韓国は、なんと呼んでいたか知っていますか。「平和ライン」と呼んでいたのです。落ち目になった日本を完全になめきった態度です。日本が独立を回復する直前3ヶ月前に竹島が韓国に奪われたのに、なぜ当時の吉田首相は、独立回復と同時にアメリカ製憲法を廃棄、軍隊の復活をしなかったのか吉田首相の罪は重い。竹島が韓国に占領されているにもかかわらず、日韓親善に励む日本人よ、あなたがたはこの事実を知っているのですか。

日韓の間で竹島問題が浮上する度に、なぜ日本のマスコミは、こういう背景を国民に繰り返し伝えないのか。政治家の中にはこういう事実があったことさえ知らない人が多いのではないか。若い人に聞いてもらいたいことがあります。日本のマスコミや反日日本人知識人は、日本人が外国人に悲惨な目に会わされた事実が沢山ありながら、絶対に国民に伝えようとしないのだ。そして日本人が外国人にした悪行は、針小棒大に伝え、あるいは捏造までして日本人を貶めているのです。

これは日本人としてではなく、人間としてじつに卑劣な行為を平然としている憎むべき人間です。こうしてまた北方四島だけでなく、竹島まで失う羽目になったのです。その他にも昭和25(1950)年以降ソ連が崩壊した平成3(1991)年までにソ連が日本漁船に銃撃したケースが40件、最近では平成18(2006)年には、ロシア海軍の銃撃で日本漁船員が殺されてさえいるのだ。これで日本は、「戦後日本の平和の尊さ」などを実感できる国なのでしようか?

昭和33(1958)年、終戦前後のどさくさにソ連軍によって強制抑留され、強制労働を強いられた60万人の最後の抑留者、472人が最後の引き揚げ船、白山丸で帰国しました。極寒の中の重労働、乏しい食事で、60万人のうち5万人から7万人が極寒の地で死んだと言われています。ソ連から抑留者が何年か、何ヶ月かの間隔をおいてソ連から帰国していましたが、この472人が最後の帰国者になったのです。彼らは戦後12年間も抑留され、強制労働させられ続けた、それでも帰国できただけが不幸中の幸いになってしまったのです。

最後の抑留者が戦後も12年間抑留されたということは、戦後12年間の間にシベリアやその他の極寒の地で死んだ日本人抑留者が5万人から7万にも出たということです。しかも死亡者の身元がわかっているのが、わずか2千数百名、残りは身元がわからずにシベリアの凍土の中に埋もれているのだ。これでも「戦後日本の平和の尊さ」なのでしょうか。

李承晩ラインの問題解決後、わずか12年後の昭和52(1977)年に横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたのだ。現在政府認定の拉致被害者17人、その他に北朝鮮に拉致されたと思われる人が200人を超えています。それに対して日本政府はなにもできない。現在では日本の上空は、北朝鮮のミサイル実験場になってしまった。さらに日本はまた日本の領土である島を失いかけているのだ。中国が領有権を主張する尖閣諸島です。今では日本の島なのに、日本人の釣り人でさえ尖閣諸島に自由に上陸さえできないのだ。これで「戦後日本の平和の尊さ」などとよくぬけぬけと言えるものです。

日本の領土である数々の島が外国に占領され、その上尖閣諸島を失いかけている、拉致問題は未解決、北朝鮮の核実験など、戦後日本が平和だった時期は一度もありません。戦争がなかっただけです。その戦争がなかったのは、日本が自分の領土を奪い返す武力がなかったからです。日本の領土の一寸たりとも外国に占領されず、自分の国は自分で守れる軍隊があって、初めて平和な国と言えるのではないのですか。

なにがなんでも絶対に戦争すべきでないと主張する人に聞きたい、平和を維持するために、竹島みたいに例え日本の領土である島を取られても戦争すべきではないのですか。韓国は、今度は対馬を狙っています。中国は尖閣諸島を狙っています。戦争さえなければいいと、次々と日本の島が奪われていってもかまわない、同じ日本民族が何人犠牲になろうとも、自分自身でなければ、それを平和と呼ぶのですか。

竹島がどういう事情の下に失っていったかこれで分かった人もいると思います。私には実行していることがあります。韓国が竹島を占領している限り、私はいくらウォンが安くても韓国へは旅行に行きません、韓国映画も韓国製テレビドラマも見ません、韓国料理も食べません、韓国製品も買いません。日韓親善などもってのほかです。このことは以前のブログにも書いております。皆さんもぜひ私のしている事をまねしてほしいのです。日本人一人一人の心意気を見せようではありませんか。

