アヘン戦争後の1844年(ぺりー来航の9年前)、オランダ政府は、国王ウィリアム二世から江戸の将軍あての親書をたずさえた海軍大佐を特使として日本に派遣してきた。国王の親書は、これまでオランダが日本との貿易を独占してきた背景もあって善意の手紙であった。その手紙はいまなぜ開国しなければならいか理由をあげ、そして開国を進める内容でした。国王の手紙に対する幕府の回答は、鎖国政策の変更なしというものでした。 1846年7月浦賀沖に二艘の軍艦が現れた。アメリカのビッドル提督の率いる軍艦です。来航の目的は、日本がアメリカと通商を開始する意志があるかどうかの打診でした。幕府の返答は、新たに外国と通商を行うのは国禁であること、外交のことは長崎で取り扱う、この二点でした。このためビッドルは、なにもせずそのまま退去しました。この外交交渉でビッドルは、三つの失態を演じたとアメリカでは言われています。一つは軽率にも気さくに日本人に接したこと。二つは、大統領の親書を身分の低い浦賀の役人に手渡したこと。三つ目は、ビッドル提督自ら幕府の返書を日本船までとりにいったこと。要するに威厳の欠如を言うのでしょう。 このことの反省のせいか、ペリーが日本にやって来たとき、他人から見ればなに様と思わせるくらい威厳に満ちた態度を最後までくずしませんでした。ビッドルの行動が軟弱だったなどの批判が出ましたが、ビッドルばかり責めることはできません。その時のアメリカ政府には、開港に応じなければ、武力を使ってもという強い意志はありませんでしたし、それにビッドルが率いた二艘は、軍艦といっても帆船だったので威圧感がなかった。 1850年になるとアメリカ政府には、どうしても日本に開国を迫らなければならないはめに直面したのです。その理由の一つが太平洋上での捕鯨産業です。当時ニューイングランド地方の捕鯨産業が最盛期でした。南北戦争のころまでのアメリカの家庭における照明と機械用潤滑油は、捕鯨会社が運ぶ鯨油が主力でした。1846年だけで出漁船736艘、総トン数233,000トンにものぼっています。そのため捕鯨船の補給基地として日本の港が必要になったのです。 二つ目の理由は、アメリカはカリフォルニアと支那を結ぶ太平洋航路の開設を望んでいた。当時の蒸気船ではあまりにも距離がありすぎたのだ。当時の蒸気船の石炭消費量は、現代の想像以上に大きく、太平洋横断には航路途上での石炭の補給なしでは困難な時代でした。そのため太平洋横断のための石炭補給基地としての日本の港が必要になった。 1851年、アメリカ政府は、日本開国のための遠征隊を派遣しました。その時の司令官はペリーでなくて、東インド艦隊司令長官に任命されたオーリック海軍中佐でした。オーリックは、メキシコ戦争の時、ペリーの部下でした。オーリックの艦隊が日本に向けて出発しようとした時、時のアメリカ国務長官ダニエル・ウェブスターがスピーチの中で聞き捨てにならないことを言っているので紹介しましょう。 「日本列島の地下深く埋蔵する石炭は、万物の創造である神のみ心より全人類のためにさずけられたもの」と語っているのです。 当時のアメリカ人は、自分の行為を正当化する口実がないと彼らのゴッドを持ち出して正当化したのです。そのもっとも典型的な言葉が「マニフェスト オブ デスティニー」(Manifest of Destiny),日本語では「明白なる天命」と訳されています。日本の読者にはあまり知られていない言葉なのでぜひ覚えてもらいたいです。この「明白なる天命」という言葉は、ニューヨークのジャーナリストが1845年7月に雑誌に発表した論文の中で使用したものです。 ジャーナリストは、「年々増加していく幾百万のわが国民の自由の発展のために、神によって与えられたこの大陸に我々が拡大するというマニフェスト オブ デスティニーの偉大さ・・・」と記したのです。 白人がインディアンまたバッファローなどの野生動物をけちらしながら、西部へ、西部へと土地を求めて移住する行為に白人は正当化する口実がほしかったのでしょう。タイミングよく「明白なる天命」という言葉が出たものですから、その考えがアメリカ国民に浸透して、アメリカ膨張主義の思想になっていったのです。 アメリカ人(白人)がこの大陸で発展するのは彼らのゴッドが与えた明白な天命だというのですから、一神教というのは随分都合のいい宗教といわざるを得ません。先にあげたダニエル国務長官の発言にしても、自分の国の石炭は自分のものだが、日本列島に埋蔵している石炭は、自分たちのゴッドが全人類のために授けられた物と言っているのと全く同じことです。ダニエル国務長官も「明白なる天命」の思想に染まっているのです。 オーリック司令長官の遠征艦隊は、香港まで到着しながら、日本に来ることが出来なかった。オーリック司令官自身の悪評のため解任されてしまったからです。そこでペリー提督の登場となってくるのです。ペリーは、日本からの帰国後膨大な日本遠征記を発表するのですが、その中で先ほど述べたマニフェスト オブ デスティニー(Manifest of Destiny)「明白なる天命」という言葉を使っています。 「米国の今後の発展に照らし合わせてみても、わが国は他国より先んじて前向きな姿勢を示していく宿命にある。(万能の神)が(米国の明白なる天命)を極東にむけるとするなら、われわれはそれを真剣にとらえて(正義と誇りに満ちた)行動をとっていく必要があろう」 アメリカ人が西武へ西部へと発展していくのは、神から与えられた「明白なる天命」なら、西部開拓が終わった後は、極東へ極東へと向かうのもアメリカの「明白なる天命」だと主張しているのです。アメリカ人の心に無意識に存在する「明白なる天命」が大東亜戦争を生む一員になっていることはまちがいありません。アメリカ人のこの勝手な思い上がりともいうべき「明白なる天命」という言葉はぜひ記憶しておいてください。日本はアメリカとの戦争で負けましたが、アメリカ人のこの思い上がった「明白なる天命」という考え方を二度と公言させなくしたことは確かです。 入念に準備した後、ペリー提督の率いるアメリカ艦隊は、1852年3月8日にアメリカを出航した。ペリー艦隊の日本遠征は、現地の新聞ではほとんど話題になりませんでしたが、そんな中で5月4日付けの「ニューヨーク・ヘラルド」紙は以下の記事を載せています。 「遠征軍は日本政府に好意をいだかせて、交渉への下工作をするために、日本の皇帝への献上品としてたくさんの品物を積み込んだ。鉄道というものを教えるために機関車と線路を、そして文明をしらせるために電信機や写真機も積み込んだ。 日本とアメリカとの間で商品の交換をしようと言う気をおこさせるために、実に多くの工業品を持っていった。この遠征のために、議会は12万5千ドルをつぎ込むことを決定した。天文学、化学、植物学、博物学の研究者も参加した」 さらにペリー艦隊の日本遠征の目的は、いかなることがあっても長崎ではなくて江戸に上陸することをめざすとともに、いろいろな地方に遠征すること、そして長期間閉ざされた人々と通商関係を結ぶことでした。遠征は18ヶ月を要するだろうと推測されていた。 1853年7月8日ペリーは、四艘のアメリカ軍艦を引き連れて江戸湾入り口に姿を現した。そして1854年2月8日には、今度は七艘のアメリカ軍艦を引きつれ、強引に江戸市街を遠く眺められる羽田沖まで侵入してきました。あわてた幕府は、横浜で交渉を行うことに譲歩したのです。数回の交渉の結果、1854年3月31日、日米和親条約、12か条が調印された。その主な内容は、下田、函館の二港を開港し、薪、水、食料など供給すること、アメリカ船の必要品購入許可、外交官の下田駐在許可、最恵国約款の承認などでした。 ペリーの外交交渉は、日本の国法をむりやり破って、アメリカの主張を通させたということで「砲艦外交」と呼ばれています。帰国後のペリーは、鎖国政策をとる日本を、武力を使うことなく、一発の銃砲をうつこともなく平和裏に開国に同意させた理由もあったのでしょう、アメリカ国民から大歓迎をうけ、大統領候補に祭り上げられる始末でした。 帰国後のペリーは、膨大な遠征記を書き残しています。それが米国海軍省の委託により編纂された 「The Narrative of The Expedition of an American Squadron to the China and Japan Performed in the years 1852, 1853, and 1854」です。 ペリーはもう1冊個人的な記録「日本遠征記」を書き残しています。実はこの2冊の本には書かれなかった事実あがるのです。ペリーがわざと隠したと思われてもしかたがない事実が、日本側の史料にあるのです。その事実とは、三輪公忠(みわきみただ)著「隠されたペリーの(白旗)」によると、幕府との交渉でペリーは3通の書状を提出したと彼の二つの遠征記に書いてありますが、実際は四つの書状を幕府に提出しているのです。その四つ目の書状には、国書の受け入れを拒むなら、それは天命にそむくことである。戦いとなれば必ずアメリカが勝つから、その時にはこの白旗を掲げて和を請えと書かれているのです。そしてその書状と一緒に二本の白旗が、幕府に渡されていた。 この史実の出所はと言えば、当時の日本の対外関係を知るための第一級の史料といえる「大日本古文書・幕末外国関係文書之一」です。 ところでこの事実がアメリカ側の著作によって初めて公にされたのは、ピーター・ワイリー著の 「神々の国ヤンキーたち――ペリー提督と日本の開国」で、出版がなんと1990年です。著者のピーター・ワイリーは、なにを参考にしてペリーの隠された事実をさぐりあてたかと言えば、 「大日本古文書」が1970年に英文に翻訳されていたからです。それではなぜペリーはこの事実を隠したか、ピーター・ワイリーは、「遠征が日本国民に対する威嚇であったような印象を与えないために、自分の報告書にはこの書簡のことは書かないことにきめたのだと、としか推量のしようもない」と書いています。 「大日本古文書」が1970年に翻訳されているのに、なぜワイリーの1990年の著書にいたるまで、英語圏において、この書状の存在すら気づかなかったのか、その理由は二つ考えられます。 一つはペリーの膨大な遠征記があるので、外国の研究者は、それを読めば充分事足りると考えたのでしょう。まさかペリーが日本政府あてに書いた手紙が、日本側だけに、しかも日本語訳としてだけ存在しているなど想像もしなかったのではないでしょうか。 二つ目の理由は、新渡戸稲造です。新渡戸は戦前では日本の有名な知識人です。略歴を簡単に紹介しましょう。1862年生まれ、キリスト教徒、アメリカとドイツに留学、京大教授、東大教授、東京女子大学初代学長歴任。同志社大学創立者。国際連盟事務局次長を務め国際的に活躍。英文で書かれた「武士道」は有名。新渡戸稲造には、彼の最初の処女作、「日米関係史」とも訳すべき「The Intercourse between The United States and Japan: A historical Sketch」と題する著作があります。この「日米関係史」は、アメリカのジョン・ホプキンス大学での博士論文を得るために書かれた本です。 この本は、ペリー提督を中心に展開しています。新渡戸は、史料として白旗事件のことが詳しく書かれている水戸藩主、徳川斉昭の著「海防愚存十条五事」を使用し、長々と紹介しているのですが、白旗事件のことは一切紹介しなかったのです。なぜか。 新渡戸は、自分の評判を上げるため、アメリカ政府にへつらうため、アメリカが知ったら嫌がるだろうと思われる情報はわざと紹介しなかったのだ。戦後多くの日本の知識人が外国での自分の評判を上げようと、外国政府の都合の悪い史実を無視して外国政府に媚ました。戦前にもそういう日本の知識人がいたのです。私が新渡戸を非難するのは、彼は当時アメリカで一番良く知られた日本人知識人でした。それにもかかわらず、新渡戸は年々厳しさを増す日本人移民への法差別に対してアメリカ政府にほとんど抗議はしていません。記録によると新渡戸は、1911年から1912年にかけて一年たらずの間にアメリカの六大学において166回も講演をして、大活躍していますが、しかし移民問題を正面からとりあげた講演は一回もありません。 「隠されたペリーの(白旗)」の著者、三輪公忠氏によると、1924年、アメリカで「排日移民法」が可決されると、新渡戸は「この日本人を侮辱した人種主義立法が撤回されるまで、二度とアメリカを訪問するつもりはないと宣言した」と言うのです。 もしそうであるなら新渡戸は、この時こそアメリカに渡って、「排日移民法」が通過する前に、その不当性を批判し、日本人移民のためにひとはだぬぐべきだったと思います。 この新渡戸の行為で思い出すのが、ノーベル文学賞作家、大江健三郎の行為です。1995年、フランスは南太平洋のムルロワ環礁で地下核実験を数度強行しました。その時国際間で大変な反対運動が盛り上がった。その前の年にノーベル文学賞を受賞した大江健三郎は、フランスのある会議に出席するはずだったのですが、核実験に抗議してフランス行きをキャンセルした。 この時大江はフランス行きをキャンセルせず、フランスに行きフランスのマスコミの前で堂々と核実験反対の意見を言うべきだったと思います。 新渡戸も大江も日本に留まって反対意見を発言するという、二人にとって一番楽な方法を選んでいます。 もう二度とアメリカにゆくつもりはないと言っていた新渡戸が渡米したのは満州事変直後で、新渡戸は日本の「満州国」建設について理解を得ようとアメリカ各地をめぐってアピールしました。 戦前、外国に媚びる日本の知識人のつらさはここにあるのです。外国での自分の評判は、気になるが、同時に祖国、日本の評判も気になります。なぜなら戦前の日本は、国家としての権威が非常に強かったからです。外国の評判ばかり気にしたり、媚びたりして日本をないがしろしたら、日本国民から総すかんを食うからです。そのため新渡戸は、アメリカにも、日本にもいい顔をしなければならなかったのです。 その点戦後の日本の知識人は、気が楽です。戦後の日本は経済大国になったとはいえ、日本の国家としての権威は敗戦後落ちたままですから、安心して外国に媚を売り、祖国を平気で足蹴にすることができるのです。誇りを失った多くの日本国民は、ただ黙ってその知識人を眺めているか、それともその知識人と一緒になって祖国日本を非難するかのどちらかだけです。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
今度の日曜日、11月29日から話題のドラマ「坂の上の雲」が始まります。司馬遼太郎原作「坂の上の雲」のドラマ化です。司馬遼太郎と言えば、私の年代で、しかも男であれば、誰もが知っている作家であり、しかもほとんどの人が司馬遼太郎の本を少なくとも一冊ぐらい読んでいると思います。ちなみに私は司馬遼太郎の本は恐らく全冊読んでいるでしょう。私に言わせれば司馬遼太郎は、歴史小説家としては天才でしょう。とにかくどれも面白い。大江健三郎がノーベル文学賞を受賞したとき、司馬遼太郎は健在でしたから、司馬遼太郎こそノーベル文学賞に値するし、なぜ彼の本がどんどん英語に翻訳されないのか不思議に思っていました。 「坂の上の雲」は最初、産経新聞の新聞小説として誕生した。単行本全6巻が出版されたのが1969年、私が31歳の時です。以来これまでに一千五百万部売れたと言われています。現在では「坂の上の雲」ビジネスといわれ本屋では、「坂の上の雲」関係の本がずらりと並んでいるのはとうにご存知だと思います。ドラマ放映は大変な視聴率を示すと予想されています。そこでこの本の内容を簡単に説明しましょう。愛媛県松山市生まれの三人の男、正岡子規(俳人)、と秋山兄弟。兄の秋山好古(よしふる)は、日本騎兵の父と呼ばれ、最終階級は陸軍大将)、弟の秋山真之(さねゆき)は、日本海海戦の時、連合艦隊司令長官、東郷元帥付の作戦参謀、最終階級は、海軍中将)。彼ら三人は同世代。前半は三人の青春群像を描き、後半は日露戦争の詳細に描いて終わります。 このドラマは、今年から3年にわたって放送されます。3年にわたって放送と言っても一年中放映されるわけでなく、その年の後半だけです。今年は11月27日の日曜から12月27日の日曜日までの全5回、午後8時から9時半まで。来年の後半に全4回、再来年の後半に全4回。再来年の全4回のプログラムを見ると、第10回「旅順総攻撃」、第11回「二百三高地」、第12回「敵艦見ゆ」、第13回「日本海海戦」。まさに息をもつかせずに戦場シーンの連続でしょう。年をとって涙もろくなった私は、日本兵の苦戦や、大活躍に涙を流すことでしょう。ドラマの紹介はこのくらいにして、話の本番に入ります。話の本番とはなにか。司馬遼太郎の歴史観です。 司馬遼太郎の書く歴史小説がことごとくベストセラーになるくらいですから、まえに触れたように非常に著名な小説家です。それだけに彼の歴史観が読者に影響します。司馬史観とまで言われました。私にいわせれば司馬史観には功罪があります。それでは功罪の「功」のほうから説明しましょう。 私が30代の終わりぐらいまでは、自虐史観が全盛期だったと思います。本屋の歴史コーナーでは、大東亜戦争などという呼び名のついた本などほとんどありませんでした。ほとんどが太平洋戦争という呼び名一色でした。日清戦争や日露戦争まで侵略戦争と呼ばれていたのはこの頃ですよ。ところが司馬遼太郎は、この「坂の上の雲」で日清戦争についてこう書いています。 「日清戦争は、清国や朝鮮を領有しようとおこしたものでなく多分に受身であった」。そして日露戦争について司馬遼太郎は、徹底して日本の自衛戦争として描いているのだ。もともと日清戦争や日露戦争を侵略戦争と呼ぶには無理があります。そこえ天下の司馬遼太郎が「坂の上の雲」を書いたので、日清戦争や日露戦争まで侵略戦争と呼ぶ自虐史観論者を黙らせた功績はありました。今どきの自虐史観論者で、日清戦争や日露戦争まで侵略戦争と呼ぶ人がほとんどいなくなりました。「坂の上の雲」のベストセラー化かが大きく影響しているのです。 そこで皆さんに今度のテレビドラマで注視してもらいたいのは、NHKが果たして司馬遼太郎が主張しているように日露戦争を日本の自衛戦争とはっきり主張するかどうか注視してもらいたいものです。なにしろNHKは、歴史関係番組では、特に近現代史については史実の捏造、歪曲を平然と行う前科者、それも前科一犯どころか何回も前科歴のある常習犯です。この番組で日露戦争を侵略戦争と描いたらNHKを許すわけにはいきません。 それで司馬史観の功罪の罪とは何かと言えば、自虐史観ですよ。司馬の言葉でよくひきあいに出されるのが「日清・日露戦争までがよかったが、それ以降日本は駄目になった。日本は昭和に入ってまるで魔法にかかったようにおかしくなった。昭和以降は陸軍が悪玉であり海軍が善玉である」。 司馬は日本人の誰もが認めるすばらしい歴史小説家だけに、彼の歴史観の影響力は非常に大きいものがあります。防衛大学の五百旗頭(イオキベ)校長も司馬史観の典型的な後継者です。私はどうかと言えば、私は司馬史観の影響は受けませんでした。私が若い時から大東亜戦争の歴史に詳しかったからではありません。ごく常識的に判断していたからです。常識的判断とはなにか、対外戦争するには、相手国が必要です。勝った国がすべて正しく、負けた国がすべて悪いなどという戦争があるわけがない。皆さんそう思いませんか。この常識的な考え方から詳細に歴史を勉強していけば、真の歴史観を取得できるのです。皆さんそう思いませんか。なまじ先入観をもって物事を勉強してみても、歴史観だけでなくすべて本質を掴み取ることはできないのではないでしょうか。 私は司馬の自虐史観の影響を受けなかったが、反論ができませんでした。大東亜戦争のこと詳しく知らなかったからです。今は反論できます。だから「大東亜戦争は、アメリカが悪い」を書けたわけです。これからちょっと反論してみましょう。 日露戦争では日本はやっとのおもいで勝ちました。辛勝とはこのことでしょう。国際社会すなわち欧米社会は、日本を一人前の国として扱い初めました。日本はロシアに勝ったとはいえ、軍事、経済、工業などあらゆる面において欧米諸国より劣っていました。もっと国力をつけるのが日本国民の望みでした。そのためにのしあがってこようとする日本は、欧米社会の邪魔者以外の何者でもありませんでした。大東亜戦争までに日本が、外交面、経済面などで欧米諸国に翻弄されつづけたと言っても過言ではありません。自虐史観論者は、日露戦争後の日本を含めた世界の動きを勉強しようとせず、ただ日本国内の動きだけ、すなわちコップの中の嵐だけを追っかけて日本批判をくりかえしているにすぎないのです。 コップの外の嵐が日本にどれだけの影響を与えたかなど眼中にないのだ。 あの天才とも言える司馬遼太郎がなぜ、「日清・日露戦争までは良かったが,それ以降は日本は駄目になった」などと言って昭和の歴史を単純化して自虐史観を展開するのか全く、私には理解できません。司馬遼太郎が歴史の先生なら、彼の自虐史観も理解できます。歴史の先生は、恩師が自虐史観の持ち主であれば、自虐史観を変更することができません。先生の仕事場がなくなってしまうからです。最近加藤陽子なる東大教授の歴史学者がたまにNHKに登場しますが、東大で歴史を学んだら自虐史観論者にならなければ、もう彼女の就職先もなければ、社会的栄達の道も開けません。 司馬遼太郎がまだ駆け出しの作家だとしても、彼の自虐史観は理解できます。戦後ずっと自虐史観が主流であり時流でもあったからその流れに乗るのが賢明だからです。しかし、司馬遼太郎は歴史学者でもなければ駆け出しの作家でもない、途方もない超有名な国民的作家です。