自分の国の領土である島を占領している国と、友好親善関係を結ぼうとしている民族など日本以外にどこもいません。日本人として屈辱を感じないのですか。あまりにも卑屈すぎます。

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聞きあきた「核兵器廃絶」 

毎年8月になると、「核兵器廃絶」という言葉が氾濫します。別に8月だけに使われる言葉でなく1年中使われている言葉ですが、8月に集中します。その理由はいまさらここに書くまでもなく皆さんよくご存知のはずです。特に今年は、オバマ大統領が、訪問中のヨーロッパのどこかの国で、「核兵器廃絶」を訴えたというので、日本の左翼は、いまにも「核兵器廃絶」へむけての世界の流れができたといわんばかり大はしゃぎしています。しかし私のような年齢にとっては、「核兵器廃絶」などという言葉は、聞き飽きるほど聞かされた言葉で、いまではもううんざりするほどです。

終戦直前に原子爆弾が投下され、その後すぐに原爆より威力のある水素爆弾が作られるようになり、さらに水素爆弾より強力な爆弾、それらを総称して核兵器とよばれるようになりました。日本は世界で唯一の被爆国ですから、昭和29(1954)年に「原水爆禁止日本協議会」(原水協)が設立されたのは当然の勢いでしょう。原水爆禁止が、日本の悲願になったのです。以来50年間、私は原水爆禁止運動の推移を見てきました、私には被爆者、原水爆禁止運動に携わる人たち、そして日本国民全体が、真に核廃絶を望んでいるのかどうか疑わしくなってきたのです。

まず戦後米ソの核開発競争が激化し核実験が多く行われるようになりました。そのような状勢の時、日本共産党は、ソ連の核実験は平和目的のものであり、アメリカの核実験は戦争目的のためだと主張しだしたのです。この主張に頭に来たのは、現在の民社党の前身、社会党です。結局「原水爆禁止日本協議会」(原水協)から社会党の連中やその支持者が抜け出し「原水爆禁止日本国民会議」(原水禁)を組織したのです。そしていまだにこの二つの組織が存在しているのです。いかに馬鹿げたことをしていたか、皆さんお分かりだと思います。

(原水協)のホームペイジ見ると、昔はソ連の核実験は平和のため、アメリカの核実験は戦争のためと主張していましたなどとはこれぽっちも書いていません。要するに私は何を言いたいかというと、(原水協)、(原水禁)も被爆者もその他の全日本国民も、核兵器廃絶を口先だけの主張と毎年8月になると原爆慰霊祭を営むだけで、あとはほとんどなにもしていないことです。

私たち日本人は、毎年、夏に原爆慰霊祭を華々しく開き、核兵器廃絶を訴えて日本人自身を誤魔化しているのです。一つ断っておきますが、私は毎年原爆慰霊祭を行うことには反対ではありません、大賛成です。原爆犠牲者の慰霊の前で、冥福を祈り、核兵器廃絶を願い、二度と日本人が原爆の犠牲者にならないようにお祈りする。これも大切な行事です。ところが日本人は、この情緒的な儀礼式をあげるだけで終わってしまっているのです。原爆被害者は、「こんな苦しみは私たちだけでいい、次世代の人々には、味合わせたくない」とよく言います。

核兵器廃絶を訴えるだけでなく、日本国民が二度と原爆の被害をあわないようにするには、どうすればよいかとなぜ考えないのでしょうか。日本民族が二度と原爆被害にあわないようにするには、二つの方法しかありません。一つは、今度どこかの外国が日本本土に原爆を落としたら、その数倍の原爆を落とせるよう軍事力の強化、あるいは日本人全人口を分散してでも避難できる巨大な核シェルターの開発です。両方とも大変な困難を伴います。慰霊祭をやって核兵器廃絶を訴えている方が楽だから慰霊祭だけ行っているのではないでしょうか。