例え彼が駆け出しの頃、自虐史観論を主張していたとしても、これだけ国民的作家になれば主張の変更さえも自由にできるわけでしょう。自虐史観論者のまま死んでしまいました。国民的な大作家だけに、彼の死後も自虐史観論の影響はいまだに強く残っています。 最初に触れましたように「坂の上の雲」の特徴は、日露戦争は日本の自衛戦争と描いておりますから、NHKにどう描かれるか大変興味があると書きましたが、もう一つ興味があるのは、乃木将軍、すなわち乃木希典(まれすけ)大将の人物像です。乃木将軍の略歴を紹介しましょう。乃木希典は西南戦争に参加しています。乃木の率いる部隊が退却戦のとき軍旗を薩摩軍に奪われてしまいます。軍旗を敵に奪われることは大変な不名誉なことです。乃木は[軍旗は天皇陛下から賜ったもの、詫びなければならない]と切腹を命じられることを欲しましたが、同僚や上官の必死のとりなしで切腹にいたりませんでした。 日露戦争では乃木は、旅順要塞攻撃を担当する第三軍司令官として活躍します。最終的には旅順要塞攻撃に成功して名を馳せるのですが、あまりにも日本兵の人的損害が大きかった。彼自身も二人の息子が戦死しています。乃木はあまりにも多い犠牲者の責任をとって明治天皇に直訴し切腹を命じられる事をのぞみます。しかし明治天皇は、「自分が死ぬまで死ぬことはまかりならぬ」と言って切腹厳禁を命じます。さらに明治天皇は、乃木に向かって自分の子どもだと思って、当時子どもだった昭和天皇を育ててくれと昭和天皇の家庭教師に、乃木を学習院の院長に命じています。後年昭和天皇は、自分にとって一番尊敬する人物は、乃木将軍だったと言っています。明治天皇が亡くなられた時、乃木は殉死しています。乃木は自分の妻の死の介添えし、自分は切腹しました。遺書には明治天皇に対する殉死であり、また西南戦争の時に軍旗を奪われたお詫びでもあると書いてありました。日本海海戦時の東郷元帥の名は、海外でも有名で、フィンランドでは、トーゴーというブランドのビールが現在でも売られていますが、乃木将軍も海外でもけっこう有名でトルコでは、自分の生まれた息子の名前にノギとなづけるのが一時流行ったそうです・ この乃木将軍を司馬遼太郎は、「坂の上の雲」で乃木将軍とその下で働く参謀長、伊地知幸介をボロクソにけなしています。この本ではいくつかの戦場の戦況場面が書かれていますが、旅順要塞攻撃はこの本の最大のクライマックスでしょう。コンクリートでためた難攻不落の要塞を乃木と伊地知参謀長は、肉弾攻撃をしかけ、最初の総攻撃失敗にもかかわらず、何度も何度もバカの一つ覚えのように肉弾攻撃を繰り返し、ついに6万人もの死傷者(戦死1万5千人、負傷者4万5千人)を出したのだ。司馬遼太郎は、この乃木を徹底して無能呼ばわり、あまりにも手厳しく無能呼ばわりをくりかえすので、乃木家や伊地知家ゆかりの人たちは頭にきたのではないでしょうか。 私はこの本「坂の上の雲」を持っていますが、見ると初版本です。私が31歳の時に読んでいるのです。その頃の私は歴史の知識などあまりなかったので、この話(乃木の無能ぶり)を完全に信じこんでいました。また司馬遼太郎の筆の運びが上手だからおもわず手にあせを握りなら夢中で読み、信じこんで、「なんと愚かな司令官、なんと馬鹿な参謀長」と興奮していたと思います。 乃木がこの本であまりにも無能呼ばわりされたので、その後司馬遼太郎に対する反論が出ています。反論のいくつかを上げてみますと: 1.日露戦争には欧米諸国から多くの観戦武官が戦場に派遣されています。もし乃木が司 馬遼太郎が悪態をつくほど無能な作戦をくりかえしていいたら、当然ニュースや話題、あるいは観戦武官の間で嘲笑の対象になってもおかしくありません。 2.要塞を攻撃する場合、通常先に砲弾を雨あられとぶちこみ要塞の外部あるいは内部を混乱させてその後肉弾攻撃しかけるのですが、日本軍の砲弾不足のため砲弾攻撃の効果があがらなかった。砲弾や弾薬不足は貧乏小国、日本の象徴のようなもので、大東亜戦争でも兵器不足で泣かされた。 3.要塞攻撃というものは戦闘の性質上、攻撃側に多大な犠牲を強いるものです。日露戦争からおよそ10年後に第一次大戦が始まります。ベルダンの戦い(ドイツ軍によるフランスのベルダン要塞の攻撃)、これもベルダン要塞という一ヶ所だけの戦場です。そこでおよそ10ヶ月間の攻防戦になんと独仏両軍あわせて75万人もの死傷者をだしているのだ。従って乃木がとった作戦が無謀とも言いきれないのだ。 4.司馬遼太郎が、旅順要塞攻撃にあたって引用した参考文献は、「機密日露戦史」(これは戦前陸軍大学で教材として使われた)だ。この資料に彼の独自の想像や脚色を加えたため史実と異なる物語になっていると言われています。 司馬は、自虐史観の持ち主で「海軍は良かったが陸軍は悪かった」などと言っていた男だ。陸軍の暴走、精神主義を批判するために誇張して書いたような気がするのは私だけでしょうか。この旅順要塞攻撃をNHKがどう描くか非常に見ものです。小説に忠実に描くか、あるいは小説以上に悪意をこめて乃木の作戦を描き、陸軍の悪を印象づけるかのどちらかでしょう。 前にも触れましたように歴史番組におけるNHKの史実の捏造、歪曲は、常習犯です。この小説には、日本軍の残虐行為など語られていませんが、ひょっとしてNHKの事だから演出するかもしれません。日露戦争の戦場は、すべて満州地方です。日露戦争が始まると、満州民族は、負けると予想されていた日本軍が勝つことを心底祈っていた。なぜか、日本軍が負けると満州地方はロシアのものになり、ロシア兵による略奪、強姦、暴力等々で、満州が地獄のようになるからです。昭和に入って満州地方は、日本によって満州国が建設され、すぐに経済発展していきます。日露戦争勝利後の日本軍や日本政府への信頼が、根底にあったからこそ満州国は建国するやいなや発展していったのです。この時アメリカは、満州国建国には猛反対で満州国を承認しませんでした。現在アフガニスタンに手を焼くアメリカよ、満州国建国の歴史を学べといいたい。 若い人たちでまだ「坂の上の雲」を読んでいない人は、ぜひ読んでほしいと思います。私は日本国民必読の本だと思います。また読んでいて実に面白い。この本をNHKがどう描くか比較するのも面白いと思います。最後に産経新聞の片隅に出ていたちいさな記事を紹介します。 「NHKスペシャルドラマ『坂のうえの雲』の主題歌を、英国のソプラノ歌手で『世界の歌姫』と呼ばれるサラ・ブライトマンさんが歌うことが21日、NHKで発表された。タイトルは『STAND ALONE』で小山薫堂さんが作詞、久石譲さんが作曲した。ドラマは司馬遼太郎原作で、11月29日から放送される」 なぜ高いお金を出してでも世界的な外国人ソプラノ歌手に歌わせるのか、日本人歌手でもいいだろう、なぜ曲の題名が「STAND ALONE」などという英語の題名なのか、日本語の題名を使ったらどうなのか。まさか曲の詩まで英語じゃないでしょうね、それとも英単語が随所に入っているのですかなどと、ドラマを見る前からNHKに文句をいいたい。NHKよ、ドラマは、小説を忠実に描けよ、いつものように史実を勝手に捏造したり、歪曲するなよ。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
私の天皇論などという大げさなタイトルをつけましたが、簡単に言えば今皇室が抱えている二つの問題に対する私の意見です。皇室がかかえている二つの問題とは、一つは天皇の男系・女系継承問題であり、二つ目は皇太子殿下と雅子妃殿下がどうも心もとないというのが一般庶民の感覚です。特に雅子妃殿下に対する批判がよく聞かれます。その批判に賛成する人、反対する人が出ています。 1.天皇継承問題。 小林よしのり氏は、今年6月「天皇論」という本を出版した。私も読んだ。すばらしい本であることにまちがいない。ただ一つ私のような保守派にとっての不満は、小林が男系の天皇が望ましいが、女系天皇でもかまわないという女系天皇を認めていることです。左翼が女系天皇推進論者であることはよく知られています。女系天皇を認めて天皇の権威を少しでも落として、いずれは天皇制廃止を目論んでいるからです。特に共産党など、国会が開会する時、天皇陛下が出席し開会のお言葉を述べられますが、このとき、共産党議員は、国会に出席しません。共産党は天皇廃止論者だからです。選挙で共産党に投票する人は、このことを知って投票しているのでしょうか。 私は左翼の連中に天皇の継承は男性でなければ絶対にダメだと説得する気は全くありません。昔はバカなやつのことを左巻きと呼んでいましたが、左翼は文字どおり左巻きのバカだから、私は相手にしません。私が説得したいのは、保守系の若い男女です。保守系の若い男女の間では、現在は男女平等社会、だから女系天皇を認めるべきだという意見の人が多いのではないか。私はその人たちに男子継承者でなければ絶対ダメですよと説得したい。その説得の理由を以下に述べてみました。 日本の初代天皇と言われている神武天皇が即位したと伝えられているのが西暦紀元前660年のことです。西暦はイエスが生まれたとする年を基点としています。それを紀年法と呼んでいます。日本の紀年法は、神武天皇が即位した年を基点にして「皇紀」(こうき)と呼んでいます。日本の紀年法で数えると今年は、西暦紀元前660年プラス現在の西暦2009年で、今年は皇紀2669年になります。 この2669年間男系のみによる世襲で皇位を継承してきました。これを万世一系と呼んでいます。そして男系とは父親が天皇もしくは歴代天皇の血筋ということです。すなわち125代の今上天皇が父親をたどっていくと神武天皇に繋がるというわけです。このおよそ2700年の間に女性天皇が存在しましたが、あくまで繋ぎの天皇でした。すなわち次代の天皇がまだ成長していないため成長するまでの繋ぎの天皇でした。 この2700年間万世一系と呼ばれて男系のみで家系が継がれてきた家系は、世界では天皇家だけです。だから私は、天皇家を世界遺産に登録しろと主張しているのです。現在保守の間でも、特に若い男女の間では現在は男女平等の社会だから女系天皇もやむを得ないという風潮が強いようです。私に言わせれば、2700年も男系で継いできた天皇家に現在は男女平等社会だからと女性が継いでもよいのでしょうかと問いたい。男女平等社会と言っても日本ではたかだか数十年の歴史しかありません。そんなに短い歴史しかもたない男女平等制度を2700年も続けてきた男系制度より優先させてよいものでしょうか。 天皇家は男系が継ぐという制度が2700年も続いたということは、天皇制度の根本は男系が継ぐということで、それが絶対条件であることがわかります。この2700年間私達の先人、何億何千万人の方がたが支持してきたことなのです。私の寿命もあと20年前後でしょう。その時私は、2700年間保ち続けてきた先人たちの仲間入りをすることになります。保守の使命には伝統をできるだけ守るなどがあります。死者への配慮も保守の使命ではないでしょうか。靖国神社へお参りするのも大東亜戦争などで亡くなった人たちへの配慮ではないのですか。私は2700年間も男系で守り通してき何億何千万人という私達の先人達の意思というものをたかだか数十年の歴史かない男女平等より重要視したいし、また重要視しなければいけないと考えています。 また2700年間も続いた男系の家系には、誰にも説明できない無言の権威というものが備わっている事を空気みたいに意識することなく国民は感じ取っているのではないでしょうか。権力と違って権威は一朝一夕に作り出せません。同時にいったん失墜した権威を取り戻すのは至難の技です。2700年続いた男系に今後一人でも女系天皇出現することによって天皇家に対する権威が凋落することもありえるのだ。女系天皇出現で天皇家の権威が凋落することは有り得ませんなどと誰も断定することはできません。左翼はそこを狙っているのだ。 現在、現皇太子殿下の後継者は、悠仁親王様お一人なので男系天皇の存続が心配されていますが、終戦直後にアメリカ占領軍によって宮家が廃絶されてしまいました。その宮家を今すぐにでも復活させれば解決できる問題です。 2.皇太子殿下夫妻への不満 だいぶ前から雅子妃殿下に対する世間の評判があまり芳しくありません。私も私の女房も雅子妃殿下にはなんとなく不満を感じていました。私の先祖も雅子妃殿下の先祖も越後の村上藩5万石に仕えた下級武士でした。だから雅子様が皇太子妃殿下になった時の私の喜びは最高でした。それだけに私は雅子妃殿下に対する失望には大きいのがあります。 昨年、西尾幹二氏が雑誌「Will」に「皇太子様に敢えてご忠告申し上げます」という論文を掲載した。私も読んだし女房も読みました。西尾氏の主張は、皇太子御夫妻に対する私たち一般の人々の不安不満の気持ちを代表するものでした。「Will」での反響は、圧倒的に西尾支持だったと言われています。しかし論文のタイトル「皇太子様に敢えてご忠告申し上げます」というように強烈でしたから当然反対もありました。これを機に色々な人たちの賛否両論が雑誌上で論じられてきました。西尾氏や橋本氏(今生天皇の御学友)などの主張に反対する人たちの論点は、一点につきると思います。すなわち私達庶民は、皇室について一切非難や注文をしてはいけない。黙って眺めているのが一番懸命だという意見です。漫画家、小林よしのり氏の意見もこれと同じです。 「Will」最新の12月号には、西尾氏らに反論する小林よしのり氏の意見が大きくとりあげられています。小林氏はこう書いています。 「反皇太子殿下」の橋本明、西尾幹二、保坂正康の三氏は、おこがましくも「皇太子には人徳がないから『廃太子』して皇統を秋篠宮に譲れ」などと言っていますが、そもそも日本の皇室は「皇道」であり、万世一系の血統にとるもので「徳」には関係ありません。この点で「徳」を基準にするシナの「王道」とは全く違う。(中略) 日本の皇道は、「徳」は初めから皇位継承に関係ありません。今までもいろいろな天皇がいらっしゃいましたが、天皇の血統によって受け継がれるものですから、「次の皇太子はどうも天皇の器ではない。「廃太子」して、別の人間に皇位を譲れ」というのはまるで通用しない。それどころかこの呼びかけは革命を誘導することになります。 こんな馬鹿馬鹿しいことをよくも言ってのけて、よくも雑誌に載せて、よくも賛同する読者いたものだと呆れるしかない。わしの描いた『天皇論』(小学館)が出版されたのは今年の五月末ですが、これ以降はもうくだらない皇室論は出てこないだろうと思っていたのに、とんだ見込み違いでした。」 私は西尾氏や橋本氏の主張に賛同する者です。小林に反論してやろうではないですか。小林は立派な本を書いていますが、どうも時代、現在の時代認識ができていないようだ。私は、小林の「戦争論」を読みました。この本が多くの若者の自虐史観を変えたとい点では、非常に功績が大きいものがあります。私の大東亜戦争論とほとんど同じです。ところが現在のアメリカに対する認識がまるでできていない。反米主義一辺倒です。現在の日本が現状の軍事力で平和を保っているのは、バックにアメリカが控えているぞという暗黙の脅しでもっているようなものだという認識がまるでできてない。だから反米主義一点張りを主張するのだ。私は歴史観では反米主義だが、外交では親米主義で、日米安保条約の積極的推進者です。 皇室についても小林は、時代認識ができていません。小林は徳の問題を持ち出して西尾氏や橋本氏を批判したり、雅子妃殿下をかばったりしていますが、やはり皇室のことについて一般庶民は口を出すなの主張にかわりありません。皇太子ご夫妻に対する小林の発言には、次に述べる二つの時代認識ができていない。 (1)私は、こういうことを言うと小林や皇室絶対論者から猛反撃を覚悟の上で言いますが、いまのような凡庸な皇太子では、日本にとって非常に危険だということです。その説明するために皆さんに明治時代の明治天皇のことを考えてもらいたい。明治天皇が即位されたのが17歳の時です。16歳の時に王政復古の号令と五箇条のご誓文を発した。この年齢では、薩長の重臣達の操り人形意同然だったでしょう。 しかし帝王教育が良かったのでしょうか、誰も認めるすばらしい天皇に成長されました。明治天皇は、明治大帝と呼ばれました。これまでに125人の天皇がおられますが、大帝と呼ばれたのは明治天皇だけです。明治天皇が亡くなられた時には世界中から称賛の記事が書かれ、明治政府はそれをまとめて一冊の本を出版しています。明治政府は、あの難局の時代に明治天皇を押し立てて近代君主国家としてスタートした。したがって日本の行く末がうまくいくかどうかは天皇次第でもあった点が非常に大きい。その時に名君にめぐり合わせたのは、日本国民にとって非常に幸運でした。この時凡庸な君主だったら今の日本はなかったのでしょう。 昭和天皇も立派でした。あの敗戦時昭和天皇の存在が、どれほど日本にとって重要であったか私より先輩の年寄りが一番よく知っているのです。要するに日本が危機状態の時には、すぐれた天皇がいてくれることが非常に重要だということです。今上天皇は、現在75歳、あと寿命も15年前後でしょう。私の予想ではその頃は、あるいは今生天皇が生存中に日本が一番難しい時期に差し掛かってくるだろうと見ています。日本は今危機的状況にあります。それだけ日本の未来が暗いのだ。日本の繁栄は、もうここ数十年ありません。下り坂一方です。国民の意思は団結しておらず、分かり易く言えば、右翼と左翼に真っ二つに二分されています。左翼は中韓二国を取り込んで国内の指導権を完全に握ろうとしています。外国人に参政権を与えようとするのも、左翼が国内の指導権を握ろうとする彼らの一策にすぎません。島国日本では、日本国内の実権を握るために近隣諸国、特に中韓のような外国と組むことは、一番やってはいけない方策ではないのですか。国内が二分すると天皇家がからんでくるのは日本史の常識みたいなものです。そんな時には、凡庸な天皇では困るのです。 (2)小林や皇室絶対視論者は、われわれ国民が皇室についてあれこれ言うなと主張しています。そういう意見は、テレビやラジオや新聞などがない昔であれば有効な意見でしょう。なぜなら天皇陛下ご夫妻や皇太子殿下後妻など皇室の人たちを、一般庶民が見かけることなどめったにないからです。そのため庶民は皇太子が普段はどんな外見なのか、あるいはどんなお人柄か全然わからないからです。 ところが今は違います。テレビの威力は大変大きい。私達庶民はテレビを通して皇室の人たちをしょっちゅうお目にすることができます。また新聞、雑誌などで読むこともできます。 そうすると一般の人々の間に皇室に人々に対する印象度が自然にできあがります。現在一般庶民の間では、美智子妃殿下に対しては厚い敬愛と尊敬の念をいだき、雅子妃殿下に対しては少し不満を抱いています。これはここ何年にもわたってテレビ、ラジオ、新聞などを通して得た印象からきています。その印象から一般庶民がそれぞれの意見を発言するのは、当然の現象でしょう。それを一般庶民は、皇室の人々にあれこれ注文をつけるなというのはおかしいのではないでしょうか。 雅子妃殿下が心に病を抱えられてから、もうゆうに五年以上経つのではないでしょうか。多少良くなっているようだけど全快しない。治療を受けられているのは、たった一人の精神科医だけです。なかなか全快しないのだから、他の医者にも診てもらうとか、あるいは複数の医者に診てもらったらどうかということまで国民は推理できるわけです。皇太子殿下は、雅子妃殿下に医者を変えるか、複数の医者に診てもらったらどうかと妃殿下になぜ言わないのか。あるいは雅子妃殿下が皇太子殿下の忠告に耳をかさないのではないかと庶民は詮索します。だからしょっちゅうテレビでお目にかかれるから庶民として意見が自然に湧いてくるのが当然です。それを皇室のことだから一言も言うなというのはどこかおかしくありませんか。 私には皇太子殿下は、雅子妃殿下に対する指導力が全然ないような気がしてなりません。このような国民の皇室に対する懸念や心配ごとから発する意見を公言してはならないというのは時代錯誤もはなはだしい。今日ほど皇室と一般庶民との間の垣根が払われた時代はありません。それだけに庶民の皇室の人たちへの注文がつけやすくなっているのです。皇室について一般庶民はなにも言うなというなら、昔のように皇室と一般庶民との間に大きな垣根をつくるほかありません。 私の想像では、天皇皇后両陛下は、皇太子を自分の手元で育て上げたのを後悔しているのではないでしょうか。今生天皇は慣習に従って早くから親元を離れ帝王教育が授けられた。これに反して、皇太子殿下はずっと天皇皇后陛下の手元で育てられたのだ。悠仁親王におかれましては、いずれは親元を離れ帝王教育を授けられることを私は国民の一人として希望しています。小林によればこんな意見さえも恐れ多くて発してはならないことなのでしょうか。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
今週のブログ、「教育が日本男子をダメにした」に関してミクシィーで若い人からの反応がありましたので転載しました。 tano 教育現場では「人間は平等ではない」という根本的な事実がなおざりにされていると思いますね。学校で平等だの公平だのと教え込まれたところで実社会に出ればそんな物は無いと痛感するばかり。そのギャップが日本人、特に男子を弱体化させていると思います。 「教育が日本男子をダメにした」とはその通りですね。 怒太 自称肉食系男子です(笑) 私も男尊女卑反対とか言う女は大嫌いです。 そう言う奴に限ってこれは男の仕事でしょ?みたいな事を平気で言うんですよね。 ジェンダーフリーもそうですけど、日教組は競争心もなくそうとしていると思います。 徒競走で横一列にゴールさせたりする所もあるそうです。 私は競争心が人の成長に一番大切だと考えているのでこれは大変な事だと思います。 私の人格形成には武道の影響が大きいので、一般の男子よりかは精神的にも肉体的にも強いと自負しております! でも、えんだんじさんの恋愛授業是が非でも受けたいです!!!!笑 たろー 美しが丘中がそんな事になっているとは。。。(´_`o)ハァ・・・ どんどん、周りから侵食されているのですね。。。 MIE 私は祖母や周りの環境のお陰で、「日教組」というものにあまり影響を受けずに育ちました。祖母の口癖は、「女は結婚したら旦那さんを立てるのが当たり前。」、「働いてくれる人がいるから家計が成り立つことに感謝しなさい。」、等々。また、祖父は弟が台所に立つのを禁じていました。理由は、「台所は女の職場」だからでしたね。私は女の子なので、小さな頃から皿洗いや家事を見て覚えたりしていました。 小さな頃の私の写真は、全てワンピースやレース物。祖母の影響でしょう、本当に女の子らしく育てたかったのでしょうね。一方弟は相撲をしていた頃の写真だらけ。 しかし今や祖母の期待は外れてしまったかも知れません。血の気と気の強さは男子に負けず劣らずですから…。でもお嫁に行ったら祖母の言い付けは役に立つことだと我ながら思っています。 それに、全国学力テストは行うべきであると私は思います。自分の立ち位置を自覚せずしては人間は堕落すると思うからです。 以下は子どもさんがおられる父母からのコメントです。 りんごあめ 幸い、私の周りでは、「男の子なんだから」「女の子なんだから」 という言葉をよく使います。 が、公立小学校時代は、途中で名簿が男女混合に変わったのを覚えています。 見辛くてとんでもない改悪でした。 最近は”女男”がもてはやされたり、あまりに不快でテレビ画面を消すこともたびたび。 個人的に病気なのは仕方がありませんが、その病気をもてはやす神経が分かりません。 ローマ末期と同様、国亡に繋がってしまう恐れもあります。 息子の学校は男所帯で、しかも、男くさい行事目白押し 売りは、占領終了後、真っ先に武道を復活させたことですので なんとか日本男子です(笑) それでも、昔ほどでないは、とも聞きます・・・ えんだんじさんのブログつづけてくださぁ〜〜〜い!!! とてもお勉強になります。 ランキングも上がっていますし、さらに、多くの人たちが読んでくれたら〜と心から思います。 KUNI-KUN 私の父親は、九州男児。 幼少のころより「男らしさ」を美徳とする教育をされました。 その結果、5歳のかわいい盛りに近所の人達に「KUNI-KUN」かわいいねといわれた際、「かわいくないワイ!男らしいんじゃ!」と毒づく子供になってしまいました。(笑) それだけですが・・・ 男と女は別物です。 子供の小学校の教育が気になります・・・ 国旗掲揚しないとか・・・ ジェンダーフリー教育とか直面するといやだなぁ〜と思います・・・ 親として、勉強することは多いですね・・・ ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
「人類」という漢字や言葉がいつから使われたのか私は知りません。私の考えでは,男と女を一緒にして「人類」という言葉をつくったのは大間違いだったと考えています。正しくは、「男類」、「女類」に分けて使うべきだったのではないでしょうか。その理由は、男と女とは全く異質な動物だからです。だから男女お互い100パーセント理解しあうことはできません。男が人類なら女は人類ではありません。また女が人類なら男は人類ではありません。そのくらい男女間に違いがあるのだ。もし大の大人が、いやそれは違う、男女は、体の機能が違うだけで、あとは全く同じなのだと主張する男女がいたら、その男は女のことについてあまりよく知らない野暮な男であり、女は男のことをあまりよく知らない野暮な女なのだ。こんなことを主張する男女が異性からもてるようならもう此の世も終わりです。 最初から「男類」、「女類」という字と言葉を使っていたら、現在の日教組の教育方針の基本中の基本、「男女同質」などという考えは生まれなかったでしょう。なまじ「人類」などといって男女一緒こたにしてしまったから「男女同質」という思想が生まれたのかもしれません。「男女同質」とは、男と女は体の機能が違うだけで、あとはすべて同じだ、だから男女間にあらゆる差別、区別はなくすべきだという考えです。よくジェンダーフリーという言葉を使っていますが、この「男女同質」のことです。 戦後このかた男女同権、男女平等が特に強調され、実践されつづけられ、今ではすっかり常識になり、ことさら意識する事ないあたりまえのこととなりました。それはそれで非常に結構なことでなにも反対するものではありません。しかしその反面、男女異質がことさら無視され続け、そのため「男は、男らしく」、「女は、女らしく」育てるという伝統的育て方は、男女差別を生むとして徹底的にきらわれた。今では、特にフェミニストや左翼の連中は、男女異質を無視するどころか強引に男女区別そのものを取り払おうとしてやっきになっている感さえします。その現象が一番強く現れているのが日教組の支配する学校や各市の男女共同参画室です。 学校での男女混合名簿は、もう当たり前になっています。新築の校舎は、男女のトイレは同じ、更衣室も同じ、父兄から文句が出て更衣室の真ん中にカーテンをかけて男女を区別しているような学校も出るしまつです。修学旅行では宿屋に泊まれば、男女同室で寝る。小学校の運動会では、男女を騎馬戦で戦わせる等等。すべての公立学校がこのようだとはいえませんが、こういう傾向になっているようです。 一昨年の3月私は公立の中学校の卒業式では、国旗や君が代がどう扱われているかを調査しに横浜市青葉区の美しが丘中学校に行きました。学校でトイレが使いたくなったので、トイレを探しましたが見つかりません。学生に「トイレはどこ」と聞くと「すぐそこです」と言うから入っていくと女性のトイレでした。びっくりして隣の男子用のトイレで用をたしました。トイレを出てからトイレの入り口を見ると、男女識別のマークが全然ありません。よく観察すると以前は、木に「男」、「女」と書いた木札みたいのがはりつけてあったのでしょう。その男女を識別する木札が無理矢理はがした跡が残っていました。学校のトイレの男女識別札をわざわざ剥がすことが、教育となんの関係があるのでしょうか。日教組のバカさかげんもここまで進んだということでしょうか。 愛知県大府市では、市庁舎のトイレは、「男は青でヒト形、女は赤のスカートでヒト形」で区別していたが、「区別は差別につながる恐れがある」として2000年以降は市庁舎など五箇所のトイレを同一マークに変えた。ところがトイレの利用に迷うケースが続出、結局元のマークに戻すことに決めたというのです。男女のトイレ区別が、男女差別につながるというのなら、女性に全員立小便させたらどうだというのです。 数年まえ私は、相模原市で講演をした。相模原市の男女共同参画室は、駅前ビルの確か5階か6階を全部借り切っています。その階のトイレは、男女区別なし、その他の階は通常どおり男女区別ありという状態でした。今でもそのまま変わらないのかどうかわかりません。このように現在では男女の区別さえ取り除こうとしているだけではありません。発想の区別さえ厳しく問われるのだ。発想の区別とは、例えば、高校生が母の日のプレゼントとしてエプロンを贈った。この母の日にエプロン、すなわち母イコール台所という発想そのものが、男女の区別化だと主張するのだ。 後で振れることになりますが、「男が妻子のために頑張る」このような言葉や発想自体が、男女差別、男女区別を助長する言葉だと非難されるのです。このような時代だから男女異質など全く顧みられることはないのだ。中、高校生の女性のカバンには色々と可愛げな物がついています。一方男性のカバンにはなにもついていません。このように日常生活で子供の時から男女異質性を種々表しているにもかかわらず、その異質性を無視し、男らしさ、女らしさという性差は,後天的に造られたものとしているのだ。 この男女同質、いまはやりの言葉で言えば、「ジェンダーフリー」の思想は、欧米からきたものです。ところが欧米でもこの「ジェンダーフリー」が行き過ぎ、とうとうカソリック教会のローマ法王のベネディクト16世は、去年の末バチカンで聖職者向けに行った年末の演説で、ジェンダーフリーは男性と女性との区別をあいまいにし、人間の「自己破壊」に繋がるものとして非難しているのだ。至極当然のことです。教育界から「男の子は、男らしく」、「女の子は女らしく」という発想を失くし、男女同質で育てられた最大の犠牲者は、男の子です。私に言わせれば、今の若い男は、まるで去勢されたような弱い男に育て上げられたのではないでしょうか。いくつかの好例を紹介しましょう。 1.男が人前で平気で涙を流す。 私のブログ「男の涙」(9月13日)参照 2.妻子を残して平気で自殺していく男が実に多い。 妻子のためにがんばるというような男の気概など全くなくなってしまったと言えるのではないでしょうか。要するに前に触れましたが「男は妻子のために頑張る」とか「男の気概」とか言う言葉そのものが性差別、性区別につながるから使われることがないのだ。先生をしていた経験者から聞きましたが、教室で「お前男だろう」、「男のくせに」、「男らしく」などという言葉をついうっかり使用すると、生徒から「差別用語だ」と「訴えるぞ」などという言葉が返ってくるというのです。男たるものこうでなくてはならぬという枠をはめる言葉が全く使われなくなったため強い男が育ちにくくなっていることは確かでしょう。そういう男がいずれ政治家になっていくのだ。外交交渉はどうなるのでしょうか。 父親が自殺した遺児が、経済的に援助されたりしていますが、私は自殺した父親への同情の言葉を遺児に伝えることは絶対に間違っていると思います。遺児に同情しても妻子を残して自殺する父など最低中の最低の男だとはっきり指摘してやることが必要です。 3.家庭内暴力の増加。 これも男が弱くなっている典型的な例です。男というものは、精神的に幼稚で弱い、情けない男ほど暴力にものをいわせたがるからです。 4.若いセックスレス夫婦の増加。 「草食系男性」という言葉がはやって久しい。私は最初ベジタリアンの男かと思ったくらいです。誠実で優しいが、恋愛には消極的な男性を指す言葉だという。女性との交際が苦手で、晩婚化に拍車をかけているという指摘もあります。厚生労働省の「第四回男女の生活と意識に関する調査」(平成20年9月)のデーター分析の結果、1ヶ月以上性交渉していない夫婦は36.5パーセントです。少子化問題も性交回数の少なさも原因として考えられるとも言われています。若い夫婦が一月以上も性交渉がないのが36.5パーセントなどというのはセックレス夫婦同然と言っていいでしょう。幼児から全く男であるとか女であるとか意識させられることもなく育てられるとこうなってしまうのでしょうか。精神科医でもわからないのではないでしょうか。 「草食系男性」は、女性との交際が苦手だと言われています。好きな女性がいてもくどけないのだ。こんな男は最低中最低だ。私がたまにやる講演は、年配者が多いが、若い男ばかり集めて、「女の口説き方」という演題で講演したいくらいだ。 その他にも日本の男に意気地がなくなった話はよくききます。最近私は、横田徹氏の講演を聴いた。彼は34歳、戦場カメラマンです。日本では難民キャンプの映像を取るカメラマンまで戦場カメラマンを呼んでしまっていますが、実際に銃や機関銃をドンパチと撃ち合っている本物の戦場でカメラ撮影している戦場カメラマンは、日本では現在、横田氏だけです。横田氏によると日本の若者は勇気がないと語っていました。戦場カメラマンは、危険だしその割には収入に報われることがない。だから若い男になり手がないことは理解できると彼は言っています。それにしても日本の若者は勇気がなさすぎる、そこいくと欧米人の若者は実に勇気があると感心していました。欧米人戦場カメラマンが続々と誕生してくると横田氏は言うのだ。 そう言えば、世界の紛争地での現場レポートなどは、CNNなど海外テレビのレポーターからの報告ばかりだ。私の若い頃は、日本兵の勇敢さは、外人からさえも聞かされたし、また世界が認める勇敢さだった。それが現在の日本の若者の姿はどうだ、大相撲では日本人横綱が出なくなって久しいし、また日本人横綱が生まれる気配すらない。 人類が地球上に誕生した時、すでに男女の異質性は、存在していたのです。農業がまだ始まっていなかった何万年も前、男は狩に出かけ、女は家も守りました。狩する道具が幼稚のころは、狩は非常に危険な仕事であったでしょう。そのため男は負傷したり死んだりしたでしょう。また部族同士の戦争もあったでしょう。そのため男の犠牲死により、女は悲惨な辛い目にあう。農業が発展し人間の文明が栄えて狩をする機会が減っても、戦争する規模が少しずつ拡大していきました。男の戦争犠牲者の増加です。同時にそれがまた女が悲惨な辛い目に会う機会の増加です。 この繰り返しの何千年だか何万年、そのために男の攻撃性が強化され、また女の忍耐性が強化されたことは誰も否定できないでしょう。男の攻撃性、女の忍耐性が男女異質の根本的な違いです。この根本的違いから色々と派生して男女異質の遺伝子が組み込まれていったと解釈できます。 三、四年前大ヒットした映画、「タイタニック」。私は若い皆さんに問いたい。あの映画の男女の恋人に逆の演技、すなわち男の演技を女に、女の演技を男にさせたら同じように大ヒットしたでしょうか。まずヒットしないどころか、そんな映画を作る監督もいないでしょう。女が男を一所懸命助けることは、実生活でもいくらでもあります。しかしあの映画の場合は、愛する男が、愛する女を助けてなりたつ映画なのです。すなわち男女異質を忠実に反映した映画です。 若い男女があの映画を見て感動したということは、男女異質を徹底して無視されて育てられた若い男女にもまだ男女異質の遺伝子があるということなのです。「男は、男らしく」、「女は、女らしく」育てるという男女異質を認識したこれまでの育て方を徹底して無視して育てられた男女がいまや20代から30代初め頃の年齢に達しています。私はこの年代の人たちに聞きたいのです。若い皆さんは、私のこのブログにたいしてどのような感想を抱くのでしょうか。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
平成2年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された「足利事件」で無期懲役刑が確定し、今年6月に17年ぶりに釈放された菅谷さんが時の人になっています。菅谷さんのケースは、正真正銘の冤罪で、無実にもかかわらず無期懲役刑を受け、17年間も刑務所暮らしを強いられたのです。菅谷さんは一身に同情を集め、また同情に値する事も事実です。その点については私も否定しません。 だがしかしと私は言いたい。冤罪の責任のすべては検察側にあるのでしょうか。私の主張は、菅谷さんにとっては非常に酷な意見であることは承知の上であえて言えば冤罪の半分ぐらいの責任は菅谷さん自身にあるのではないでしょうか。その理由は菅谷さん自身が、実際には殺害していないのに「自分が殺したと」自白しているからです。 想像してみてください。例えば、テレビの時代劇ドラマに出てくる犯罪者への拷問シーン。ロープで体を縛られて天井から逆さまに吊るされ、青竹あるいは木刀で打ちのめされながら自白を強いられる。こういう暴行のもとに菅谷さんが自白したら、これは完全に100パーセント検察側に責任があります。 検察は、言葉の暴力、執拗な誘導尋問、あるいは長時間にわたる尋問、いわゆる言葉の暴力による精神的な苦痛を菅谷さんに与え、自白を強いたと批判されています。しかし私に言わせれば、殺人特に幼児殺人などは、同じ殺人犯としても最低の人間の仕業です。そういう犯罪者かもしれない人間に検察が紳士を相手にするような言葉使いで尋問したら殺人犯に完全になめられますよ。多少荒っぽい尋問や、執拗な尋問は当たり前の話でしょう。警察や検事が犯罪者になめられたら日本は犯罪天国になってしまいます。 菅谷さんにとって不運だったのは、当時信頼性がいま一つだったDNA鑑定で菅谷さんに不利な結果が出たことでしょう。しかしどんな検査結果や鑑定結果が出ようと、自分が殺してもいないことを殺しましたと、うその自白をすることは自分自身を犯罪者にする罪なことをしていることなのです。そういうことを自覚できずに、うその自白をしたというところに菅谷さんの精神的なもろさがあるのではないでしょうか。 菅谷さんに酷な言い方をしますが、菅谷さんのような精神的なもろさでは、かりにこの足利事件なくても他の件で菅谷さんは何か大きな人生上の失敗をしでかしたことでしょう。菅谷さんは、DNA鑑定の結果で孤立無援に陥ったと思います。私は若い人に強く主張したい。自分がいくら正しい行為をしても、あるいはいくら正しい主張をしてもそう簡単に理解されない場合も往々にしてあり、またそれどころか孤立無援に陥ることもあります。だから自分がいくら正しい行為や正しい主張しても、時には戦いとらねばならないことが往々にしてあるということです。精神的に「戦い抜く」ということがいかに大事であるかということです。 自分を応援してくれる人、精神的に支えてくれる人が沢山いれば、誰でも自己の主張、俗に言えばえらそうな事はいくらでも言えます。しかし孤立無援に陥った時でも、自分の主義主張を堂々と主張できる、あるいは行える精神的なタフな人間になってほしいのです。 私に言わせれば現在の日本人は、菅谷さんみたいに精神的なもろさのために自滅していく、すなわち菅谷さん症候群にかかる人が実に多い。若者に自殺者が多いのは、精神的なもろさが最大の原因でしょう。自殺者の数が今年を含めると11年連続して3万人を超えるというのだ。病気の老人が先行き不安になっての自殺は理解できます。全く理解できないのは五体満足の若者の自殺だ。鳩山首相は、所信表明演説の中で失業して職にありつけなかった若者の自殺を同情的に語っていたが、ナンセンスもはなはだしい。そんな自殺者は全く同情にあたいしません。精神的もろさ以外のなにものでもありません。なぜそう言えるかというと私は、終戦直後混乱した社会、国の福祉など全くなかった時代に死に物狂いで生き抜いた母親を自分の目で見てきたからです。 無差別空爆で家を失った私の家族は、終戦直後、父は重症の結核患者、私は小学校一年、下に妹が二人いました。末の妹はまだ乳飲み子同然でした。当時の生活環境など今の若い人には想像できないだろうから簡単に説明しましょう。電気冷蔵庫なし、電気洗濯機なし、掃除機なし、ガス、水道なし、水洗トイレなし。水道がないから、借家から百メートルくらい離れた共同井戸でつるべ落としのバケツで水をくみあげ、持ってきたバケツに水をそそぎ、水がいっぱいにはいったバケツを両手で運び、自宅の台所にため水にして使う。ガスがないから薪やすみの生活。電機アイロンさえないからすみを入れたアイロンです。家事そのものが当時の母親にとって大変な重労働なのだ。その上入院している父の世話、子供達の世話、まさに母親八面六臂の大奮闘でした。 父は重症の病だから働けず、収入はない、しかも治療費はかかる。母親は子供達を食べさせなければならない。さつまいもの葉っぱ、大根、にんじんなど、色々な葉っぱを食べさせられた。白米など食べたことがない。母親の死に物狂いの働きをみて私は子供心にも母が倒れたら我が家はもうおしまいということを本能的に感じたのでしょう。私自ら母親の手伝いをしていました。井戸での水汲み、薪割り、トイレの汲み取りなど小学校2,3年ごろから手伝いをしてきました。こんな貧乏暮らしをしていても国家からの福祉は一切期待できなかったのだ。 私が高卒時、昭和32年(1957)、病気で働けない父の診断証明書をつけて大学入学の奨学金を請求しましたが受け入れられませんでした。私の成績が抜群の成績ではなかったからです。本当に優秀な成績ではないと奨学金もかなわなかったのです。それだけ日本は貧乏国だったわけです。中卒の時、就職組みと高校入学組みとは半々でした。しかし実際は就職組みの数の方が多かったと思います。高校入学組みには県立高校に落ちたら就職組みになる人が多かったからです。だから私の年代は、学歴は大卒の人より、中卒と高卒あわせた人達の方が多いのだ。 それがどうですか。来年から高校まで無償だ。終戦直後の生活に較べてあまりにも恵まれています。それでも自殺者が多いのは、国家にとって大きな損失だから国は自殺者の経済的面倒をみろと主張する知識人がいるのだ。私に言わせれば、ふざけるのもいいかげんにしろと言いたい。今はなんでもかんでも国が面倒みろと、国の援助ばかり期待するのが習慣みたいになっているのだ。私の母親みたいに死に物狂いで働いて見ろというのだ。 貧乏になればすぐに生活保護がもらえるから、心底死ぬ気で働く者もなければ、死ぬ気でなくても本当に働く努力を怠っているのではないか。菅谷さん初め現代人の精神的もろさなど指摘されないどころか、経済的な不況になると自殺者が増えるからと経済的な援助を与えようとするばかりで、もっと精神的に強くなれなどと叫ばれることもない。日教組は生徒を過保護に育てるばかりで、いかに子供達が精神的に逞しく育てるかなど考えようともしないのだ。 現代日本人の精神的なひ弱さは、国民だけではありません。政治家も同様です。政治家の精神的もろさの典型的な例は、「靖国神社代替施設」建設案です。戦後、国会は東京裁判など戦争裁判の犠牲者を戦犯者として扱わず法務死として扱い一般将兵と同じ扱いにした。そこで靖国神社は戦争裁判犠牲者を「昭和殉難者」として合祀したのです。戦後の40年間(昭和60年迄)日本の歴代総理大臣、吉田茂から中曽根康弘まで10人の首相が延べ56回靖国神社に参拝しているのだ。 それが昭和60年(1985)8月15日に中曽根首相が靖国神社を参拝した時、その時支那政府は、総理大臣の靖国神社参拝に抗議を表明しました。それ以後中曽根は、首相任期中に靖国神社に参拝することはありませんでした。中曽根以降、靖国神社に参拝したのは橋本首相と小泉首相のふたりだけです。中曽根以降中韓二カ国は、執拗なまでに首相の靖国参拝に反対し続けています。日本の首相が日本国内のどこの神社に参拝しようと勝手な話で、それに反対することは内政干渉です。言い分は日本にあるのです。それにもかかわらず結局、世界中の国々の反対でなく、中韓たった二カ国の強固な反対のために「靖国神社代替施設」建設を考えているのだ。 結局は検事から執拗に「お前がやったのだろう」と責められたら自白してしまった菅谷さんのケースと全く同じです。「靖国神社代替施設」を認めたら戦後40年間歴代の首相が靖国神社に参拝したことが間違だったことになるのだ。自民党の政治家でもあるにもかかわらず、中韓二カ国から執拗に攻められると自分の主義主張がつらぬけなくなり譲歩してしまうという姿勢が見え見えなのだ。靖国参拝問題で日本の主張を貫いたからと言っても戦争になる心配などないどころか、中韓二国が日本と断交してくる心配などすこしもないのに譲歩しようとする姿勢を見せるのは、やはり自民党の政治家自身でさえ精神的なひ弱さを示している証拠です。自民党の議員よ、もっと精神的にタフになれ。 自民党の歴代の首相は、村山談話や河野談話を否定できませんでした。村山談話や河野談話は閣議決定でもなければ国会決議でもありません。あくまでも政治家の個人的談話です。だから首相の一存で否定できるのです。それを否定できないということは、否定した場合の中韓両国の反発や日本国内のマスコミや左翼の反発を恐れているからです。そういう反対を乗り越えてでも自分の主義主張を通す精神的なタフさがない証拠なのです。 日本の首相は、選挙で負けるか、国会で首相不信任案が可決されないかぎり誰も首相を首にできません。首相に確固とした信念と精神的なタフさをそなえていれば、村山談話や河野談話を否定し、自虐史観を否定できるのです。二世議員の首相ではそんな勇気はありません。鳩山首相にいたっては、心は少年時代のまま、知識だけ沢山つけて首相になっただけ。だから友愛などと理想ばかり追い求めて政治を行おうとしているのだ。自虐史観を日本政府自ら払拭しなければ、日本の復活は、絶対にあり得ません。自虐史観を政府自ら公認している限り日本は自滅の道をたどるだけです。いまはもう自滅への道へまっしぐらです。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