日本人が核兵器廃絶を訴えながら、本心は核兵器廃絶に無頓着である事を示す象徴的なことを二つ書きます。

1.南太平洋ムルロワ環礁でのフランスの核実験

平成7(1995)年フランスが南太平洋のムルロア環礁での核実験実行を発表しました。その時世界中から反対が出たが、フランスは核実験を強行した。この時オランダのアムステルダムに本拠を持つ世界三大環境団体の一つ、グリーンピースの活躍が目立った。日本の捕鯨調査船を邪魔するにくらしいグリーピースです。グリーンピースは総力をあげて抗議活動、抗議船四艘、高速ゴムーボート10数艘、グリーピース号搭載のヘリコプター、また各国からかけつけた百艘を超える「平和船団」。特にグリーピースは、フランスが示した禁止区域の海上の乗り入れ少しでも邪魔をして核実験をさせまいとフランス艦船とまるで鬼ごっこです。

ムルロア環礁に近いオーストラリアやニュージーランドのフランスへの反発も半端なものじゃありません。フランス航空機には、給油しない、フランスからの郵便は配達しないなどなど。常々核兵器廃絶を訴えている日本は、この時グリンピースのような行動をとって当然です。ところがこの時日本は、なにをしたか。タヒチに海外14カ国から国会議員や民間人が沢山集まってきました。この時日本は国会議員数名と民間人あわせて200名ぐらいがタヒチにやってきただけです。一番楽で安全な反対行動です。

この時日本国内では、大相撲パリ場所が開かれる予定でしたが、核実験に反対してキャンセルの声があがりましたが、契約はキャンセルするわけにかないと予定どおり実施。フランス製ワインや高級ブランド品の不買運動の話が持ち上がりましたが、その計画も立ち消え。結局国内で反対活動したのが、被爆者などが広島で抗議の座り込みストをしただけ。東京のフランス大使館への抗議デモもなし。オーストラリアやニュージーランドのように激しい反対の示威行動は全くなかった。

要するに日本国民は、核実験反対、核兵器廃絶など毎年夏になると特に声だかに叫ぶが、原爆慰霊祭と同じで年中行事みたいなもので、いざ反対行動を起こせというとなにも起こせないし、本心は起こすほどの関心もないのだ。私に言わせれば、この時のグリーピースの海上での抗議行動力はりっぱなものだ。これ以後核実験が、地上や海上できなくなり、地下核実験に移行せざるを得なくなったのもグリーンピースの抗議行動が大きく影響していると思います。その後陸上で秘密裏に核実験してきたのが中国です。

これは余談になりますが、私はこの時のグリンピースの行動に好印象をもったのでグリンピース日本が設立された時、会員になりました。しかしすぐに退会しました。日本の捕鯨調査船に反対したからです。スペインの闘牛に反対せず、日本の捕鯨調査船に反対するのは、彼らの文化を日本におしつけるのも同然だからです。彼らにはこういう傲慢なところがある。しかし彼らは決しておままごとをしているわけではない。彼らなりの主張と信条に基づいて行動しているのだ。だから迎える日本は、真剣勝負でいどまなきゃだめです。捕鯨調査船に自衛艦をはりつかせ、法律規定内の抗議なら堂々と認め、もし違法行為があれば即座に逮捕し、日本に連れ戻し、ブタ箱ぶち込み裁判にかけることです。いまの日本には官も民も気概のある人間が極端に少なすぎるのです。

2.核シェルター

核シェルターというのは、わかりやすく言えば、戦争中の防空壕を超ハイテック化したものと言えるかもしれません。核兵器が投下されるとものすごい量の放射能が地上に排出されます。もちろん人間は生きてゆけません。そこで放射能の侵入を一切ゆるさない分厚いコンクリートの部屋の中で生活できるようにしてあるシェルターのことです。数ヶ月間一歩も外に出ることなく生活できます。放射能は、日数が経つと放射能は自然目減りします、とくに雨に当たったりする目減りが激しいと言われています。外の放射能レベルがさがって生活できるようになるとシェルターから出て暮らすのです。

小泉元総理がフィンランド訪問時、ヘルシンキ市内の核シェルターを見学した。地価50メートル下にある司令室で24時間体制の危機管理を行っているのです。ヘルシンキ市内には、このような核シェルターが56箇所あり、合計80万人が避難生活できるというのです。核シェルター一基あたり1万4千強の人たちが生活できるということになります。スイスでは新築の家には必ず核シェルターを設置することが法律で義務づけられています。従って現在のスイスの人口700万あまりですが、全国民を収容してもあまりあるほどに核シェルターがスイス中に作られているのです。