ご存知のようにオバマは、最近ノーベル平和賞を受賞した。昨年の11月23日に私はブログで「バラク オバマは任期を全うできるのか」というタイトルで記事を書きました。11月23と言えば、私がブログを開いて一月目ですのでこの記事を読んでいない人が多いと思いますので、全文をここにもう一度披露しました。 「バラク オバマは任期を全うできるのか」 オバマ大統領誕生後のアメリカや世界については専門家たちが色々語ってくれていますので、そこでちょっと違った面からオバマを観察してみました。人間には、自分ではどうしようもない運、不運というものがあるということはどなたでも思うことでしょう。そういう観点からオバマ47歳のこれまでの人生を眺めると、本人とって一番つらい経験は、彼が10歳の時に両親が離婚したことでしょう。この離婚とて二組の夫婦のうち一組は離婚するアメリカにおいては日常茶飯事でめずらしくもなくさして苦労にもならない話です。 従ってオバマの人生は大体においてすべて順調だったことです。子供の頃黒人特有の極貧状態を経験しているわけでもありません。それどころか非常に裕福に暮らしています。83年にコロンビア大学卒業後社会活動に参加、90年にハーバード大学法科大学院に入学。卒業後は人権派弁護士として活躍、2004年に連邦上院議員に当選。一期四年だけです。決して苦学力行型の人間ではありません。ニクソン元大統領の苦学力行は有名です。 オバマは、民主党大統領候補の本命と目されたヒラリーを破り、今度はマケインを破った。大統領選挙中にオバマ陣営を一挙に有利に導いたのが、9月半ばから津波のように襲った米国の金融危機です。戦争はすべての人に災難をもたらすものでもありません。戦争がある人には幸運をあたえることもあります。この度の金融危機で多くの人が損失を出し、ウォール街では十万単位の人々が職を失った。ところがオバマには幸運をもたらしたことは否定できません。 さらに幸運をもたらしたのが、ほとんどのメディアがオバマ贔屓一色だったことです。新聞、テレビ、ラジオなどの論調の90パーセントはオバマ支持だったといわれています。オバマの資質にはすばらしいものがあるのでしょうが、しかし彼の強運さはすごいといわざるをえません。 ブッシュの政策がアメリカ国内で批判を浴びていたことは確かです。そのためブッシュの支持率も非常に低迷いしていました。それでもなぜメディアがあれほどまでにオバマを推したか。私はひょっとしてオバマが黒人だったから優位にたったのではないかと疑っています。アメリカの歴史は、アメリカインディアンから土地を奪い、黒人を奴隷にしてこき使いながら発展してきた事実があります。 そのため黒人への贖罪もあってアメリカのメディアは、オバマを徹底的に非難できなかったのではないでしょうか。もし徹底的に非難したら人種差別主義者とオバマ支持者からあるいは世界から非難が出たでしょう。そのためオバマを支持した方が、かえって自分たちは人種差別主義者でないことを証明したようでメディアには好都合だったのではないでしょうか。これでアメリカのメディアから人種差別主義が一掃されたなどと私は考えていません。 黒人の有権者は、オバマでなくても黒人の大統領候補なら誰でも熱狂的に支持したでしょう。こんな事言えるのも巷の白人たちの間だけで、メディアでは堂々と言えなかったのではないでしょうか。オバマは黒人の有権者の全票を獲得した事でしょう。 オバマの経歴にはいくつかの暗部があります。例えば、彼は上院議員一期四年しかやっていないのにすでに汚職政治家のレッテルをはられていた。また上院選挙時に愛人問題もあった。しかしメディアは、彼の暗部何一つ追及していません。オバマは稀に見る強運のめぐりあわせのもとに大統領になったのです。 若い時にそれえほど苦労することもなくそれでいて大強運にみまわれると、その強運が長続きしないことが多いいのではないでしょうか。また強運の反動にも怖いものがあります。その例をケネディー元大統領にあげて見ると、彼は生まれた時は、大資産家の次男。なにも苦労することもなく大学を出た。彼が働いたたった一つの経験が、大東亜戦争時に海軍に入隊したことでした。 若いアメリカ人男子ほぼ全員ほぼ入隊ですから彼の試練でもなんでもありません。除隊後どこにも勤めることもなく議員に当選。そして親父のお金で大統領選に出馬。当選。ケネディーの人気もすごかったが、ジャクリーン夫人も若いし、きれいだし人気がすごかった。大統領在職中、ケネディーとマリリン・モンローとの関係が暴露された。 その時私は自分の人生とケネディーの人生とを重ねあわせた。理由はその時私は猛烈なマリリン・モンローファンだったからです。モンローの出演映画はすべて見ていたし、現在でもモンロー出演映画のビデオをほとんど持っています。そのくらい私は大変なモンローファンでした。そこでその時私はこう考えたのです。 「俺は子供の時には食うや食わずの極貧状態、やっとの思いで高校を卒後、就職してから苦労の連続、一方ケネディは資産家の息子何一つ苦労する事もなく、一流大学を出、議員になり親父の金で大統領になり、美しい妻もいる。そのうえ世界の大女優、俺の大好きなモンローとベッドを共にしているのだ。俺の人生と比べてあまりにも不公平じゃないか」と、その時の俺は、ケネディーに嫉妬を感じたし、うらやましいと思ったり、癪に障る男でもあった。 そのケディーが大統領任期を全うしないうちにあっさりと暗殺されてしまった。私は現在自分がまがりなりにも幸せだなと思っているせいもあるのか、人生というのは、例外もあるけどけっこうつりあいが取れているのではないかと考えています。若い時があまりにも恵まれすぎているとそれが晩年まで長続きしないのではないか、強運の反動もありえるのではないかと、それにひきかえ若い時苦労しても地道に努力していればある程度は晩年に報われるのではないかと。 話は余談になりますが、ケネディー死後、ケネディーの女たらしがある程度公表されています。近年公開されたFBIのファイルによるとケネディーは、短い大統領任期中32人の女性と関係を持ったというのです。その中に有名な二人の女性がいます。一人はマリリン・モンロー、もう一人は女優の卵のジュディス・キャンベルです。なぜ彼女が有名かというとキャンベルは、シカゴマフィアのボス、サム・ジアンカーナのガールフレンドだったからです。サム・ジアンカーナは、自分のガールフレンドがケネディー大統領と関係を持っていることを知っていました。ケネディーは危険な情事にはまっていたのです。 資産家の息子として生まれ、軍隊に入隊した以外働いたことのない男が大統領になり、当選後はお気に入りの女にはすぐ手をだす。大統領選挙戦の相手は、苦学力行型のニクソンです。これでは人生あまりにも不公平とニクソンは思ったにちがいない。私もそう思いました。そのケネディーは、大統領任期中に暗殺されてしまいました。ケネディー暗殺後、弟のロバート・ケネデイー司法長官も、マリリン・モンローと関係を持ちました。その弟も暗殺されてしまいました。この二人の兄弟の暗殺には、いくつかの背景が語られています。しかし二人に共通の暗殺原因があります。 それは「親の因果が子に報い」だと私は思っています。ケネディー大統領の父は、禁酒法時代、密造酒の販売で財をなしたことで有名です。無論マフィアとの関連もありました。 「親の因果」など日本の警句を持ち出しているが、それと同じ意味の英語があるのか、という質問が出るのではと思い、調べておきました。全く同じ意味の英語表現があるのです。英語では、「The sins of the father are visited upon the sons.」 旧約聖書からきた言葉と言われています。ケネディー兄弟の暗殺は、この警句を地で行っています。「親の因果が子に報い」などと爺くさいことをと、言う人がいるかもしれません。しかし東西両極端には離れた民族、また極端に異なる文化を持つ民族になにか宗教がかった同じ警句があるということは大変興味深いものがあります。 話をバラク・オバマにもどしましょう。オバマも大変な強運の持ち主です。若い時それほど苦労せず、行政の実績何一つなく、メディアの全面的な支持を得、選挙戦中には金融危機がおこり、形勢が一挙に有利になり当選してしまいました。オバマは雄弁家だと言われています。自己主張の弱い日本では雄弁家といわれてもそれほど重要視されないでしょう。雄弁家すなわち舌先三寸でちょろまかしのイメイジの方が強いのではないでしょうか。 私も雄弁家はあまりかってはいません。しかしアメリカ人にとっては雄弁家というのは強力な武器で、聴衆者を催眠術にかける威力があるような気さえします。Change, Change, Changeと言うけどなにをChangeするのか具体性がないくせに、聴衆はYes, we can.,Yes, we can.とまるで放心状態のように応答するのです。アメリカ人は雄弁家が好きなんですね。ヒトラーも雄弁家で有名でした。 要するに私はオバマの強運さを取り越し苦労のように心配しているのです。もう一つ心配していることがあります。オバマの父親はいまどうしているかです。死んだとは聞いていません。あるいはもう死んでいるのかもしれません。母国のケニアに帰ったとは聞いているが、父親の出身地がテレビに映りだされたとき、父親について語られることもなかった。アメリカの大統領候補にでもなるとメディアが候補の過去を徹底して調べ上げることは有名です。しかし今回メディアは、オバマの父親についてほとんどなにも報じていません。 なにか隠しているのではないかと私は疑っています。何故なら今回の選挙ではアメリカのメディアは、オバマ贔屓だったからです。バラク・オバマのミドルネームはフセインです。フセインという名前はアメリカで嫌われています。マケイン陣営が、フセインの名前を持ち出したとき、メディアはあまりにも偏見に満ちているとして蓋をしてしまい二度とフセインというミドルネームが話題になりませんでした。 このため日本でもバラク・オバマのミドルネームがフセインであることがあまり知られていません。メディアによって何も語られることのない理由は、オバマの父親には選挙戦で不利になる汚点があったのではないかと思っています。汚点があると私は、「親の因果が子に報い」ということを心配しなければならなくなります。 何も「親の因果」を心配しなくても、オバマには暗殺される可能性が非常に大きいと思います。勿論黒人だからです。選挙戦後半からオバマの警護が強化されています。大統領選挙では、州総取り方式ですのでオバマ圧勝の印象をあたえますが、総投票数は一億一千万票あまり、そのうちマケインが獲得したのが46パーセントです。 下馬評のわりにはマケインの善戦です。それだけオバマではいやだという人も多いいのです。アメリカには白人の人種差別主義者は健在です。オバマ大統領の経済政策の効果がなかなか上がらず、不況が続き、オバマへの期待に絶望感を感じるようだと貧乏白人の怒りを買い、暗殺される可能性が高くなるでしょう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ここから本日のブログ記事です。上記の記事のように私は、オバマのあまりの強運に余計な心配をしているのですが、今度はさらにノーベル平和賞まで授けられるという強運に出会っています。今月21日に発行されたアメリカの週刊誌、ニュ−ズウィークは、オバマに対して強運さには謙虚に対処しなととんでもないしっぺ返しに会うぞと警告しています。 ニューズウィーク誌も私と同じようにオバマの強運の強さを心配し始めたのでしょうか。その記事の一部を紹介しましょう 「はっきりしているのは、現職大統領が現実に功績を挙げないうちに称賛を浴びるのは好ましくないということだ。それに今回のオバマのノーベル平和賞受賞は、アメリカ人が好む『逆境を跳ね返して手にした勝利』とはことなる。(以下中略) オバマ自身、自分はつくづく運に恵まれているようだと自伝の中で書いている。そのことが分かっているのであれば、身の程をわきまえて謙虚に振る舞ったほうがいい。まだ勝利を収めていないばかりか、出場すらしていないレースで賞をもらうようなまねすればいつかしっぺ返しを食らう。 古代ローマの皇帝たちは自分が思いあがらないように、召使に命じて、「皇帝といえども死を免れない一人の人間なのだ」と常に耳元でささやかせたという。オバマもそれに倣うべきだ(一日たりとも欠かせないその仕事は、首席補佐官のラーム・エマニュエルに任せるのがいいだろう)。 一週間前に第二の故郷であるシカゴにオリンピックを招致するためにデンマークのコペンハーゲンに乗り込んだことをオバマは早くも後悔しているに違いないが、12月にノーベル平和賞の授賞式のためにノールウェーのオスロまで嬉々として出かけていけば、それこそ一生後悔する羽目になるかもしれない。努力せず与えられた称賛を浴びて平気でいられる人間には、得てしてろくな運命が待っていない。」 どうですか、この記事。選挙前あれほどメディアはオバマびいきだったのに今では、実に手厳しい。ニュ−ズウィーク誌ばかりでなく、アメリカでは一般的にオバマのノーベルへ平和賞受賞には疑問や反対の声が大きい。それにオバマ人気も急降下しているだけにノーベル平和賞受賞には手厳しくなりがちです。ノーベル平和賞は、オバマにとって強運とか幸運とか呼べるのでしょうか。私はオバマにとってありがた迷惑な賞ではないかと推察しています。なにやら占い的になってしまいますが、このノーベル章受賞が、オバマの幸運続きの運のつきになるような気がしてなりません。 オバマは黒人大統領なだけに人気の反動が恐い。オバマは現在新しい疑念を払拭できないでいます。オバマはハワイ生まれと言われていますが、その出生証明書の提出に弁護士を使って拒否しているのです。アメリカでは憲法で大統領になれるのはアメリカ生まれと規定されています。なぜオバマは出生証明書の提出を拒むのでしょうか。もともとオバマは、謎の多い人間だったのに選挙期間中メディアが目をつぶっていた面があります。オバマの人気度がさらに低下すれば、この点が今度は強く再燃化するかもしれません。 オバマにとって最良の解決策は、早くアメリカ経済を活性化させることです。経済が順調にゆけば、クリントン元大統領みたいにすけべで不道徳な大統領でもアメリカ国民は受け入れてくれるのだ。オバマは頭がきれる、弁舌さわやかな雄弁家だ、それに自分自身が黒人であるというだけで優位にたてるほどの強運の持ち主で大統領にまでなった。こういう人間がこの先どういう人生経路をたどってゆくのか、不運な人間とは呼べないまでも決して強運ではなかった自称苦労人の私には、非常に興味の対象になる人間です。 追記: 本日でブログを開いて満一年になりました。毎週日曜日に更新してきたいたせいか一週間があっという間にたち、早くも一年たちました。このまま今年いっぱいまで続けるつもりです。来年からはブログをどうするか、止めるか、続けるか、続けるにしても不定期に更新するか、あるいは「歴史街道と時事海外評論」などというわくをはめずに自由自在に書いてみるか、などと色々と考えています。いずれにしても年内に結論を出すつもりでいます。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
こんな大それたタイトルで一介の定年サラリーマンが文章を書けるということも、ブログの長所の一つでしょう。しかし書いたところで学生諸君や隊員が読んでくれるかどうかわかりません。しかし私の身の回りには沢山の防衛大OBや自衛隊OBがおります。もし私の考えに同意していただけたら、ぜひ日本の一市民の声として学生諸君や隊員の一人にでも伝えていただけたらと思っています。 二年前私は、初めてテレビ出演しました。番組は日本テレビが毎週金曜日に放映している「太田総理」でした。その時自民党の石破議員が一緒に出演していました。その時の石破の肩書きは、元防衛庁長官でした。その番組で石破は自虐史観を披露しました。私はこの時非常にショックを受けました。元防衛庁長官とあろうものが、自虐史観の持ち主とは、何事だと自然と怒りが沸いてきたのです。私は自民党政府が、村山談話を踏襲していたのは知っていました。また村山談話踏襲には、自民党政府の不必要な外交上の遠慮もあるとも見ています。しかし自民党内には、村山談話に反対している人も沢山います。私はまさか防衛庁長官とあろうものが自虐史観の持ち主だなどとそれまで考えたこともありませんでした。 テレビの収録が終わったとき、石破は覚えているかどうか知りませんが、私は、大きな声で罵倒しました。「もっと歴史を勉強しろ」などのようなことを言ったと思います。最近では元航空幕僚長、田母神氏が、日本は侵略国家でないという論文を私企業が応募している論文に発表したというので政府から解任されました。田母神氏解任劇が、NHKのテレビ番組、「クローズアップ現代」に放映されました。田母神氏の話によるとNHKから一時間以上のインタビューを受けたと言っていました。ところが「クローズアップ現代」では、田母神氏の発言は、たった二言か三言でした。田母神に反して沢山画面に登場したのが、防衛大学校長、五百旗頭真(イオキベ マコト)でした。私は驚きました。五百旗頭(イオキベ)が自虐史観を披露したからでした。防衛大学の校長が、防衛大生に自虐史観を教えるなどということは絶対にあってはならないことです。 今月5日に、私は第36回防衛セミナーを聞きに参加してきました。防衛セミナーは、自衛隊OBの集まりである隊友会の主催、防衛省後援の下に昭和50年から毎年一回開かれ、今年で36回目です。なぜ私が参加したかというと、その切符が手に入ったことと、講演者の一人が防衛大学校長の五百旗頭(イオキベ)だったからです。五百旗頭の発言次第では、私は、大勢の聴講者を前にして痛烈な質問を浴びせ、罵倒してやるつもりでした。 五百旗頭は、「激動の世界と日本の安全保障」の演題の下に一時間半の講演を行いました。講演の前半はほとんど防衛大学の自慢話でした。彼は自虐史観に触れはしましたが、わざと深入りしませんでした。問題発言になるのが怖かったのでしょう。講演内容はたいした内容ではありませんでした。それよりも私が気になったのは、五百旗頭は、これまでの防衛大学の歴代校長と違って、自分自身が教室で教鞭をとり学生に単位を与えていることです。私は、彼は歴史学者だけに自分自身が教室で自虐史観を学生に刷り込みをやっているのではないかと疑いました。彼への質問の中にその辺のことも尋ねるつもりでしたが、彼は、これまでの歴史観からして痛烈な質問を浴びせられるのではないかと恐れたのでしょう、彼は質問時間を設けずに講演を終わらせてしまいました。 大東亜戦争を自虐史観、すなわち侵略戦争と見るか、自衛戦争と見るか、国家の根源にかかわる問題です。自虐史観を強制的に防衛大生や自衛隊隊員に押し付けることには絶対に反対です。自虐史観の下では日本の再生は絶対にありえないからです。そこで自虐史観の成り立ちとその欠陥を簡単に説明しましょう。 1.自虐史観の成り立ち 大東亜戦争敗戦後、皆さんご存知ように日本はアメリカ占領軍の統治を受けました。その統治を受けた期間は正味6年10ヶ月です。日本統治においてアメリカ占領軍が直ちに実行したことの一つに徹底した検閲があります。検閲によって大東亜戦争という言葉の使用禁止し、太平洋戦争という言葉の使用を強制した。太平洋戦争というのは、彼らの戦争史観で、日本は侵略国で正義のアメリカが日本をやっつけたという史観です。日本は敗戦国でアメリカ軍に占領されて統治を受けていますから、少なくとも統治期間は、日本政府も、歴史家や知識人も太平洋戦争史観に従わざるを得なかったのです。これが自虐史観の始まりです。歴史家や知識人は、自虐史観に抵抗するより、自虐史観を受け入れた方が社会的栄達への近道でもあったのです。 2.自虐史観の欠陥 自虐史観の欠陥は、大東亜戦争を昭和史として扱うことです。例えば昭和2年に日本軍の山東出兵、昭和6年に満州事変が起こります。ここから大東亜戦争を語り昭和史を克明に追う。すなわち昭和の日本国内のことだけを克明に調べて日本を侵略国家に仕立て上げ、正義の国、アメリカが日本をやっつける筋立てにしているのです。アメリカ、ソ連、イギリス、ドイツなど白人主要国家が長年日本にどう対応してきたか眼中にないのだ。すなわち大東亜戦争を世界史の中でながめようとは絶対にしないのです。 1492年コロンブスがアメリカ大陸に到着して以来、大航海時代が始まり、それから450年間、白人国家は有色人種国家を侵略続けました。その結果有色人種の国での独立国は、日本を入れて五本の指にも満たない国家郡になってしまいました。急いで明治維新をなしとげた日本は、有色人種の国々の中でただ一国、欧米白人国家に追いつくべく懸命に努力しました。白人国家は、追いついてくる日本を軍事的にも、経済的にも、外交的にもしめつけを強くした。その中で日本は、懸命になって苦労しながら自己主張続けてきた。その延長の結果として大東亜戦争が勃発したのです。 従って大東亜戦争の本質を知るためにはペリーの来航から語らなければならないのです。それではなぜ自虐史観論者は、それをしないか。ペリー来航から語ると日本という国を侵略国家にできず、悪者にできないからです。自虐史観論者は、なにがなんでも日本を侵略国家という悪い国にして、正義の国、アメリカに征伐させたいのです。 3.自虐史観論者の実態 今から30年前ぐらいまでは、日本国内は、戦後ずっと自虐史観一辺倒でした。歴史家や知識人など自虐史観でないと社会的な栄達はほとんど無理でした。現在知識人の中で自虐史観論者の御三家といえば半藤一利、秦郁彦、保坂正康です。この三人の年齢を見てみましょう。半藤一利79歳、秦郁彦77歳、保坂正康70歳、この三人は自虐史観で功成りとげた人達です。いまさら自虐史観を変えられません。また変えてしまったら今までの自分の人生を否定することになります。残念ながら彼らは長生きしすぎたのです。大東亜戦争の日本側の資料は、敗戦国ゆえほとんど出尽しています。アメリカはいまだに公表しませんが、外国から出る資料は、日本にとって有利な情報がほとんどです。例えば半藤一利は書いた「ノモンハンの夏」では日本の完敗ですが、とんでもないロシア側の資料では、日本が勝っているのです。自分にとって都合の悪い資料が出ると懸命になって否定するのだ。 五百旗頭は66歳。彼は防衛大校長ですが、専門は歴史家です。歴史家は、大学で自虐史観を教わったら、それに従わなければ就職にありつけません。現在の大学では、特に一流大学の歴史は自虐史観一辺倒です。もし学生が途中で自虐史観から自衛戦争史観に変えたらもう就職先はありません。かくして一流大学では、自虐史観論者を吐き出しつづけるわけです。 防衛大学の学生や自衛隊員の皆さんは、学校では日教組によって自虐史観を教え込まれます。防衛大学に入れば校長は自虐史観論者、自衛隊に入れば、政府は村山談話の踏襲者、自衛隊幹部が日本は侵略国家でないと発言すれば、解任されるという現状では、皆さんが自虐史観に傾くのは無理がないと思います。しかし自虐史観では、大東亜戦争の実態を知ることはできません。それどころか実態を覆い隠すことになります。したがって皆さんには、独自で大東亜戦争の勉強をしてもらいたいのです。独自で大東亜戦争の勉強とはなにか。読書です。 皆さんには最低四冊の本を読んでもらいたい。自虐史観の本を二冊、自衛戦争を主張する本を二冊読んでもらいたい。そして自分で考えた自分なりの大東亜戦争史観を持ってもらいたいのです。そして最後にこの本だけは読んでもらいたいのです。私は、日本国民必読の本だと思っています。その本とは、アメリカ人女性の東洋史学者、ヘレン・ミアーズ(HELEN MEARS)女史が書いた「アメリカの鏡・日本」(原題:Mirror for Americans: JAPAN)です。 ヘレンは1900年ニュヨーク生まれ、戦前に支那と日本を訪れています。戦争中、ヘレンは大学で教鞭をとっていました。終戦の翌年、昭和21年(1946)へレンは、東京のGHQ(連合軍国最高司令官総司令部)、すなわちアメリカ占領軍日本統治総司令部の労働諮問委員会の11人のメンバーの一人として来日し、日本の労働組合法等、労働法の策定に参加した。そのためへレンは、戦後のアメリカ軍による日本統治の実態を十分に知り得る立場にいたわけです。ヘレンは帰国後の昭和23年(1948)、すなわち終戦わずか3年後に「アメリカの鏡・日本」を出版した。 日本の占領軍司令官、マッカーサーは、この本を読んでアメリカ軍による日本統治の間はこの本を翻訳出版することを禁止した。この本の内容が、徹底したアメリカ批判、日本弁護と日本の言い分の主張だったからです。アメリカ軍による日本占領統治が終わり、日本が独立を回復した翌年、昭和28年(1953)にこの本が日本語に翻訳され「アメリカの反省」というタイトルで出版されました。しかしこの本は当時全く注目されませんでした。当然でしょう。当時は自虐史観の全盛期、自虐史観論者の顔色を真っ青にさせるような本が注目されるわけがありません。 ヘレンは、この本を出版したため彼女の学者としての栄達の道が完全に閉ざされたと言われています。当然でしょう。現在こういう本が出版されてもそれほどアメリカ国内で大きな問題にはならないでしょう。しかし終戦後わずか3年後の出版です。アメリカ中が憎むべき日本を完膚なまでに叩きのめして勝利感と優越感に酔っている時です。その時にヘレンは、徹底してアメリカを批判し、日本の言い分を主張した本を出版したのです。 皆さん想像してみてください。日露戦争勝利後、日本国中がちょうちん行列で勝利を祝いました。まだ勝利の祝いの酔いがさめていない3年後にある日本の学者が、徹底して日本批判し、ロシアの言い分を主張した本が出版しとしたらどうでしょう。その作者は、学者としての栄達の道は、完全にとざされるでしょう。それどころかその本を出版してくれる出版社が現れることはないのではないでしょうか。それだけに私は、ヘレンの勇気に感心するのです。例えアメリカ国中が熱狂的に勝利に酔っていても、「私の考えは違う」とその信念を本にする勇気、しかしそのためにヘレンは、学者仲間から痛烈に批判を浴びることを覚悟したでしょう。 いわばヘレンの将来の学者としての地位を犠牲にして出来た本だけに、彼女のためにも日本ではベストとセラーにしてあげたかった本だと私は思っています。マッカーサーが占領統治早々に「大東亜戦争という言葉を使うな」、「太平洋戦争という言葉を使え」という命令が、独立回復後の日本が平然と「太平洋戦争」という言葉を使い続けるなどとは、ヘレンは想像さえもしなかったのではないでしょうか。 大東亜戦争終了後50年目の平成6年(1995)、私が57歳の時、伊藤延司氏によってヘレンの本が再び翻訳され、「アメリカの鏡・日本」というタイトルでメディアファクトリー社から出版されました。今回は前作の本よりは売れたことは間違いありません。保守層の間でかなり読まれているはずです。しかし残念ながらベストセラーにならなかった。日本でベストセラーにならなかったことが、ヘレンの稀に見る勇気さが何一つ報われなかったように思われて私には非常に残念でなりません。 本出版後数年にして出版社、メディアファクトリー社が倒産、この本は一時期絶版になってしまいましたが、角川出版がこの本をそのまま平成17年(2005)に出版しています。本書の中でヘレンは、こう書いています。 「米国は戦争に勝つために日本を占領したのではない占領そのものが目的だったのだ。米国は日本が脅威だったから日本と戦ったのではない。日本の脅威をことさら強調し、それを口実に日本国民と日本文明の破壊のために戦争に追い込んだのだ。」 それではなぜ、アメリカは「日本国民と日本文明の破壊のために戦争に追い込んだ」のか。私はそれに対する回答を持っています。皆さんには、前にも触れましたが、最低2冊の自虐史観の本、最低2冊の自衛戦争史観の本、そしてこの「アメリカの鏡・日本」を読んでこの回答を引き出してほしいと思います。 追記: 私の大作「大東亜戦争は、アメリカが悪い」は、出版社倒産のため店頭では販売されていません。しかしまだ在庫があります。ご希望があれば実費1500円(郵送代込み)で販売します。メイルで住所を教えていただければ、郵送します。 書評についてはアマゾンで四人の五つ星カスタマーレビューがありますが、そのうちの一人のカスタマーレビュウーを記しておきます。 「日本人が誇り高く生きるための歴史観を史実を基にしめす。」 「この書は出典を明確にして、日本近代史の重要な事件の本質的な理解を示す貴重な考え方を縦横に披瀝する。支那と米国の反日行動に挟撃され、日本が大東亜戦争に突入せざるを得なくなる事情の描写は素晴らしく林房雄氏の名著<大東亜戦争肯定論>と並ぶほどのレベルの高さ。 東京裁判史観や司馬史観に慣らされた人々にとってまさに目から鱗の落ちること疑いない。定年サラリーマンの挑戦と著者は謙遜するが出来ばえには相当の自信があるにちがいない。」 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
東京オリンピックについて今年の3月8日に私は次のようなブログを載せました。その記事の全文を再度載せてみました。以下が全文です。 「オリンピック東京招致応援の意味」 一月前ほど、NHKテレビでオリンピック東京招致の舞台裏の模様を放送していました。舞台裏の模様とは何か。東京オリンピックの世論の支持率が低い、そのために支持率をアップするための東京都広報部の奮闘振りの放送でした。 2016年のオリンピック開催を目指して、今のところ有力視されているのが、東京、アメリカのシカゴ、スペインのマドリードとブラジルのリオデジャネイロの四都市です。第一次予選では東京は一位になっています。総合力で東京が一位ですが、その四都市の中で世論のオリンピック支持率では、東京が最下位でした。 東京以外の三都市の支持率が全部70パーセント以上だったのに対して東京の支持率は59パーセントで、大分水をあけられています。オリンピック招致成功の要因には、世論の支持率が高いことが絶対条件です。従ってIOCは、候補地決定前に独自で世論の支持率調査をします。 このため東京都は、世論の支持率アップに試行錯誤をくりかえしながら支持率アップに余念がない。最近では水泳の北島選手を初め金メダル獲得選手にキャンペーン運動に参加させ、聴衆前でスピーチさせたりして、今年にはいって支持率70パーセントぐらいまで上げてきていますが、いまひとつ世論がもりあがっていないことはいなめません、 そこでさらに盛り上がらせるために計画されたのが、今月3月1日に実行されたレイボーブリッジの解放です。レインボーブリッジを開通以来初めて車の通行を禁止し、5000人を歩かせました。テレビのアナウンサーがオリンピック支持を盛り上げるための行進と説明していました。テレビのアナウンサーの説明がなければ、レイボーブリッジが歩行者天国になったとしか考えられなかったでしょう。 なぜ歩行者一人ひとりに五輪の旗と日章旗をもたせてはでに行進させなかったのでしょうか。翌日の朝刊の写真では、ただ長い行列が橋の上を行進しているだけの印象しかあたえません。あきらかに演出の失敗です。 世論のもりあがらない最大の原因は、マスコミの冷淡さにあると私はみています。また野党第一党の民主党も大変非協力的です。日本のマスコミは、日本を批判するためなら嘘をついても、夢中かつ必死になって総力をあげるくせに、日本を外国に宣伝するとなるとかいもく興味をしめさなくなる、いわゆる反日的態度をとるのを常としています。 また日本のマスコミは、石原都知事がきらいです。彼らは東京オリンピック招致を不成功に終わらせ、石原知事を批判する材料にしようとしているのではないかと勘ぐりたくなります。日頃から日本のマスコミの偏向にいらだっている私としては、余計に東京オリンピックを支持したくなります。 私が東京オリンピック支持する二つ目の理由は、国家意識再生です。現在の日本国民の国家意識は私のような保守の一部を除くと最低です。特にマスコミや左巻きの知識人の国家意識は最低中の最低だ。彼らは日本政府や日本人政治家を徹底してけなすくせに、外国政府や外国人政治家を徹底してけなしたことがない。彼らがけなす外国政府が一つだけある。それはアメリカだ。 中国、北朝鮮、韓国、ロシア、この4カ国を、一度でもいいから日本のマスコミや左巻き知識人が徹底して批判したことありますか。確か44、5年前の東京オリンピックの時には、まだ日本国民には国家意識はありました。しかし現在は最低です。今回東京オリンピック開催を勝ち取るために国民の国家意識を盛り上げようではありませんか。 テレビ番組の中で東京都広報部は、世論の支持率アップのために、オリンピックは子供に夢を与えるとか、候補都市のなかで東京都が一番少ない予算だとか、自然と共存し環境破壊がないとか、いろいろ理由をあげて、都民にアピールしていますが、そのアピールの中に国家意識をアピールする作戦が全然語られることがなかったのが不思議でなりません オリンピック招致支持の三番目の理由は、現在の経済的閉塞感の打破です。現在は世界的に大不況です。これからますます悪くなっていくでしょう。オリンピックという大プロジェクトを獲得すれば、国民の気分を明るくする格好の材料になります。オリンピック招致決定は、今年の10月初めです。決定すればオリンピックプロジェクトが動き出します。雇用の機会が増えます。このため東京を含む4都市は、現在では立候補を決断した時以上に、オリンピック招致に熱が入っているに違いありません。 私は、東京の最大のライバルは、アメリカのシカゴだと考えています。シカゴはオバマ大統領の地元です。2014年の冬季オリンピックは、ロシアのソチに決定しました。最終招致演説には、プーチン大統領が出席し自ら招致演説してソチを獲得しています。国の最高責任者が最終招致演説をするという前例をつくりました。 私はこんどのオリンピックの最終招致演説には、オバマ大統領が乗り込んでくるだろうと予想しています。なぜならオバマはシカゴ出身、それにいまところアフリカの黒人国家には、人気があります。まさにシカゴは東京の強敵です。オリンピック招致は、もはや都市どうしの争いではありません。国家どうしの争いです。特に現状のような世界的不況の状況ではなおさらです。 日本外交でも、オリンピック委員会の各委員の出身国を調べ、日本から沢山の経済援助を受けている国があれば、東京に投票するようよびかけ、もし東京に投票しなかったら日本の援助打ち切りぐらいの脅しをかけたらどうか。 石原知事は、日本は巧緻にたけた外交戦では勝てないと公言していますが、今から東京招致失敗の場合の記者会見用のせりふを使ってどうするのかと言いたい。都民の多額の税金が使われているのです。 シカゴはオバマ大統領かついで一致団結して戦ってくるでしょう。これに対して日本も東京都、政府、マスコミ、都民・国民の一致団結が必要です。昔の東京オリンピックのように一致団結しようではありませんか。せっかく東京は予選一位で通過しているのだ、都民よ、国民よ、もっと東京オリンピックを支持しようではないか。オバマのアメリカに勝とうではないか。 私の個人的考えを言わせてもらえば、東京落選でもリオデジャネイロが勝てば納得もします、なにしろ南米でオリンピックが開かれたことがないからです。シカゴやマドリードに負けるならこれほど腹の立つ事はありません。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ここまでが今年の3月8日に書いたブログの全文です。そしてここからが本日のブログの始まりです。 ご存知のように東京は落選、リオデジャネイロが当選です。多くの国民は私と同じようにリオデジャネイロならしかたがないとの思いではないでしょうか。落選の原因は、鳩山の民主党政権の全責任とは言いませんが、半分の責任はあると思っています。後の半分はマスコミの責任でしょう。世論に熱気がなくいま一つだったのもマスコミと民主党の協力がなかったからです。 前のブログでも触れましたように、鳩山の民主党は、オリンピックには非常に非協力的でした。民主党は政権を取る前は、オリンピックには非常に冷淡だったのだ。鳩山は、平成19年の4月には自分のメルマガで「傲慢不遜な石原氏の五輪などという時代錯誤的発想」と言っていたし、今年の2月には現在、菅直人副総理・国家戦略担当相は、「石原氏の都政の失敗を五輪で回復しようとするのを、なぜ国会議員が協力しなければならないのか」とまで言っているいのだ。 鳩山が幹事長であった今年の2月10日の幹事長記者会見では、「なぜ今、東京オリンピックが必要なのか、苦しんでいる人のために社会保障政策を充実するほうが、はるかに東京としてやるべき仕事ではないか、そんな思いもないわけではない。しかし、スポーツの祭典であり国民の気持ちが晴れやかにになるならそれも悪いことではない」と語っています。野党であった民主党は、政府が関与するものには全てに反対するという、いわゆる反対のためのオリンピック東京反対で、国のことを考えての反対ではないのだ。オリンピックによる経済効果など考えようともしないのだ。 それが民主党の政権が確実視されると8月11日の記者会見では、「東京でやる意味がどこまであるのかという思いがあったが、最終的に招致に前向きと賛成した。実現に向け努力したい」に変わっていったのです。 野党の時には反対であったが、政権をとり首相になったら賛成になったのだ。こんな情報は、開催地を決める投票権をもっている各IOC委員には、マイナスなることはあっても決してプラスになることはありません。世論の熱狂的な支持もなく、政権担当者の心変わり、マスコミの冷淡さ、これでは東京は勝てないと予想し、シカゴとリオデジャネイロの争いになると私は思っていました。ところがシカゴが最初に脱落したのにはびっくりしました。シカゴの準備態勢にIOC委員達は、不満だったのでしょう。シカゴはオバマの演説だけが頼りになってしまったのでしょう。 鳩山が招致演説に出席するとなかなか発言しないので業を煮やした石原は、直島官房長官を訪問し、脅しをかけたのでしょう。私が石原ならこう脅します。 「鳩山首相に招致演説をしてもらいたい。もし拒否されるなら東京は間違いなく落選する。そうなったら私は黙ってはいない。猛烈に鳩山を非難する。最初から東京招致に反対、首相になった時点では、日本経済はさらに落ち込んでいる。オリンピック招致は、経済効果、国民の心を明るくする心理的効果が大きい。そういうチャンスがありながらわざわざ招致演説をも拒否するつもりか。鳩山が招致演説に出席して東京が負けても私は、鳩山を非難するつもりはない。かえってご苦労さまと言うつもりだ」 恐らくこれに似たような脅しを石原は直島官房長官にかけたのでしょう。土壇場になって、コペンハーゲンに出席して招致演説をすることになった。いままで「五輪などという時代錯誤的発想」と言っていた鳩山が、今度は五輪賛成、招致演説だ。それで東京が当選できるほど国際社会は甘くはないのだ。この点をマスコミから鋭く批判されても当然なのだ。産経新聞は、控えめな鳩山批判をしていたが、他のマスコミはどうだったのでしょうか。オバマ大統領は、帰国後五輪招致失敗で批判にさらされていました。 要するに野党時代の民主党は、政権奪取が最優先で国家のことなど考えていなかったのだ。 政府支援の東京オリンピック反対は、政権奪取の一つの手段に過ぎなかった。その東京オリンピックは、日本の経済再生のためにのどから手がでるほどほしかったのだ。私は、前のブログで東京オリンピック賛成に三つの理由をあげました。その一つに日本経済の落ち目の回復材料です。私はブログでこう書いています。 「現在の経済的閉塞感の打破です。現在は世界的に大不況です。これからますます悪くなっていくでしょう。オリンピックという大プロジェクトを獲得すれば、国民の気分を明るくする格好の材料になります。オリンピック招致決定は、今年の10月初めです。決定すればオリンピックプロジェクトが動き出します。雇用の機会が増えます」 日本経済の低迷はもう長期トレンドに入っているのだ。これを打破するにはもう起死回生の策しかない。東京オリンピックは、格好の起死回生策だったのだ。バカ、アホ、ノータリンの鳩山は、このことが理解できないのだ。マスコミが民主党を支援するのもいい、ある特定の国に肩入れするのもいい。しかしマスコミにとって最も大事なことは日本という国家を強力に支援し、日本という国家を最も大事にすることなのだ。それができていないからマスコミならぬマスゴミと言われるのだ。それに対してマスゴミは返す言葉があるのか。 追記: たまに私のブログを読んでいる人に出くわします。そのときよく聞かれるのは、「えんだんじ」とはなんですか、なにか意味があるのですか、お寺の名前ですかとかいろいろ聞かれます。この際説明しておきます。「えんだんじ」には意味があります。漢字で書くとわかります。漢字は「炎男爺」です。正確に読むと「えんだんじい」です。しかし「い」はいらないから略しています。意味は文字通り「爺さんだが心はまだ炎のように燃えている男」です。 もっとも「炎の男であったが今では爺さんになってしまった」とも解釈できます。この解釈では、私の未来がなくなり心理的に消極的になりおもしろくない。そこで前者の解釈でこれからも積極的に生きるのだと自分で自分を叱咤激励しているわけです。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