この話を聞いて読者の皆さんは、不思議に思いませんか。日本は原爆2発投下されて30万人あまりが即死、その後の原爆による後遺症に悩まされ続けていまだに悲惨な目にあっているのです。二度と日本民族はあのような体験をさせてはいけない、これは日本民族の悲願なのではないですか。それには、先ほど触れましたように、こんど日本に原爆を投下しようものなら倍返しをしてやるほどの軍事力を強化し、優秀な核兵器を開発すべき努力する、と同時に核シェルターを日本中に建設し、いざとなれば一億2千万人全員核シェルターに非難させる、これが理想の核兵器対策でしょう。ところが日本は、そのどちらの政策も採用しようとしないのだ。

戦後直後は、核兵器所有国は、米ソの二大国でした。それが時代を経るにつれて増えつづけ、今では英、仏、中国、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の九カ国になりました。そのうちの三カ国、ソ連、中国、北朝鮮は、日本の近隣諸国です。日本中に核シェルターを備えるのは急務じゃないのですか。直接の被害者である被爆者は、こんな体験は私たちだけでいいと言いながら、次の世代の日本人にはそんな目にあわないように核シェルターを備えてやってくださいと政府に要求もしないのです。「原水協」や「原水禁」の人たちも、野党、与党も、そして日本国民も核シェルターを備えろと要求しないのです。専守防衛が日本の国是なら、核シェルターほど最適なものはないはずです。

今月、広島で被爆者代表が鳩山由紀夫を会いました。被爆者代表者は、鳩山に日本の国是である非核三原則、(持たず、作らず、持ち込まず)を法制化してくれるよう頼み込んでいました。法制化すれば、核攻撃を受けないだろうと思うこのお目出度さ、九条を固守すれば平和が続くと思う、お目出度さ共通のものがあります。私に言わせれば、比較三原則の法制化より一日も早い核シェルターの建設を要求する方が先決でしょう。

多分20年ぐらい前だったでしょう。その頃私はドイツの会社に勤めていました。その時ドイツ製の核シェルターを日本に売り込んだらどうか討議しました。ドイツ製の核シェルターは、個人住宅向けでした。新築の家を建てる時に地下に核シェルターを備え、その上に住宅を建てることでした。今でもそうだと思いますが、当時は日本で一戸建ての家を建てることは、サラリーマンにとって経済的に一生に一度の大仕事です。その時に坪あたりが家より高くつく核シェルターを備える経済的余裕はないだろうということで、ドイツ製の核シェルターの日本への売り込みをあきらめた経験があります。あの時日本には核シェルターのメーカーはなかったと思います。

それが20年後の現在、スイスでは全国民が核シェルターに避難できるほど実用化されていると聞くと、さすがに永世中立を国策としてきたスイス国民のすごさがわかりますね。現在、日本にはメーカーがあるのかネットで調べたらいくつかあるのです。安藤建設というのが、ネットでわが社の目標は、一億二千万人の日本人口全部を避難できる核シェルターを日本中に作ることだと宣伝しています。

何度も触れますが日本は被爆国、二度の原爆で30万二人以上が即死、生き残った者にはいまだに後遺症が続いています。日本は専守防衛が国策、まさに日本こそ核シェルターを開発し、世界に先駆けて実用化していて当然ではないでしょうか。そして日本全国民が避難できる核シェルターの実用化こそ、原爆で亡くなった人たちへのなによりの供養になるのではないでしょうか。原爆慰霊祭で冥福を祈り、核兵器廃絶を祈るだけより、どれだけ犠牲者たちへの供養になるかはかりしれないものがあります。皆さんそう思いませんか。

それがどうでしょう。左翼も保守も、与党も野党も、要するに日本国民全体が、核シェルターなどに興味を示さないのです。核兵器廃絶がいつ実現するか全く分からないし、北朝鮮の核の心配が現実味を帯びている今こそ、核シェルターを備えるのが先決問題ということも理解できないのだ。これをただ日本人の平和ボケと片付けられないものがあります。日本人の脳の思考経路に欠陥があるためなのでしょうか、それとも日本人の精神構造に欠陥があるためなのでしょうか、どなたかどうしてこういう現象が起きるのか説得性のある説明を私にしてくれませんか。

私の考えでは、日本人はどうも情緒的判断に基づいて情緒的な行動をとることは得意だが、論理的判断に基づいて論理的な行動をとることがからっきし苦手なのではないでしょうか。そのことが現在の日本の安全を脅かしていることがわからないのではないか。


追記:
明日から孫とともに一週間ばかり旅行しますので、コメントに即答できませんのでご了承のほど御願いいたします。来週日曜日のブログは掲載する予定にしています。

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