毎週日曜日に更新している私のブログ記事、今回は旅行のため一日早めて本日(土曜日)に更新させていただきました。 アメリカのオバマ大統領が9月24日国連の安保理会合の議長を務め、核軍縮・核不拡散をテーマにして論議し、その結果全参加国は「核兵器のない世界」を目指す決議を全会一致で採択した。 「核兵器のない世界」をめざすとオバマが呼びかけたからといって、彼の頭の中にあるのは世界ではなくて、アメリカ第一主義、国益中心だということです。その点を鳩山首相や日本の左翼は、勘違いしているのだ。9月30日発行のアメリカの週刊誌ニューズウィーク紙でも、オバマの呼びかけは、「一つの前提に基づいている。核兵器はアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』であるというものだ」と書いています。 この週刊誌の記事については、読者の中には不思議に思う人がいるかもしれません。なぜなら日本みたいに核を持ってない国が、核兵器は日本の安全保障にとって『最大の脅威』と言うならわかります。しかしアメリカは核保有国であるし、そのうえ世界最強の軍事力を持っているのに、核兵器はアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』とは納得できないからです。 実はアメリカの世界一の軍事力にも弱みがあった。その弱みを理解するために強みを説明しましょう。アメリカはいくら北朝鮮が、アメリカ本土に核兵器をぶちこんでも恐くありません。すぐに反撃して北朝鮮を壊滅できます。北朝鮮ばかりでなく例えロシアでも支那でもアメリカ本土に核兵器をぶちこんでも、反撃して相手国をやっつけることができます。現在世界でたった一国だけでアメリカに戦争をしかけて勝てる国はありません。ところがそのアメリカに弱みがありました。その弱みを露呈したのが、2001年のニューヨーク同時多発テロです。 あの同時多発テロにアメリカ国民は驚愕動転しました。アメリカという国の象徴ともいうべき都市、ニューヨークが不意に爆撃を受けたのと同然になってしまったからです。実はこれまでアメリカ本土が爆撃されたのは、アメリカが独立を求めてイギリスと独立戦争した時のイギリス軍によるものだけでした。日本との戦争でもハワイがやられただけでアメリカ本土はなにも攻撃を受けていません。そのアメリカ本土がテロにあっさりと空爆されたのと同然の姿をさらしたわけですからアメリカ人にとっては大ショックでした。 この同時多発テロでアメリカは二つの事を知りました。アメリカはテロ攻撃に弱いこと、テロとは戦争できないこと。テロリストの仕業とわかっていてもアメリカは何処の国と戦争しかけてよいかわからいからです。あの「目には目を、歯には歯を」というメンタリティーを持っているアメリカ国民が、どこに反撃していいかわからないのです。これほどアメリカ国民にとってショックなことはありません。さらにアメリカ人の悪夢になったのが「もし核兵器がテロリストに渡ったら」どうなるか。アメリカは、世界中のテロリストが一番嫌っている国です。そのテロリストに核兵器が渡ったら、それだけでアメリカ国民には、身震いするほど恐い話です。そのため同時多発テロ事件以来、アメリカは、核拡散による核が絶対にテロリストに渡らせないことを優先することが国策になったのです。だから最初に触れましたようにニューズウイーク紙が、「核兵器がアメリカの安全保障にとって『最大の脅威』であるというものだ」と書いているのは、ロシアなどが持っている大国の核兵器が脅威ではなくて、テロリストに核が渡った場合の核が脅威になったのです。 同時多発テロが起こった頃フセイン大統領が支配したイラクが核開発をしているとか、もうすでに核兵器を持っているとかがニュースになっていました。アメリカは、フセインのイラクが核兵器開発し、それがテロリスト、アルカイーダの手に渡るのを防ぐためにイラクと戦争した。その結果は、イラクは核兵器を開発していなかったのがわかりました。アフガニスタンでは、やっつけたはずのタリバンが復活してきてアメリカを初めとする多国籍軍と戦闘活動をしています。アフガニスタン全土がタリバンの支配に入ると隣国のパキスタンは核保有国です。しかもパキスタンの政情は不安定です。ひょっとしてパキスタンの核がタリバンの手に入るかもしれません。 とにかく現在のアメリカは、核兵器が所有する国々が続々現れ、核拡散が続くようだと核がテロリストに渡る可能性が高くなりますから、非常に神経質になっています。ここへきてアメリカの国情に変化が起きました。それはアメリカ発の経済恐慌です。これによってアメリカ経済はガタガタになりました。 その結果: 1.もうアメリカはこれまでのように核がテロリストに渡らないようにするために軍事力を使う余力が無くなってきたのです。アフガニスタン戦争も長引きそうだし。もうこれ以上国力を消耗する軍事作戦に耐えられなくなってきたのです。 2、軍事予算の削減、核兵器削減は、アメリカの国家あげての大プロジェクトになった。 アメリカ国内の経済上の理由でアメリカだけで核兵器を削減したら、アメリカの軍事大国としての地位が低下することになります。そこでオバマは、大義名分が通る「核兵器のない世界」実現です。これによって核保有国を同じテーブルにつかせ、「核兵器のない世界」実現のための交渉をする。当然核保有国は、いきなり全核兵器を廃棄できませんが、いずれ廃棄の割合を決めることになるでしょう。こうしてアメリカだけが核兵器を廃棄することなく、相変わらず世界一の軍事大国の地位を保ちながら核兵器を減らすつもりなのです。 要するに私の主張したいことは、オバマ大統領が立派な人間だから「核のない世界」を目指す会議を開催したのではなく、あくまでもアメリカ側の事情によるものだということです。それを鳩山やマスコミ、日本の左翼は、オバマの「核のない世界」の呼びかけに、その背後にはなにかあるのではと、探ろうともせず、単純に喜んで拍手で迎えているのだ。私に言わせれば世界の主要国の政治指導者がきれいごとを言ったらその背後にはなにかあると思って間違いないのです。世界の主要国の指導者は、世界のことを考えて発言したり、行動したりしません。あくまでも自国の国益に合わせて発言、行動するのです。 鳩山はこの核廃絶会議で演説しました。オバマの意気込みに負けてはならないと気負った演説内容です。演説全部を披露することができませんので、私が気になった点を取り出し、私のコメントをつけてみました。 1.「日本は核兵器廃絶に向けて先頭に立たなければならない」 鳩山よ、正気ですか。核兵器のない世界の実現などというこんな難しい問題は、核保有国が先頭にたって行動しなければ到底実現できません。日本が先頭に立ったところで核保有国が率先して協力してくれなければなにも進みません。だからここは「日本は核兵器廃絶に向けて先頭に立つ」のではなく「核保有国が先頭に立って行動しなければ、実現しません。核保有国は率先して先頭に立ってください」となぜ言えないのですか。 2.「1970年にはNPT(核拡散防止条約)に署名、1996年にはCTBT(核実験全面禁止条約)に署名した。核軍拡の連鎖を断ち切ることが唯一の被爆国としての道義的責任だと信じたからだ」 「被爆国としての同義的責任」とは何ですか。いくら文章全体が、「核軍拡の連鎖を断ち切ることが唯一の被爆国としての同義的責任だと信じたからだ」としても「同義的責任」などと言う言葉を使うべきではありません。誤解を与えるだけです。被爆国日本にはどんな種類の同義的責任など、一切ありません。「道義的責任」などという言葉は、まるで原爆碑に刻まれた有名な「二度と過ちを繰り返しません」という卑屈な言葉と同類の表現です。 「日本は被爆国なので核兵器を持つ権利が一番ある国です。しかしこれ以上核兵器軍拡競争が広がってはいけないとの思いから、日本はその権利を犠牲にしてNPT(核拡散防止条約)とCTBT(核実験全面禁止条約)に署名した。しかし結果的に我が国の犠牲心が実を結ばなかったことは非常に残念です」。これは私が考えた演説のセリフです。読者は、どちらのセリフが卑屈でなく、自己主張しているセリフか判断していただけると思います。 3.「日本が非核三原則を堅持することを誓う」 このセリフは上記(2)のセリフのすぐ後で述べられています。非核三原則とは、「核を持たず、作らず。持ち込まず」の三原則のことです。このセリフは鳩山演説の中で一番最低、最悪です。鳩山よ、「核兵器のない世界」などすぐ実現すると思いますか。長い年数がかかり、あるいは実現しないかもしれないと考えるのが常識でしょう。それなのに、なぜ非核三原則の堅持など日本の今後の軍事計画など公表するのだ。これを聞いて韓国、北朝鮮、支那がどれほどほくそ笑んでいるのかがわからないのですか。この三国やロシアなどどれほど日本をなめきっているのかが理解できないのですか。彼らは現在の日本の軍事体制や軍事力では「どうせ何も出来やしない」と完全になめきっているのだ。鳩山や今の若い政治家は、竹島を韓国から奪われた時、日本がどれほどの犠牲を払って失ったのか知らないのだ。学校で教えることもなければ、マスコミも語ることがないからです。 日本の被害の実態を教えてあげましょう。韓国に拿捕された日本漁船:328層、抑留された日本漁民:3929人、殺された日本漁民:44人、その上日本は、日本の刑務所に服役していた韓国人犯罪者、427人に在留特別許可書を与えて刑務所から放免。これだけの屈辱を受けて日本は竹島を失ったのだ。この事件以来、韓国は日本をなめきってきたのです。首相の靖国参拝反対、従軍慰安婦事件、歴史教科書への干渉等等です。 北朝鮮や支那が日本になにをしてきたか、ここで一々書かなくてもわかるはずだ。鳩山が非核三原則を貫くなら、政権を握っているのだからそれもよかろう、しかしわざわざ公表するバカがどこにいるかというのだ。鳩山よ、よく聞け。理想だけで世間を渡れないと同様に理想だけでは世界で生き残れないのだ。 最後に非核三原則などという馬鹿げた時代遅れの原則を廃棄するよう鳩山に忠告します。西ヨーロッパ諸国の軍事同盟にNATO(北大西洋条約)があります。このNATOとアメリカは軍事同盟の関係があります。NATO加盟国の中には、日本のように核兵器を持たない国々があります。その国々とアメリカは、核シェアリングという条約を結んでいます。核シェアリングとは、核を持たない国が有事の際には、アメリカの核を使わせてもらうことです。当然有事の際を想定してアメリカ製核兵器の扱い方をアメリカから教えてもらう訓練もします。韓国もアメリカとの核シェアリングについて話し合いに入っていると聞いています。 鳩山よ、非核三原則など廃棄して、アメリカに核シェアリングの構想を呼びかけたらどうですか。アメリカにしても、日本が非核三原則を固守している以上核シェアリングの構想を日本に持ち出すことはできません。私がバカ、アホ、ノータリンと呼ぶ人というのは、現実を直視してそれに対応した政策を考えず、理想ばかり追い求める政治家のことです。あなたが温暖化ガス削減交渉でかかげた25パーセントという数字の背景を具体的に説明できますか。説明できるわけがありません。理想とムードに走った数字をあげただけだからです。そして今頃になって各家庭にどのくらいの経済負担がかかるのか計算させているのだ。やることが逆じゃないですか。国際社会で数字を発表する前に当然計算しておくべきだったのではないですか。 あなたは、「日本列島は、日本人の所有物じゃない」と言いました。雑誌「論座」では、日本人の所有物と考えるのは、思いあがりもはなはだしい」とも言いました。私は日本の首相という者は、日本国民のためだけに働いてくれる人だと考えていました。日本には在日韓国人もいれば在日支那人もいる、だからあなたは、日本人のためだけでなく、彼らのためにも働いているのですか。あなたのあだ名は、「宇宙人」だそうだ。そしてあなた自身も「宇宙人」と呼ばれるのが好きだと聞いています。冗談じゃないですよ。宇宙人の考えで政治をやらないでください。世界の現実、日本の現実を直視して、日本列島に住んでいる在日外国人のことは考えなくていいから、日本国民のことだけを考えて政治をしてください。バカ、アホ、ノータリンの政治家が首相になるほど腹立たしいものはありません。 追記: 以前ブログでご案内しましたが、10月18日(日)に私の講演があります。 場所: 大和市生涯学習センター204号室、大和市深見西1丁目3−17 電話: 046−261−0491 最寄り駅: 相鉄線「大和」駅、または小田急―江ノ島線「大和」駅 駅から徒歩 10分 時間:14:00−16:30 演題: 「逆境に生きた日本人」 主催者: 大和正論の会 参加費: 会員 1000円、非会員 1500円 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
鳩山首相は、9月22日国連で2020年の日本の温室効果ガス排出削減の中期目標について「1990年度比で25パーセント削減を目指す」と国際公約をした。この削減目標値について私の意見を述べる前に、私が2ヶ月前の7月19日にこのブロク上で温暖化ガス削減交渉について書いた記事をそのまま引用します。 『またまたうぶでバカでお人好し外交(2) ナンセンスなCO2(温暖化ガス)削減交渉 温暖化ガス削減交渉は、ずっと以前から報じられている話題であり、ニュース番組の話題として当分消えることはありません。そこで簡単な予備知識として次のことを知ってもらいたい。 1.国連が国連組織内の環境計画と国連の専門機関である世界気象機関を一緒にして設立したのが、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)です。IPCCの専門家は気候変動に関する新しい調査や研究を行うのではなく、すでに発表された論文や調査を評価するだけです。このIPCCが評価の結果、気温上昇による地球温暖化の原因をCO2の増加と結論づけたのです。IPCCのこの結論に沿ってCO2削減交渉が行われています。しかしこの結論に異を唱える科学者も沢山います。 2.1997年に京都議定書が採択されました。京都議定書は1998年から2012年にまでに排出量を1990年比で5、2%削減することを義務付けている。しかし2001年時点で署名40カ国のうち、議長国だった日本を含む21カ国は逆に排出量が増えた。イギリス、ドイツ、フランスは排出量を削減できたが、議定書の削減目標を達成できそうな国は一つもない。この京都議定書には、アメリカと中国という温室効果ガスの二大排出国が参加していません。 3.京都議定書が2012年に切れるのを受けて、今年12月にデンマークのコペンハーゲンで気候変動枠組み条約第15回締約国会議が開催され2013年以降の枠組み交渉が行われる。 京都議定書に参加しなかったアメリカは参加予定だが、中国は未定です。 ここから本題に入ります。まず次の数字を見てください。 ヨーロッパ15%、アメリカ20%、中国20%、途上国31%、日本4%。この数字は、何だと思いますか。この数字は、世界中で排出されるCO2の総計の中で各国の占める割合です。日本は京都議定書でとりきめられた削減量に達する見込みはないが、日本のCO2 排出量は世界の総排出量のわずか4%ということです。ヨーロッパ、アメリカ、中国の数字と比較してください。大変低い数字です。このことは、日本の環境技術や省エネ技術が欧米よりはるかに進んでいることを意味しています。日本のメーカーの血のにじむような努力の成果です。このことを皆さんの頭にいれといてください。 2005年を基準にして各国がどのくらい削減するか数字を出すようになっていますが、中国やインドといった後進国は、先進国が高い数字を出してもらわないと後進国は協力できないと主張し、CO2削減交渉の国際会議に出席する意思を示していません。そこで先進国が出した数字が、2005年を基準にしてヨーロッパ13%削減、アメリカ14%削減、日本がつい最近だした数字15%削減です。但し欧米の出した数字には、排出権取引が含まれています。 排出権取引とは、簡単に言えば工場から排出されるCO2という煙に市場価値をつけて取引することです。それによってCO2排出削減に貢献したということになるのだ。しかし日本の15%は、排出権取引を含まず、日本側だけの努力で15%削減する、日本はこれを真水だけで15%削減、すなわち世界一の削減量を提示していると主張しています。 この日本が提案した15%削減に対する各国の評価は、評判が良くない。特に中国は不満です。もっと高い数字がだせるはずだと主張しています。つい最近のイタリアのサミットで、途上国は日米欧が提出した削減率では承認できないと主張しています。欧米や日本が提出した数字はあくまでも提案であって国際的な約束事して決められた数字ではありません。従って私の意見は、日本は15%より低い数字を出しなおすことを提案します。場合によっては、アメリカや中国が京都議定書に加入しなかったように、今度は日本がCO2削減交渉会議に参加しないことです。その主な理由は次の五つです。 1.先にも触れましたが、現在の日本のCO2の排出量はわずか4%、これに反してヨーロ ッパ15%、アメリカは20%、すなわち先進国であるはずの欧米は、日本の4倍も排出しているのです。いかに日本が環境にやさしい機械設備の開発に力いれてきたかの証明です。環境にやさしい機械設備の開発は短期間にできるものではない、長い年月をかけて開発してきたものだ。その日本の過去の努力を一切考慮していないのです。また日本政府をその点を国際社会で力説しないのだ。全く腹立たしい。それなのにどうして日本が世界一高い排出削減率を提唱しなければいけないのか。 2.中国の戦略が見え見えだからです。日本を環境先進国だの、日本の環境技術がすばらしいだのとおだてておいて、日本にCO2削減に高い数字を国際公約させ、日本がその目標値に達しない時は、排出権取引で中国人の吸ったタバコの煙を日本に買わせるつもりなのだ。つい最近提案した15%の数字では、そうなる可能性が非常に高い。 3.後進国は、先進国はいままでの沢山のCO2を排出してきたのだから、先進国はCO2排出削減にもっと高い数字をだすべきだ。先進国と後進国を同等に扱うのは不公平だと主張しています。彼らの主張は理解できないわけではありません。但しパキスタン、中国、インドを除くべきです。彼らは自国の中に明日食べる物を心配しなければならない国民が沢山いるにも関わらず核開発に精を出し、環境にやさしい機器の開発に怠ってきたからです。このことは核先進国の米露英仏にも言えます。彼らは核開発でさんざん環境を破壊してきたのです。その核先進国が、日本の提案した数字より低いとは何事ですか。 日本は特に中国には厳しく主張する必要があります。中国は核開発や20年間にわたる軍事費増強で完全に環境にやさし技術開発に怠ってきたからです。 4.地球温暖化の原因をCO2排出の増加と決めつけたのは、IPCCです。しかし最初に触たように世界にはこのIPCCの説に反対する学者や疑問を呈する学者が沢山いるということです。例えばアメリカ、アラスカ大学の赤祖父(あかそふ)俊一名誉教授は、今年2月東京で講演しています。彼の主張を箇条書きにしてみます。 (1)IPCCが自然変動を考慮に入れず、気温上昇をCO2のせいにしたのは間違い。 (2)地球温暖化の研究は若い学問で分からないことが多いのに、IPCCはそれを国際的な政策の場に持ち込んだ。CO2削減に膨大な金を使っても地球温暖化防止にやくだたなかったということになりかねない。 (3)CO2の排出量取引は開発途上国が先進国から金をとる口実にしているとしか思えない。日本は外国の建前上の主張を本心と誤解しているのではないか。 (4)CO2の議論は化かしあいのようなものであり、日本はCO2削減で欧米の言いなりになるのではなく、自らの主張を出してよい。 5.排出権取引ほど胡散臭いものは無いような気がします。排出権取引なるものを私もこの原稿を書いていてよくわかりません。おそらく現在沢山のブログが公開されていますが、排出権取引について分かりやすく説明してあるブログは、ほとんどないのではないでしょうか。もし読者の中でわかりやすく説明してわるブログを知っていたら教えていただきたい。新聞記者でも排出権取引について詳しく書ける人は、あまりいないのではないでしょうか。後進国が排出権取引で先進国から金をしぼり取るつもりなら、欧米諸国は排出権取引の市場拡大をねらっているのではないでしょうか。 2007年の時点で排出権取引額は約6兆円、取引総量27億トンと言われ、市場規模が急拡大していると言われています。皆さん考えてもみてください。CO2なる煙は百害あって一利なし、その煙に市場価値をつけてCO2を削減しながら金儲けしようという、資本主義先進国の強欲な欧米民族でなければ考え出せないようアイデアのような気がしてなりません。地球上のCO2を減らすには、日本のように地道に時間をかけ努力して環境にやさしい機械設備の開発、省エネ技術の開発しかありません。そのため日本は環境技術では世界一の水準です。世界のCO2削減のために日本の機械設備や技術を輸出すれば削減効果は非常に大きい。そうなると日本だけが大儲けしてしまう、結局それがいやなのだと私は推測しています。 世界は日本の技術を必要としているのです。だから国益をそこなってまで無理することはない。削減会議から脱退してもかまわない。環境悪化は、いずれ世界中の人々に害を与えるでしょう、しかしその前に環境汚染発生国が、最大に被害を受けるのです。現在、後進国は、先進国が高い削減率をしめさなければ参加しないなどと主張していますが、本音はいますぐにでも自国の環境破壊を救いたいのです。日本はなにも慌てることはない、現在のところ助けられる技術を持っているのはほとんど日本だけだからです。 日本政府提案の15%削減の国内反響を見ると、現在のマスコミの偏向の度がすぎているせいか、私のような意見は少数意見なのかほとんど出てこない。民主党政権の場合、環境大臣になるとみられる、岡崎トミ子は、「15%削減は世界を失望させた。25%削減すべきだ」と発言しています。そんな高い削減率を提唱して、達成できなければ排出権取引で莫大なお金を払わなければならなくなる恐れが多分にあるのを知っているのでしょうか。 ネットで偶然にも日本政府提案の15%削減について朝日、毎日、日経、産経の社説を読みました。産経以外は削減率に不満。産経だけが、日本のCO2の排出量は、世界のわずか4%という日本産業界の努力を無にしてはならないと主張しています。民間の環境保護団体は、政府の15%削減は低すぎるもっと高くすべきだと主張しています。 日本人は,気候温暖化を防ぐためにCO2削減にむけて世界各国は誠心誠意を傾けて話し合をしていると思っているのだ。後進国は排出権取引で、先進国から金をせびりとろうとし、欧米諸国は排出権取引拡大をねらうなど、各国国益をむき出しにして主張しているのが理解できないのだ。また各国はIPCCに対して自国に有益な主義主張を盛り込むべき水面下で活動していると言われているいのを日本は知っているのでしょうか。 外国からは日本は環境技術世界一だから、CO2削減交渉では、指導的役割をはたしてくれとおだてあげられています。例えば国連事務総長の藩基文氏が東京でのインタビューで今年12月にコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議で日本が指導的役割を果たすことを求めました。そのせいかどうかわかりませんが、日本政府は、4%とという世界最低のCO2排出量を誇りながら、多少犠牲を払ってでも良いと思っているのでしょう、欧米を上回る世界一の15%の削減率を提供した。それに対して野党初め反対勢力は、それでは低すぎるとの大合唱です。まさにうぶでバカでお人好し外交です。 アラスカ大学名誉教授、赤祖父氏が主張する、「日本は外国が建前上の主張を本心と誤解しているのではないか」、「CO2の議論は化かし合いのようなものであり、欧米の言いなりになるのではなく自らの主張を出してよい」などがおよそ理解できないのだ。どんな立派なお題目を国際社会で討議しようと国益が最優先中の最優先と言うことが理解できないのではないでしょうか。いずれにしても最終的には、CO2削減交渉では、日本は損することになるでしょう。 うぶでバカでお人好し外交は、ざるみたいなもので底がない、そのため何回でもうぶでバカでお人好し外交をくりかえすのだ。戦前もうぶでバカでお人好し外交をしてきた。しかし日本には強力な軍事力があった。そのためお人好し外交をしたところでかさにかかってせめこまれることはなかった。しかし現在は違う、特に中韓露北朝鮮の四カ国からせめられっぱなしだ。いつになったらうぶでバカでお人好しの外交を脱皮できるのか、日本外交の永遠のテーマのような気がしてなりません。』 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ここまでが7月19日のブログの内容です。ここからが本日追加するブログ記事です。話を分かり易くするために麻生が提案した数字と鳩山が提案した数字を比較してみましょう。 鳩山の25パーセント削減は、1990年度を基準にした数字です。一方麻生の15パーセント削減は、2005年度を基準にした数字です。そこで二人とも同じ年度を基準にすると削減数はどうなるかを見てみましょう。 1990年度比: 鳩山(25パーセント削減)、麻生(8パーセント削減) 2005年度比: 鳩山(30パーセント削減)、麻生(15パーセント削減) 皆さんは、前のブログを読んでいただいたのでお分かりと思いますが、私は、麻生の提案した2005年度比で15パーセント削減数字でも高すぎると批判しています。鳩山は麻生を超える突拍子も無いバカ高い数値を出しているのだ。精神的未熟児なだけに鳩山という男は、バカ、アホ、ノータリン、どれほどバカ呼ばわりしても足りないくらいだ。政治家で首相であるだけに余計怒りがおさまりません。いいですか、鳩山よ、よく聞け、外交交渉や国際会議は、理想に突っ走る場所ではなく、あくまでも徹底して国益追及の場なのだ。理想を述べたかったら元の職場にもどって大学で教鞭をとってもらいたい。 支那を見よ。支那は数十年にわたって膨大な軍事予算をつぎ込み、核実験は数え切れないくらい繰り返し、一方省エネ対策、環境対策についてはほとんどなにもせず、温暖化ガス増加をすべて先進国のせいにし、自国の温暖化ガス減少には、先進国の資金援助と技術援助をできるだけ沢山しぼりとろうとしているのだ。鳩山が公約した高い数値目標に達することができなければ、日本は、支那などから排出権を買い取らねばならないのだ。支那は自国吐き出す大量の温暖化ガスを金の卵に変えようとしているのだ。しかも排出権取引などマネーゲーム化の様相を呈していると誰もが認めようとしているとこです。それはそうでしょう、百害あって一利なしの排出ガスに値をつけて買い取らせようというのだ。 日本の企業が長い時間をかけ全力をあげて省エネ技術や環境技術を開発してきました。今では日本の温暖化ガス排出量は、世界の排出量のわずか4パーセント。アメリカ、支那はそれぞれ20パーセントです。この日本の努力をなぜ誇らしげに国連の場で宣伝しないのか、なぜ世界に向けて各国もっと真剣に省エネ技術や環境技術開発に全力をあげろと説得しないのか。そして省エネ技術、環境技術開発で世界一貢献している日本がなぜ、世界一の大幅削減を提唱しなければいけないのか説明してもらいたい。 鳩山よ、あなたの提案を実現しようとしたら、どれだけ日本国民に負担をかけるのか知っていますか。産経新聞によれば、麻生提案の数字では、一所帯あたりの経済負担は、年7万7千円。鳩山提案の数字では、一所帯あたりの経済負担は、年36万円です。しかも鳩山は、温室効果ガス対策税まで検討しているのだ。これでは民主党政権の人気公約、子ども手当てが吹っ飛んでしまいます。民主党の経済政策は、内需を拡大して経済を成長路線に導くことです。子どもてあてについて、鳩山自身が、国連総会で「子ども手当ては教育の投資であると同時に、消費刺激策であり、少子化対策になる」と自画自賛しているのだ。 その子ども手当てが、どぶに捨てるも同然になってしまうのを、日本に帰国してから学ぶのですか。 産業活動の面でも影響が深刻です。鉄鋼、セメント、エチレン、紙パルプ等のエデルギー消費型の産業が生産活動を制限され、そのぶん企業は海外に生産活動を求めざるを得ず、そのため失業率が増えることも予想されるのだ。日本の国力、特に経済力はここ十数年完全に落ち目になっています。鳩山のあげた数字では、日本の経済力の落ち目を、さらに加速させ、坂道をころげるような速さで経済的地位が低下していくような気がしてなりません。 鳩山のように資産家の家に生まれ、何も苦労せず、 ボンボン育ちのままリーダーになった人間は、とかく理想に燃えて邁進するだけで現実の厳しさなど何一つ理解できないのだ。こんなことを書くと読者から、鳩山の前任者たち、小泉、安部、福田、麻生もぼんぼん育ちだと指摘するかもしれません。しかし鳩山と四人とは、決定的に違う面があるということです。四人には首相になる前に閣僚経験があるが、鳩山は閣僚経験もなく首相になったのだ。せめて閣僚経験でも十分つんでいれば、現実的に考える訓練ができます。 鳩山は確かテレビの画面で「試行錯誤を繰り返すかもしれません。失敗もあるでしょう。その時は国民の皆さんから時間を与えてもらいたい」とこのようなことを語っていました。鳩山よ、甘えるのもいいかげんしろ。鳩山が経営者なら、失敗しても企業の倒産だけですむ。首相が間違った判断したら全国民が大変な迷惑を被るのだ。首相には失敗はゆるされないのだ。鳩山に忠告しておきましょう。山谷や釜が先に半年間ぐらい住み着き、現実を見つめる訓練を積んできてくれ。 鳩山よ、もう一度言います。日本はこれまで世界一の省エネ技術、環境技術を開発してきたのだ。その国民がなぜ世界一高い犠牲を払わなければならないのだ。国際交渉とは、国民の犠牲の提供の場ではない、国益追求の場なのだ。政治とは、徹底して現実に対応することなのだ、理想に邁進する事ではありません。鳩山の幼稚さ、友愛バカには、腹がたってどうしようもない。私の血圧が上がりそうだ。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
田母神さんが、「日本は侵略国家でない」と論文を発表しただけで解任されました。あの決断が遅いといわれた麻生前総理には、ただ一つ例外と思える速さで田母神氏を解任しました。なぜ突然とも思える速さで解任したのでしょうか。私は麻生内閣が、アメリカに怯えたのでないかと想像しています。田母神氏が主張する「日本は侵略国家でない」を政府が黙認すると、「アメリカが侵略国家」になってしまいます。この問題をこのまま放置しておくと大きくなり、日米関係にもひびが入りかねないことを懸念したのでしょう。私に言わせれば、アメリカに対する日本政府の一種の怯えでしょう。 なぜ一種の怯えを感ずるのか、沖縄の基地移転問題でもアメリカ政府と14年前に合意しているにもかかわらず、日本政府はその約束を履行できていないという負い目もあるでしょう。しかしもっと重要なことは、日本政府は、自衛隊が日本の国土を充分に守りきれないことを知っていて、アメリカの援助が絶対必要なことを充分認識しているからです。日米安保条約では、「アメリカはいざと言う時には、日本を助ける」などなにひとつ書かれていません。時たまアメリカ政府高官が、日本を助けるなどと発言はしますが、公には文章に書かれていません。 それでも日本政府や自衛隊は、なにかあればアメリカは日本を守ってくれるだろうという希望的観測をしているのだ。いまの自衛隊は、アメリカがイラクへ派遣せよ、インド洋で給油活動せよといわれれば、その命令に従い行動できますが、自分の国を守るために自分ではなにもできません。拉致被害者の問題にしても、経済制裁では拉致された家族を取り戻せないとわかったら、経済制裁から武力制裁に切り替えるのが他の先進国のやりかたです。 要するに私が強く主張したいのは、現在の日本の最重要課題は、福祉政策ではなく、現行憲法を廃棄ないし改正して、軍事力の増強し、アメリカ軍を頼りにしなくても自分の国を守れる状態にすることなのです。こうして初めて日本は、アメリカの保護国から真の独立国になり、日米対等の軍事同盟を結ぶことができ、外交的には米支の仲介役もできるようにもなります。前置きはこのくらいにして、本題に入ります。本日の本題は、20―30代の人たちへの警鐘です。なぜ20−30代の人たちに警鐘するのかはのちほど説明します。その前に明治時代の話をちょっとさせてください。 明治維新を成功させ近代国家への仲間入りしようとしたその頃、世界中の有色人種国家のほとんどが白人の植民地になっていました。その時アジアで白人の植民地にならずに独立を保っていたのは、日本とタイだけでした。支那は、その頃の国名は清国といってヨーロッパ列強の草刈場になっていました。草刈場になっていたとは、ヨーロッパ各国が清国の各地に租界を持つことに競争していた状態でした。租界とは清国の領土であるが、行政、司法権はその設定国に属し、列強の清国に対する政治、経済、軍事活動の基地としての大きな役割を果たしていた。また清の国民も租界に住むことは、人種差別はあるが治安的に一番安心して暮らせる場所でした。すなわち清国は、事実上ヨーロッパ諸国の植民地と化していました。朝鮮は、その中国の属国でした。 したがって明治維新を成功させた当時のアジアの独立国は、事実上タイと日本だけでした。この時小国日本が脅威を感じたことは、このままでは白人の植民地になってしまうことでした。そうならないためには、富国強兵策以外になかったことは現在でも理解できるはずです。一言で富国強兵策と言ってもそれをなしとげるのは大変だった。なぜか。明治の時代は、日本は特に極貧状態でした。農村の村役場では、「娘身売り相談受け付けます」の看板がでていたくらいです。ハワイやアメリカ向けの移民も増えました。貧しいながらも国民も強兵策に積極的に貢献しよく頑張りました。あの当時、国の福祉政策など一切なかった。それどころか国民の国家への自主的奉仕が求められていた時代でした。当時の国民たちの国家への奉仕を物語る一つのエピソードは、アメリカに移民した日本人は、差別に戦いながらもがんばり、日本が日清、日露戦争に突入した時、移民たちはかれらの貧しい生活のなかから金を出し合い、戦争用の義捐金を祖国へ送金してさえいるのです。 国民が国家に貢献していたのだ。当時の日本は、貧乏小国とはいえ、日本国家の外交には主体性があった。現在の日本とは全く違います。そして日本は日清、日露戦争に挑んでいきました。この明治時代の日本人の心意気が、日本が植民地にならずに済んだ原因です。 ところがどうですか、皆さん、現在の日本どう感じるのでしょうか。現在の日本は、明治の日本とは較べものにならないくらい豊かです、ところが果たして現在の日本は独立国と呼べるのでしょうか。アメリカの属国あるいは保護国同然ではないですか。自分で自分の国を守れる軍事力もない、その上日本が戦争に巻き込まれたら助けてくれるかどうかはっきりしないアメリカ軍を頼りにしているのだ。最近米国のゲーツ国防長官が米国をねらったミサイル以外は迎撃しないと発言しています。 そこで私は、20―30代の皆さんに伺いたい。日本は、アメリカ占領軍が作った憲法を廃棄、ないし改正し、場合によっては徴兵制を敷き、自国を守る国防力を充実させ、本来の意味での当たり前な独立国になり、その上で対等な日米同盟を結ぶべきだ、そのことを早く決断すべきだと考えませんか。私が何故このようなことを書くかというと、今後2,30年間、すなわちあなたがたが働き盛りの間に外交面で日本が大変な試練を迎える可能性が高いと予想しているからです。大変な試練とは三つあります。 1.アメリカの没落。 没落と言ってもアメリカという国家がなくなるわけではありません。アメリカという国の国力の没落です。大東亜戦争後、アメリカほど自国の領土外、すなわち海外で数えあげたらきりがないほど戦争をしてきた国はありません。ある意味で国際社会の警察官のような存在で圧倒的な国力を見せ付けてきました。その意味で日米安保という軍事同盟を結んだということは正解でした。さすがのアメリカも絶えざる戦争介入で力が落ちてきた。すなわち経済力が落ちて、もういままでのように海外のあちこちで戦争する余力がなくなってきています。数十年前のアメリカだったら、北朝鮮は完全に潰されていたでしょう。 そのうちに日本は軍事力でアメリカを頼りにできなくなることです。その最初の兆候として現れるのがいずれ日本のアメリカ軍基地の減少でしょう。最近はアメリカ発の経済危機により、アメリカの衰退に加速度がつきました。今アメリカはイラクに13万、アフガニスタン6万人を派兵しています。この両方で日本の全自衛隊員を凌駕する兵員です。いずれイラクから撤退しても、アフガニスタンは、第二のべトナム化になるでしょう。そうなるとアメリカの経済力は、ガタ落ちになります。その結果世界は群遊割拠の時代を迎えます。もうその兆候が見えています。 いままでは世界的な問題は、先進七カ国、その後ロシアをくわえて先進八カ国の話し合いですみました。今ではもう八カ国では話し合いでは解決がつかなくなって最近の経済会議では20カ国が参加しました。その20カ国の中でもインド、支那、ブラジルの国力発展にはめざましいものがあります。アメリカの衰えが加速すると、日本はもうアメリカを頼りにできず、明治維新の頃のように軍事、外交に関しては単独で決断、実行して国際社会を生き抜かなければなりません。群雄割拠の時代には、例え戦争にならなくても国防力の充実が物をいうのです 2.日本が支那の属国になる。 これもすでに兆候が出ています。マスコミと民主党政権は、徹底した支那贔屓です。両者ともチベット、ウィグル問題で支那を非難しません。支那のスパイ網の効果が俄然出てきました。日本人はスパイの恐ろしさを理解しようとしません。スパイが必ず狙うのは相手国のマスコミを篭絡することです。支那はこの作戦にほとんど成功したと考えてよいでしょう。日本では北朝鮮の工作員があれだけの数の日本人を拉致しているのも関わらず、スパイ防止法すらできないのだ。スパイ防止法がないことはどういうことか、分かり易く言うと、隣のアパートの支那人らしき住人が夜になると通信機を使って暗号で本国と連絡しあっているらしいと警察にたれこんでも警察はなにもできません。通信機さえ没収することができないのだ。 今度の選挙の数日前、ネットのユーチューブで、フランス国営放送が民主党批判していましたが、日本国内に支那の工作員5千人が活動していると報じていました。スパイ防止法がないから白昼堂々と盗みができるのと同然のことができるのだ。その上支那人スパイの方が欧米人スパイに較べてはるかに有利です。なんだと思いますか。欧米人スパイが日本で活動しようとおもったら日本人を雇わなければなりません。言葉の問題と人種の違いの問題があるからです。支那人スパイの場合当然日本語が堪能に話せるよう訓練されています。中国人がべらべら日本語を堪能に話したら誰だって日本人に見えてしまいます。日本においては支那人スパイが欧米人スパイよりいかに有利かお分かりでしょう。 その上現在の日本人は、国家意識が薄いし、愛国心も薄い、政治家や経済人を丸め込むのは簡単です。要するに現在の日本は、支那人のスパイのやりたいほうだいだということです。あなたがたが気をつけなければならないのは、自分がスパイになるつもりがなくても支那側にはめられる恐れが充分あることです。先々月の月刊誌「ウイル」にNHKの内部告発が報道されていましたが、北京のNHK職員が売春容疑で逮捕された。その職員は無事解放されて本国に帰されたと報じています。恐らくそのNHK職員は、支那当局に嵌められたのです。無事帰国できたとしてもベッドシーンを盗撮されていたら万事休すです。いずれ支那当局のいうことを聞かざるをえません。 1996年代から二年半ほど首相を務めた橋本龍太郎は、首相在任中の支那の女スパイと懇ろになり週刊誌に暴露された。大スキャンダルになりそうなところで突然週刊誌の話題にならなくなった。私は支那側が仕掛けたマッチポンプだと思っています。確かに橋本は、支那の女スパイと懇ろになったのだ。ベッドシーンも盗撮されたでしょう。そこで橋本をふるえあがらせるためにマッチポンプをしかけたのです。マッチポンプとは和製英語で、自分で火をつけて自分でポンプを使って火を消すことです。支那当局は、週刊誌に情報を提供し、大スキャンダルになりそうな時に情報をシャットアウトしたのだ。橋本龍太郎は首相の時代に従軍慰安婦事件を認め、尖閣諸島は、日本の島だと主張していません。彼の首相時代に日中友好関係が深まり、彼の死後は、支那では日中関係の友好を深めたと絶賛されています。 最近では海上自衛艦、イージス艦の機密情報漏れが大きな事件になった。産経新聞の調べによるとイージス艦勤務の海上自衛官の十数名が支那人女性を妻にしているというのです。全部が全部支那のスパイとは言えませんが、何人かは間違いなく支那のスパイです。スパイ防止法がないから妻になっている支那人女性の身元を洗うこともできません、仮にスパイとわかっても逮捕すらできません。スパイの話を書いているとどんどん文章が長くなるので、このへんで切り上げます。要するにあなたがたは、自分の仕事の性質、仕事の立場などよく考えて、異性とのつきあいは気をつけた方がいいですよと言うことです。 スパイばかりの話しになりましたが、軍事力の話しをしましょう。支那は現在もそうですが、過去数十年間膨大な軍事予算をつぎこんできました。一方日本は、逆に過去七年間、防衛予算を前年度の1パーセント減を続けてきました。ところが日本以外の先進国の軍事予算は、ここ数年増加しています。桜井よしこ氏は具体的な数字をあげて説明していますが、彼女の結論は、10年後は支那の軍事力は、日本の軍事力の30倍になると言っています。現在の民主党政権は、バラマキ公約のため財源がたりず、防衛予算をさらに削ると言われています。 現在では在日支那人団体が、参政権を要求する会、すなわち「中国人参政支援協会」がすでに立ち上げられていることです。支那は武力で日本を倒す必要なく、日本内部からの崩壊を待ってさえすれよい状況になりつつあるのです。内部から崩壊と言っても日本が無政府状態になることではありません。現在の日本は、軍事、外交ではアメリカの意向をうかがわないとなにもできません。日本が支那の属国になると軍事、外交の他に内政まで支那の意向をうかがわないとなにもできないことになります。 現在の日本は、アメリカの属国、あるいは保護国同然です。しかしアメリカは民主主義国家ですから、日本を独立国のように扱ってくれます。日本国民も独立国のような錯覚に陥っています。日本民族の弾圧もありません。しかし支那の目標は、太平洋の勢力圏を支那と米国間で分割することです。日本は支那の勢力範囲に入れられています。もし日本が支那の保護国、ないし属国同然になったら、あるいは日米安保条約がそのまま移転して日支安保条約になり、日本のアメリカ軍基地は、中国軍基地になり、その基地に中国軍人が駐留したとしたら、あなたがたは、現在と同じ安心して暮らせると思いますか。私は、支那贔屓の日本人に聞きたいくらいです。日本は文字どおり中華人民共和国、日本自治省になり日本民族は弾圧され、天皇はアメリカに亡命しなければならなくなるでしょう。この(2)のケースは(1)のケースと現在同時進行していると考えて間違いないと思います。 3.支那の崩壊 支那の崩壊は、日本が支那の属国になる可能性よりも小さいでしょう、ひところは、支那の崩壊関係の本が目白押しに出版されましたが、いまでは支那崩壊予想の本が少なくなりました。しかしいずれしても一党独裁は、必ず崩壊するのが歴史の常です。ただその崩壊が100年後に起きたとしても現在から考えれば崩壊しなかったも同然です。いますぐ崩壊の可能性ないにしてもやはり崩壊するかもしれないという疑念は持っていたほうがよいでしょう。支那の崩壊は、支那の属国になるよりましなので、望ましいことかもしれませんが、しかし崩壊は崩壊で大変な騒動に発展するでしょう。崩壊しても内戦が起こるとは限らないという人もいますが、支那の場合は歴史的に必ず内戦が起きます。そのとき支那難民が何百万人も日本に押し寄せてくることも考えられます。また同時に日本在住の支那人が、大勢の身内を日本に呼びよせるでしょう。そのとき日本では支那人人口が一挙に増えます。日本は、どうするのですか。 大東亜戦争終了後、支那大陸の覇権をかけて毛沢東と蒋介石との間で激しい内戦が戦われた。敗北した蒋介石は、自分の部隊を引き連れて台湾に上陸、台湾を支配してしまった。それが現在の台湾の始まりです。そのため支那からやってきて台湾人になった人、あるいはその子孫は、外省人と呼ばれ、もともと台湾に住んでいた人、あるいはその子孫は内省人とよばれ、現在でも外省人と内省人が反目しあっています。 もし支那が崩壊し、内戦が勃発した。内戦で負けた蒋介石のような部将が自分の部隊を引き連れて日本上陸を敢行しようとしたら日本政府は、どうしますか。日本政府は内政不干渉の原則で、支那の内戦に介入するつもりはない、但し支那のある部隊が日本上陸を試みるなら、戦争行為とみなして我が軍は、支那軍を上陸前に撃滅すると公言できますか、また現在の自衛隊で上陸を敢行する支那軍を撃滅できると考えますか。敵が日本列島に上陸しようとした時に使用する最適の爆弾、クラスター爆弾の製造、使用禁止の国際条約に日本は参加してしまいました。(参照ブログ:「またまたうぶでバカでお人好し外交」7月19日)。この時、上記(1)「アメリカの没落」次第ではアメリカの援助が期待できない場合も大いにあります。 以上三つのケースがあなた方の働き盛りに起こる可能性があると思われるのです。だからこそ、自分の国は自分で守る気概と現行憲法を廃棄か改正して防衛力を強化することが、緊急の課題だということが理解していただけたと思います。私がなぜこのような警鐘をあなたがたに発したかというと、今の主要マスコミは、(1)を予想しても国民に前もってどうすればよいかなどの警告を発しません、(2)、(3)等は決して国民に警告しないからです。 最後にどんな時代であれ、これだけは皆さんの頭の中に叩き込んでおいてもらいたいことがあります。それは国家意識です。外国人参政権を認めようとし、「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」と公言した精神的未熟児、鳩山由紀夫が首相になりました。私は鳩山のこの発言はただの思いつきによる失言と思っていましたが、実はこの発言は、失言どころか鳩山が長年考えていた確信犯なのだ。朝日新聞社が出版していて最近廃刊になった「論座」という雑誌があります。1996年6月号の「論座」に鳩山は、題して「わがリベラル・友愛革命」でこう書いています。 「私も職業上、空から日本の国土を眺め下ろす機会が多い。そのような時、ふと日本は誰のものかと考えることがある。何気なく私たちは、日本は日本人の所有物だと考えている気がするし、その暗黙の了解のもとに各種政策が遂行されているように思われてならない。 しかし思いあがりもはなはだしいというべきだろう、日本には現在、135万人の外国人が住んでいる。日本の人口の1パーセント強である。内訳は、韓国・朝鮮人が約半数の68万人、中国人が増えて22万人、ブラジル人も4年間で3倍近くの16万人、以下フィリピン人、米国人、ペルー人と続く。まず、他の国々に比べて外国人の比率がかなり低いこと自体が大いに問題である。これは外国人にとって日本は住みにくい国であることを物語っている」 あなたがたは、これを読んで怒りを感じませんか。精神的未熟児の鳩山は、私たち日本人が、日本列島は日本人のものだと思うことは、「思いあがりもはなだしい」としかりつけているのだ。 私に言わせれば、どんな立派な公約を提言しても、これでは首相になる資格はありません。恐らく鳩山には、徹底した国家意識や国益、すなわち何事も日本国家優先という堅い信念がないのだ。政権がかわり内閣のホームペイジからは、日本の国旗が消えました。ところが鳩山にかぎらず、現在の日本人には、国家意識というものをあまり問題にしていないのだ。しかしこの国家意識の欠如は、大変危険なことなのです。国家意識の欠如は、自分の国は自分で守るというような気概が生まれてこないどころか、何事も国家の利益が優先するという外交上の常識が理解できないのだ。現在の日本国家溶解の原因になっていることを皆さんにぜひ理解してほしいのです。 最後にこれは名言中の名言と呼んでもいい言葉を紹介して終わりにしましょう。ドイツ統一時の名宰相と言われたビスマルクの言葉です。「国家は敗戦によっては滅びない。国民が国家の魂を失った時に滅びる」 「国民が国家の魂を失った時」とは国民が国家意識を失った時です。私のように国家意識の強い国民が圧倒的に多ければ、いまごろはアメリカ占領軍が作った現行憲法は廃棄され、国民が作った新憲法の下に名実ともに独立国家になっていたでしょう。残念ながら戦後年を経るにつれて日本国民の国家意識が弱くなりあるいは無くなってしまったと言っていいかもしれません。その結果として反日日本人が増えるのも当然でしょう。自民党でも国家意識の高い国会議員が少なくなり、首相は靖国神社にお参りもしなくなった。あげくのはてが鳩山は、「日本列島は日本人の所有物じゃない」と発言するまでになってしまった。帰化すれば自動的参政権を得られるものを、外国籍のまま参政権を寄こせという外人にまで参政権を渡そうとしているのだ。 残念ながら私が生きている間に、日本が戦前のように名実ともに独立国家として再生することはないでしょう。ならばなぜこのようなブログを書いたり、デモなどに参加するのか。それは私の国家意識が高いからだ。私の生存中に日本中が完全に左翼化しようと、私はたった一人でも闘います。なぜなら私の家に入れば日本があり、私の心にはいつも日本があるからです。 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
今回の抗議デモは第六回目になります。今やNHK抗議デモは、NHKの単なる一放送番組,「JAPANデビュー」に対する抗議だけでなく、現在の日本のマスコミの反日、偏向報道に対する抗議として、マスコミの総本山としてのNHKに向けられているのだ。民主党政権を誕生させた大要員は、マスコミの大支援によるものだ。我々、真正日本人の怒りをこのデモにぶつけようではありませんか。このデモの成功は、外国人地方参政権付与その他の反日政策を考える人たちへの脅威となるはずです。 左翼のデモと違って交通費も手弁当も出ません、しかし自分が国を思う気持ちを表す絶好の機会ではないでしょうか。どうか皆さん、数時間だけ日本国家のために割いてもらえませんでしょうか。私も参加します。「新しい歴史教科書を作る会」の幟の近辺におります。 私は鼻の下にひげ、髪の毛は総髪うしろで束ねています。めがね、172センチ。気軽に声をかけてください。 【時】 平成21年9月19日(土)※雨天決行 【街頭宣伝】 11時00分〜13時30分 JR「渋谷」駅ハチ公前広場 《登壇予定》※順不同敬称略 立花孝志(元NHK職員・内部告発者)、永山英樹、松浦芳子、水島総、三輪和雄、柚原正敬(以上50音順)各氏ほか文化人、地方議員数名 【集会・デモ行進】 13時00分〜14時30分 代々木公園けやき並木集合 ※JR「原宿」駅(表参道口)、東京メトロ「明治神宮前」駅(1番出口)「代々木公園」駅(4番出口)より徒歩5〜10分。 東京都道413号(表参道通り)からNHKホールへと通じるけやき並木をお進みください。 《登壇予定》※順不同敬称略 加瀬英明、西尾幹二、クライン孝子、立花孝志(元NHK職員・内部告発者)、藤井厳喜、三輪和雄、井上和彦、西村幸祐、大谷英彦、石川公弘、松浦芳子、柚原正敬、永山英 樹、水島総 各氏 ほか文化人、地方議員多数 14時30分〜15時00分 隊列準備 15時00分〜16時00分 NHK抗議デモ→代々木小公園到着 ※台湾のイメージカラーである緑色の風船の準備(ガス注入等)をお手伝いいただける方は、9時までに代々木公園けやき並木へいらしてください。少しでも多くの参加者に 緑の風船を手にしていただけるよう、ご協力をお願いいたします!(風船準備の時間と場所は変更になる可能性もあります。連絡先へ御確認のほど御願いします。) 【主催】 草莽全国地方議員の会、「NHK『JAPANデビュー』を考える国民の会、日本李登輝友の会、台湾研究フォーラム、在日台湾同郷会、台湾団結連盟日本支部、メルマガ「台湾の 声」、NHK報道を考へる会、誇りある日本をつくる会、昭和史研究所、日本世論の会、日本会議東京都本部、日本文化チャンネル桜二千人委員会有志の会、新しい歴史教科書 をつくる会東京支部・三多摩支部ほか 【協賛報道】 日本文化チャンネル桜、國民新聞 【ご連絡先】 草莽全国地方議員の会TEL/FAX03-3311-7810 日本文化チャンネル桜二千人委員会有志の会TEL03-6419-3900 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
最近の若い男性を見ていて気づくのは、おそらく最低でも何百年と続いてきた我々日本男児の習性とは、あきらかに違うものがあるということです。それはなにかと言えば今の若い男は、テレビなど見ていると人前で平気で涙を流すことです。うれしいと言っては涙を流し、悲しいといっては涙を流す、その涙も涙ぐむなどは、通り越して涙をボロボロ流すのさえ全く稀ではなくなってきています。 私が定年時に自費出版した出版社が倒産した時、私を含めて4,5人が会社の事務所に押しかけた。その一人に20代の男性がいた。会社が倒産して彼の支払った70万がもどってこないと知った彼は、「俺、どうしよう」、「俺どうしよう」とその場にへたりこんでおいおい泣き出したのです。私はびっくりしてしまった。詳しく話しを聞けば、その70万円は借金ではない、自分がバイトで貯めたお金です。それでも「おいおい」人目で堂々と泣く、私など見ていて実に女々しい感じがして腹が立ってきたのを覚えています。 我が女房は、NHKの大河ドラマのファンでよく見ています。今年の主人公の直江兼続がよく涙を流すので、女房は少し怒り気味に「あの当時の武士が、あんなに涙もろいはずがない」とけなしていました。おそらく脚本家がまだ若い多分女性なのかもしれません。年寄りの男性脚本家だったたら、武士にめったのことで涙なんか流させるはずがありません。 そこで若い男性諸君のために昔の日本男子の泣き方の典型的な例を披露しましょう。明治時代の作家、伊藤左千夫の有名な短編小説「野菊の墓」から例をとりました。主人公は故郷を離れ、上京し大学に通う大学生です。突然故郷から「すぐ帰れ」の電報を受け取り、故郷に帰った。そこで彼は、彼の幼友達であり恋人でもあった彼女の死を知るわけなのですが、その死に方があまりにも不憫で涙をさそうものでしたから、彼は泣き崩れます。その描写を、作者の伊藤左千夫は、このように書いています。 「母の手前兄夫婦の手前、泣くまいとこらえて漸くこらえていた僕は、自分の蚊帳(かや)へ這入り蒲団に倒れると、もうたまらなくて一度にこみあげてくる。口へは手拭を噛(か)んで、涙を絞った」 この短い文章が、男の泣き方を端的に表しています。「母の手前兄夫婦の手前」で他人のいる前では男は泣かないもの、涙を流さないものだということ。「口へは手拭を噛んで」とは、号泣するとどうしても嗚咽がもれる。明治時代の田舎の夜は、静寂そのものだったでしょう。その嗚咽のもれを誰かに聞き取られると自分が泣いているのがわかってしまう。そのために口の中で手拭を噛んで嗚咽をこらえるのです。そして涙だけはとめどもなく流すのだ。それが「涙を絞った」という表現になった。これによって男というものは、どんなに悲しくても人しれずこっそり泣くものだということがわかります。この後の文章は、伊藤左千夫は、こう書いています。 「どれだけ涙が出たか、隣室の母から夜が明けた様だよと声をかけられるまで、少しも止まず涙が出た」 男が人前で涙を流すということは、女々しい男と思われたのは、人前で涙を流すということは男のうろたえた姿を表すことなのだ。男たる者、どんな悲しい目に会おうが、辛い目にあおうが、うろたえてはならないのだ。この武士道にも似た精神が当時の男にどれほどしみついていたかを端的に表す例を示しましょう。 日清戦争終了から5年後の明治33(1900)年、清国で義和団事件が起きた。義和団の騒乱にかこつけて清国政府は、中国に公使館を持つ国々に宣戦布告してきた。この時、清国に公使館を持っていたのが日本を含む欧米諸国11カ国、そのうちオランダ、ベルギー、スペインは守備兵力を持たず、合計は八カ国の守備兵力は、公使館員、学生、民間人いれて5百余名。イギリス公使館が一番広いのでここに各国の老人、子女、病人を集め、各国自国の公使館の籠城し、各国連携しながら戦うことになった。籠城戦は、約二ヶ月半続いた。この時大活躍して欧米軍の間で大評判を勝ち取ったのが会津藩出身の柴五郎中佐率いる日本の守備隊です。 籠城戦は結局成功に終わるのですが、日本軍の名声を高めたことが二つあります。戦後各国は、それぞれの担当地域で軍政を敷くのですが、各国軍は略奪をほしいままにするのですが、柴中佐率いる日本守備隊には一切の略奪がなかったこと、二つ目は日本兵の我慢強さです。戦場では負傷兵が出ます。当時は麻酔などありませんから外科手術など荒っぽいし激痛が伴います。片脚切断、片腕切断など麻酔なしでやります。この時欧米兵はでかい図体で大きな声で泣き叫びます。しかし日本兵は違った。人前で涙など流してうろたえる姿をさらすなが習慣になっているから、どんな大手術でも日本兵は、軍帽を口の中に入れそれを噛み締めて、低い声で「うーうー」といううめき声を出すことすら恥とばかり懸命になって平静さを装うとするのです。これが当時の日本男子の強さの原因の一つでもあったのだ。 私の年代以上の人たちの父親は、ほとんど全員明治生まれです。従って私たち男の子が、いつまでもめそめそ泣いていると、父親から「男のくせにいつまでもめそめそ泣くな」と一喝されるのが当たり前でした。母親でさえそういうことを言っていた時代です。それでもくやしくて泣きたい場合は、トイレに入って声を立てずに悔し涙を流し、落ち着いてから涙をふき取りなんでもないような顔をしてトイレから出るのです。夜だったら布団の中で悔し涙を流し枕を濡らすのだ。私は小学校時代にいじめにあい、多勢に無勢こてんぱんにやられ逃げるように家に帰り、母に悟られないよう、すぐトイレに駆け込み悔し涙をどっと流した思い出がある。このように私の年代以上の男は、小学生の頃から涙など人前で流さないのが男の強さの象徴みたいだった。 だから大人の男が人前で流す涙には価値があった。どういう風に価値があったか具体的に説明するのはむずかしいので例をあげましょう。私の20代の頃の話です。私の知人が私を含む数人の前で自慢げに話しをしてくれました。彼には愛を誓った恋人がいた。結婚するつもりだったらしい。ところが新しい恋人ができてしまった。前の恋人より新しい恋人の方が気に入ってしまったのだ。彼はどう別れ話を切り出すか悩んだ。前の恋人は、特に気が強いし、別れ話でひと悶着は避けられそうもなかった。そこで彼が考え付いたのが、別れ話の時に彼はわざと涙をながすことだった。彼は、私たちの前でその成功話をしたのだ。 どうやってわざと涙を流したのか聞くと、彼は、いかにも涙をこらえているように両手で顔を覆い人差し指と親指で目頭をできるだけ強く押して涙を出したというのだ。同年代の女性は、大人の男が涙を流しているのを見たことがありません。彼女は彼の涙を見てかえって感激したようだというのだ。どういうふうに別れ話を切り出したのか知らないが、彼女は涙を流しながら、彼の涙を見て、「あなたもつらいのね」と言ってくれたそうだ。「うそをつけ」と言いたい。おおげさな自慢話なのだろう。しかし別れ話は成功したのだ。 そのあと私は、自分で人差し指と親指で自分の目頭を押さえてみた。涙が出ませんでした。しかし強く押せば押すほど、指を離した瞬間目元がさだまらず目をパチパチするような感じになるので、涙をこらえているように見えるかもしれません。後年私は同じことをやる羽目になった。残念ながら女性との別れ話ではない。通勤定期のキセルで私が駅員に捕まったのだ。当時、現在のJRになる前の国鉄は、よくストライキをやった。24時間ストライキ、48時間ストライキなど、平気でストライキをしたものだ。会社によっては貸布団を借りて社員を事務所に寝泊りさせるところが沢山出た。 私は大組織への抵抗の意味と三番目の子どものミルク代かせぎもかねて通勤定期のキセルを長年していた。捕まった時、数年間キセルをやっていたのですぐに大きな罰金を想像し、私は青くなった。 私はハングリーに育っているので、こういうピンチにはすぐに臨機応変に対応します。目頭を押さえることを思いだし、涙をこらえるような仕草で、人差し指と親指で目頭を必死で痛みを感じながらも強く押しつづけた。手を離して駅員と話す時には、おそらく私は、涙を流した後の顔つき、あるいは最低でも涙をこらえている顔に見えたに違い。国鉄のストに対する庶民の抵抗などと開き直りせず、ひたすら謝りの一点張り。 生命保険もかけてもいないくいせに、罰金が払えなければ、生命保険かけていますから、自殺してでも払いますとごく自然に名セリフが出てきます。自殺では保険がおりないのを知ったのはずっとあとだった。キセルの原因を子どものミルク代かせぎにした。いつもなら私はサラリーマンらしからぬはでな背広を着ているのだが、その日は幸いにも取引先の工場にゆくことになっていたから目立たぬドブねずみ色の背広を着ていたのも幸いした。ついに駅員の同情を獲得して難を逃れた経験がある。 女の涙は武器だと言われますが、我々の年代までは男の涙は、めったのことでは見られないだけに武器にもなり、価値もあった。それがどうです現在の若者は、うれし涙も悔し涙もすぐに出す。日本男子が数百年かけて築いてきた男の涙の価値を現在の若者は、完全にぶちこわしてしまったのだ。一体この責任をどうしてくれるというのだ。ある台湾人の男性が、日本に来て日本人男性が平気でテレビの前で涙を流すのを見てびっくりしたと言っています。台湾人の男性も私の世代と同じように人前ではめったに涙を流さないのだ。私には、現在の日本男子の若者のひ弱さは、すぐに人前で涙を流すことと非常に関係があるように思えてなりません。 数週間前、テレビでうつ病と仕事のストレスとの関係を話題にした番組がありましたが、うつ病の多くの原因が仕事のストレスに関係があるというのです。これは私の想像だが、多分当たっているような気がしますが、男が人前で平然と涙を流すようになってから男のうつ病が増えたのではないでしょうか。 最後に、現在の若い日本男子を一喝する文章でこの記事を終わることにしましょう。 「男のくせに人前でメソメソ涙など流すな!!」 ブログランキングに参加しています。いつも応援クリックありがとうございます。
保守系雑誌、「撃論ムック」の今月号は、『民主党の正体』を特集記事にしています。その特集記事とは関係ありませんが、私が昨年3月に出版した拙著、「逆境に生きた日本人」が西尾幹二氏によって8頁にわたって論評されております。
皆さん本屋に立ち寄った際には、ついでにちょっと立ち読みでもしていただければと思っております。 よろしく御願いします。
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